第11話「戦力集結」
──聖女が立っていた。
直後、自らをシリエ=エレイソンと名乗った美しき聖女が、花開く舞いのように、金の錫杖を成れ果てへ向けて振り払った。
美しい金音が静寂を切り裂く。
「半壊の響き」
「────」
ゴォンッ──と、教会の鐘が鳴る音がした。
指向性を持った音は三足の成れ果てを貫通し、成れ果ての体が切取られたかのように半分になった。
ピクリピクリと半分になった黒い肉塊が痙攣し、地面にドチュりと倒れ伏す。
「聖浄の響き」
慈悲の響きが金の錫杖から響き、成れ果てが光に飲み込まれ──消失した。
錫杖を地面にトンッと置き、左目を閉じてシリエは言った。
「なるほどなるほどです! これは大変な事になりましたね!」
一切揺らぐ事のない明るい声の裏、シリエの閉じた左目からはドクドクと血が流れていた。
その対比が月夜に照らされ、美しさとともに、何処か普通とは違う不気味さもネルは感じていた。
「さて、聖徒よ! 貴方の名前は何と言うのですか?」
左目から垂れる血がみるみるうちに引いていき、その内から現れた蒼い瞳がネルの顔を射抜く。
そして、ネルは意を決して答えた。
「……ネル=レスプランディ──」
言え。
言え!
何のためにネルは此処にいる?
ネルは今、何を優先する?
恐怖か?
安堵感に浸りたいか?
泣きつきたいか?
引きつったネルの脳裏に、やはりあの顔が浮かぶ。
深層四十層の神殿で、ネルを優しく突き放して、薄く微笑んだあの人の顔を。
すうっ、と息を吸い、ネルは声を絞り出した。
「どうか、ローレさんを、助けて下さいッ!」
ネルの言葉に、シリエはしゃがんでネルの手を取った。ゆっくりと引っ張って立たせてやって、ニコりと八重歯を覗かせてシリエは微笑む。
「──良くぞ言いました! 聖徒ネルよ!」
「ふ!? ひぁっ……」
わしゃわしゃと頭を小さな手で撫でられ、ネルが声を漏らす。その手は温かくて、優しくて、やはりローレの顔が頭に浮かび上がる。勝手に体温が上がり、息が生温くなったのにネルは恥ずかしくなった。
そして、シリエは話を本題に戻す。
「リール=フェンダーの手により、魔導警戒レベル五が発動されました。よって、数刻もしない内に、付近の最大戦力がここに集結します」
「っ、本当ですか!?」
リール=フェンダー。
その名を聞いて、ネルは五分前にローレの鞘で魔導通信していたあの人の事なのだと瞬時に理解した。
そして『最大戦力の集結』というシリエの言葉に、ネルは表情が崩れそうになる。
めーちゃんとの時間稼ぎは、魔導通信は、全て無駄ではなかったのだ。祈りは、通じていたのだ。
待て──めーちゃん……?
