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赫き空の下で終焉の詩を ─記憶なき道化と運命に縛られし少女の円環録─  作者: 馳せ参ず
第二章「赫き夜」

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第14話「ゲファールリッヒ攻略戦─前編─」

 赫き空の下、戦場は文字通りの地獄と化していた。


 大地を覆い尽くす数万の魔物の群れ。それらを迎え撃つ冒険者と聖王国兵。血と泥が混ざり合い、鉄の匂いと腐臭が鼻腔を麻痺させる。

 数多の冒険者達が命を燃やし、ゲファールリッヒの周囲を囲うように魔物をせき止めているのだ。


 だが、その最前線──ローレとシリエが対峙する空間だけは、次元の異なる絶望に支配されていた。


「──シリエッ!」

「分かっていますっ!」


 ローレの鋭い警告と同時、二人の立っていた泥濘の地面が、半径数十メートルにわたってすり鉢状に陥没した。

 鼓膜を破壊するような轟音。見えない巨大な質量が上空から叩きつけられ、逃げ遅れた周囲の魔物たちが原型を留めない肉塊へと圧縮される。

 ローレがここに来るまでに使った代償魔法、第四節『振り注ぐは落星の裁き』と完全に同じ現象。


 シリエ、ローレ共に驚異的な跳躍で背後に跳んだから当たらなかったものの、あまりに初見殺しが過ぎる攻撃に二人は違和感を覚えた。

 

 しかし、敵は待ってはくれない。

 逡巡の暇もなく補充された数十体の骨格魔獣が、ローレとシリエへ向けて数十体飛びかかった。


「ッ……流石に、冗談がきついですねぇ!」

防護の響きアピュイエ・オブスタークル


 間髪入れずにシリエが錫杖を地面に叩き、二人を覆うように黄金の結界が展開。魔獣らは結界によって弾かれ、即座にローレの細剣によって斬られて地面にガラガラと落ちる。


 そんな最中ですら、ローレの頭は冷静に回転を続けていた。


 (私達の最終目標はゲファールリッヒを半永久結界(ラビリンスドーム)で封印すること、ですが……)


 ローレの瞳が背後で叫ぶ剣術兵団長の顔や、地面に横たわって動かなくなった冒険者の姿を捉えた。


 皆、己の限界を超えて無茶をしている。


 殺しても殺しても湧いて出てくる物量の波の中に、(ガーディアン)級の魔物が紛れているのが主な要因だろう。強固な前線の陣形は崩れ、十数人の冒険者や兵士が死に、気力と根性で前線を維持している現状。

 救援が来るにしても、前線が崩壊するほうがよっぽど早く思えた。


 リールの言った、『未知の魔力反応がゲファールリッヒ内部から上がって来ている』という言葉を信じ、シリエとともに入り口前で魔物を削っているローレの思考に迷いが生じる。


 (このままでは我々が消耗し、押し切られる方が早い……ッ。いっそ、ゲファールリッヒ内部に侵入してしまった方が──)


「我が主っ!」

「ッ──!?」


 シリエの甲高い声が聞こえ、ローレの口が素早く動く。


「我が輪郭は朧」

 

 反射速度が魔法効果で無理矢理引き上げられ、死角からの致死の矢を首の皮一枚で避ける。続けざまに放たれる矢を舞踏のように地面を滑って避け、黒骸骨数十体を斬り倒す。

 

 余裕がない。

 この言葉に尽きる。


 そんな焦れったい膠着状態が数分続き、その『音』は戦場に響き渡った。


「っ、やっと来ましたか! 我が主よ! 今こそこの戦いを終わらせる時が来──」

「っ──シリエ! 耳を、耳を塞ぎなさいッ! リールも伝達を──」


「■■■■■■■■」


 ──その音は、世界の終わりを告げる弔鐘(ちょうしょう)のようだった。


 辺境のダンジョン悪霊の巣(ゲファールリッヒ)。数多の冒険者を飲み込み、数百年の沈黙を守ってきたその巨大な門が、内側から凄まじい圧力によって、紙細工のように弾け飛んだ。


 轟音。爆風。そして、噴き出す瘴気の奔流。

 赫く染まった空の下、兵士や冒険者たちの視線が一点に釘付けになる。

 それは前線から一つ下がった位置で魔物の拡散を防いでいた『雷霆』のメンバーも同じだった。


「ぐっあ……ぁ……!」

「チッ、鼓膜が死にやがったなァ! 女々しい親玉(ボス)のご登場じゃねェかよ!」


「ギャアァァァァァァァァァァァ!? ァァァァッたま、が、割れ、そうだっぁ……!」

「おい、しっかり、しろッ……グッッ゛ぅ……」


 否。その音を聞いたのは戦場に立つ者全てだった。

 鼓膜を塞ぐのに間に合わなかった者は耳から直接衝撃が侵入し、地面に倒れて行動不能に陥った。


「ふ、はは……御冗談を……」

「────」


 幸いな事に、その音は戦場に立つ魔物共も影響を受けたようで、冒険者と魔物共々が一斉に停止する事になった。


 ──そして、門の向こう側。

 暗闇の奥底から這い出てきたのは、体長がゆうに数十メートルをも超える『成れ果て』だった。

 泥を捏ね上げ、無数の骨格を継ぎ接ぎしたような巨躯。その全身には、迷宮で死んでいった冒険者たちの錆びた剣や鎧が、鱗のように埋め込まれている。


「■■■■■■■■■■■■」


 怪物が咆哮を上げる。

 その瞬間、戦場に異変が起きた。

 

 平原を埋め尽くしていた迷宮から溢れ出した魔物と、氾濫(スタンピード)によって狂乱した元から地上に存在していた魔物の死骸。それらが磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、成れ果てへと吸い込まれていく。

 肉が、骨が、血が、泥の身体へと強制的に結合され、怪物の容姿はさらに禍々しく、巨大に膨れ上がっていく。

 

 あえて言葉にするならば、『死骸の簒奪』。

 

 その禍々しい姿は、酷く消耗し切った冒険者達の心を折るには十分だった。

 聖王国の剣術兵たちが、震える手で大剣を握り直す。


「全軍、退くなッ!! ここで止めなければウーレンの街──否、我らが聖王国にまで被害が広がるかもしれぬッ! 命を燃やして戦い切るのだッ!」


 剣術兵団長の叫び。しかし、兵士たちの瞳には隠しようのない絶望が張り付いている。

 殺したはずの魔物の骸が、目の前の怪物の糧となっているのだ。勝機を見いだすことなど、できそうになかった。


「──リール! 早急に全冒険者と聖王国兵に伝達を!」


 酷く切迫したローレの声が、魔導通信の鞘を通じてオペレーター室へと響く。


「────ッ、分かったわ!!」


 臨時総司令官リール=フェンダーの指先が、端末の上で激しく踊る。

 オペレーター室の巨大な魔導地図(マップ)。二万の黒い点が、一つの巨大な黒へと集約されていく。

 

「全軍へ指示! 中距離以上の攻撃は禁止! 近接職はシリエ=エレイソンを軸に、防衛線を維持しなさい! ……絶対に、一歩も通さないことッ!!」


 リールの叫びが、戦場に展開する銀光(エクラ)の冒険者たちに届く。

 しかし、一歩。怪物が足を踏み出すたびに、地響きと共に冒険者たちの陣形が削り取られていった。


 ローレとシリエが避けた先にいた聖王国の兵士の頭が、成れ果ての泥で消し飛ぶ。


「ッ──!?」

「我が主よ! 今はこの魔獣をどうにかせねば、活路はありませんっ! どうか賢明な選択をっ!!」

「……グッ……はいッ……!」


 頭に登りかけた血がシリエの声を聞いてストンと落ちる。怒りは必要以上の力みを生み出し、動きに粗を作る。ローレは今にも沸騰して溢れ出しそうな激情を、無理矢理胃の底へ押し込んだ。

 口の中に鉄の味が広がる。


 ローレにとっては三度目の邂逅。

 一度目は一度目のゲファールリッヒ沈静化で殺し、二度目は意識を刈り取られた魔獣。


  泥の巨獣が天を仰ぎ、まるで()()()のような奇怪な鳴き声を上げた。

 


 りん。りん。りん。りん。りん。りん。



 その直後。


「な……ッ!?」


 成れ果ての周囲に、不可視の暴風が巻き起こる。

 それはただの風ではない。極限まで圧縮された無数の風刃が、前衛で魔法盾を構えていた聖王国の魔導兵の装甲を、まるで濡れた紙のように切り裂いていく。

 ローレの詩呼びの鈴、『我が剣閃は幾万の風』と酷似した事象。ローレは即座に周囲へ叫ぶ。


「散開しなさいッ!! 風の刃です!!」


 ローレの叫びと同時に、シリエの金の錫杖が閃いた。


破砕の響きアピュイエ・クラッシュッ!!」


 ゴォンッ! という鐘の音が鳴り響き、放たれた極大の神聖魔法が成れ果ての展開した風刃ごと、その右半身を覆う骨の装甲を粉々に吹き飛ばす。


 だが、次の瞬間。


 成れ果ては足元に転がっていた魔物の死骸から、ズルリと新鮮な血肉を吸い上げた。すると、吹き飛んだはずの骨の装甲が瞬く間に再生し、今度は絶対零度の吹雪を広範囲に撒き散らしたのだ。


「ぐおおぉぉぉッ!?」

「ゴールッ!」


 前線で巨大な盾を構えていた『雷霆』のゴールアーランの足元が凍りつき、その巨体が後退する。すかさずムートが紫電を纏った剣で氷柱を砕くが、焼け石に水だった。


「チッ──厄介だッ!」

「ムート、俺にかまうんじゃねェ……ッ」

「かまうわ! 何とかしてそこから抜け出せ!」

「ッ────応よッ!」


 足の凍ったゴールアーランへ向けて振り下ろされた成れ果ての巨腕を、紫電がギリギリで弾く。


「師匠ッ、もう限界です! 今倒しきらなければッ……!」

「また再生しましたかッ! 我が主、これではキリがありませんよ!」


 ムート、シリエから同時に声がかかり、ローレは声を少し荒げる。


「ええ、分かっています!」


 荒い息を吐きながら、ローレは片眼鏡(モノクル)の奥で双眸を細め、敵のカラクリを分析していた。


(私に似た魔法──私がダンジョンを攻略していた時の情報を学習し、模倣している……? 加えて、魔法を行使するための代償を、戦場に転がる他者の死骸で賄っている……だから、あれだけの大規模魔法を連発しても、奴自身には一切の反動がないのですか……)


 これだけ膨大な死体が転がる戦場において、奴の弾薬は文字通り無尽蔵。

 冒険者たちが魔物を殺せば殺すほど、怪物が用いる代償(リソース)が増えていくという最悪の盤面だ。


「■■■■■■■■」


 成れ果てが腕のような塊を振り上げる。すると、血に濡れた平原のあちこちから数千の死骸が空へと舞い上がり、成れ果ての周囲に幾重にも重なる巨大な死骸の防壁を構築し始めた。


 厚さ数十メートルにも及ぶ、グロテスクな骨と肉の絶対防壁。

 そしてその壁の内側、成れ果てが、周囲の魔力と酸素を貪るように明滅を始めた。


 空気が悲鳴を上げるような甲高い音が防壁の向こうから漏れる。


「──リール! そちらからはどう見えていますか!?」


 成れ果ての展開した骨肉の防壁を避け、血を被ったような空の下、ローレは鞘に埋まる魔核へ声をかけた。


「信じられない規模の圧縮……ッ、あれが放たれたら、前線ごとウーレンの街が地図から消えるわ!」


 通信機越しに響くリールの悲痛な叫び。

 シリエが何度神聖魔法を叩き込んでも、防壁は壊された端から新たな死骸を取り込んで再生してしまう。


「はああああッ!!」


 金の錫杖を空中で振りかぶり、防壁へ向けて横一文字に振り抜いた。


半壊の響きアピュイエ・ラ・フィン


 それはシリエが持ち得る魔法の中でも上位の威力を誇る魔法。だが、半壊させる対象が多過ぎたため、防壁の一部を破壊する程度に収まってしまう。


「ローレ殿ッ!」

「貴方は──聖王国の……!」

「ロンで良いッ! あの防壁を崩すにはどうすれば良いか分かるか!? 我が兵隊も限界に近い! これ以上戦闘が長引けば全滅するッ!」


 跨っていた馬が死に、血だらけの体でローレの前に現れた剣術兵団長ロン。彼の言葉にローレはますます眉を寄せる。


 (私に……私にもっと……)


 ◆


「……私に、力があれば……」


 その後方。凄惨な戦場の中で、フラつきながら治癒を配り続けていたネルは、絶望的な光景を前に立ち尽くしていた。

 ローレとシリエの体力がみるみる削られていく。皆が死んでしまう。


「……お兄ちゃん。私……今度は、逃げたくないの……誰も、死なせたくない……!」


 その強い祈りが、恐怖で竦む彼女の背中を押した。

 ふらつく足で、ネルは前線へと歩み出る。彼女の瞳は、分厚い死骸の防壁を真っ直ぐに見据えていた。


 ネルにとって、治癒魔法とは『傷を塞ぐもの』ではない。

 それは、壊れてしまったモノを本来あるべき正しい形へと戻す『回帰』の力。


 ──ならば。


 迷宮の泥に囚われ、無理やり結合させられ、弾薬として弄ばれているあの死骸たち。

 それは、あまりにも『正しくない』形だ。


「…………できるかも、しれない」


 それには、無意識めいた確信があった。


 ネルは純白の杖を前へと突き出した。

 彼女の中に眠る規格外の魔力が、純白の波動となって平原を駆け抜ける。

 それは攻撃の意思を一切持たない、純粋な回帰の光。



 一筋の光が戦場を通り抜け、防壁へと到達した。

 


 光が死骸の防壁を透過した瞬間、バキバキと、不気味な音がした。

 死骸たちを強引に繋ぎ止めていた成れ果ての泥の魔力が、ネルの光に触れた途端にその結合能力を完全に喪失したのだ。


「■■■■■■■■」


 数千の死骸が、ただの物言わぬ骸へと還り、巨大な防壁が一斉に土砂崩れのように崩壊した。


「──何ッ!?」


 ローレも、シリエも、目を見張った。

 絶対の防御を誇っていた防壁が、少女の一祈りによって、跡形もなく崩れ去ったのだ。

 だが、驚愕している暇はない。防壁が崩れたことで、魔力を極限まで高め切った怪物のコアが完全に剥き出しになっていた。


 全ての光を吸い込むような黒い球体が、がぱりと大口を開いた、継ぎ接ぎした異形の成れ果ての中心に浮かんでいる。


 それは今にも起爆しそうな音を鳴らし、カタカタと微細に揺れ動いている。


 (ッ──ネルさんが作ってくれたチャンスを活かさなければ!!)


「シリエ!! 終演(フィナーレ)です!! 一気に叩きますよッ!」

「ッ、了解です! 我が主よ!」


 ローレの血を吐くような言葉に、シリエが歯を食いしばって頷いた。


 戦局は、終末へと傾いていく。

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