ネルの瞳孔が開き、キョロキョロと辺りを見渡す。
助けられたことに安堵して頭から消えていた。
「ッめーちゃん!? めーちゃんがまだ!! それに、ローレさんも地面に倒れたままで──」
取り乱し、息を荒くするネルに、シリエは女神のような柔らかい表情でこう告げた。
「我が主の元には既に頼もしき聖徒が向かっています。中には私よりも治癒術の扱いの上手い方もいるのです。安心して良いですよ! しかし、そのめーちゃん……とやらについては分かりかねます!」
シリエの言葉の一つ一つが心に浸透していく。
その度に荒立った心も段々と落ち着いて、ネルは冷静を取り戻した。
その様子にシリエも上機嫌に頷き、錫杖を天に掲げて円を描くように振る。
そして、一瞬眉を寄せた後、先程のような笑顔に戻った。シリエがぽん、とネルの背中に手を当てて耳元で囁く。
「私はゲファールリッヒに向かいます! ネルは為すべきことを為すのです! そして、最後に我が主へ伝言を──」
コチョコチョと最後に口を動かし、シリエはネルの耳元から離れる。
「それでは、任せましたよっ!」
そして、嵐のようにその場から駆け出し、光の如き速さで奥へと走り去っていった。
「…………よし」
取り残されたネルは握りしめた右手の杖を見つめ、息を吐いた。そして、地面を蹴り抜いて、大切な仲間達の元へ駆けていったのだった。
◆
「オイオイ、何だアリャ!? もはや雪崩じゃねェかよ!?」
「……はい。ここから見えるだけでも数千は下らないかと」
威勢のいい男の野太い声に、静かな女の声が頷く。
二人の零した言葉に、先頭に座って飛竜の手綱を握る細身の男が左腕に着けたブレスレットを見つめている。
ブレスレットから女性の声が響いた。
「良い? もう一度言うけど、ぜったい、ぜーーーーったいに死なないでよね! こちとら人手不足なのよ!」
きゃーと頭を抱えてコーヒーを口にする長髪の女性の姿を、男が頭で浮かべてくすりと笑った。
「きーー! 何笑ってるのよ!? 魔導警戒レベル五よ!? 国が一つ消滅するレベルよ!? いくら冒険者階位が一つ上がる任務だとはいえ、リスクがありすぎるわ! あぁもう!」
「心配かけてすんませんルナさん。だけど、僕たちは師匠に恩があるので。引くことは絶対にないですね」
男の声に、後ろに座る二人が風切り音に負けない声で頷く。
「応よっ! ローレさんには色々と借りを返さねェといけないからな! そのために敵戦力の半減なんざ楽勝だぜ!」
「……リール様の話だと、ゲファールリッヒとウーレンの中間の平原でローレさんは倒れているはず。迅速に治療し、私達は補助に回る……ふひっ……ふふっ……」
仲間の声に戦闘の男が「まあそういうことなんす」と頭をかいて言った。すると、ブレスレットの向こう、ルナと呼ばれた女性は「むぅぅぅ」と唸った後に、こう言った。
「はぁぁ……分かったわよ。情報共有はこちらに任せなさい! 胸張って、生還することが約束よ!?」
ルナの言葉に、三人は無言で頷き、ピリつく空気に向けて啖呵を切る。
手綱を握る男が高度を下げながら叫んだ。
「階位銀光! 剣士ムート!」
後ろの男と女が続く。
「階位銀光ッ! 盾士ゴールアーラン!」
「階位銀光……魔法士フルーヴ……!」
ムートがニコりと獰猛な笑みを浮かべて、眼下の黒の波を捉える。飛竜の頭を軽く撫でた。
「着地、お願いな」
「ムルゴォァァァァァァァァッ!」
闘いの予感に興奮し、叫び声を上げる飛竜。
ムートは腰から長剣を引き抜き、正眼に構えた。
荒ぶる風の中、狙いはローレへ向けて雪崩込む黒い波。ムートは剣を額に近づけ、声を上げる。
「僕の師匠へたかる愚鈍共ッ! まずは挨拶だ!」
ムートは身を乗り出し、飛竜の頭の上から飛び降りる。そのまま空中でクルリと回転し、目下の敵の波へ向けて剣を横一文字に振り抜く。
「紫電閃光界」
空気がバチバチと紫の雷光にて弾け、狂奏を演じる。紫電は剣閃をなぞるように遅れて走り去る。
刹那、肉眼では捕捉できぬ紫電の四連撃が地を走り、黒の波をせき止め、前線を崩壊させた。
その勢いのまま地面に降り立ち、長剣を以て敵へ突っ込んでいった。
それを天から見ていた二人はやれやれ、と手を振って笑う。
「アイツマジでタンクの俺を置いて突っ込みやがったぞ!? やるじゃねェか! おゥよ、行ってやるよ! ローレの兄貴は任せたぜフルーヴ!」
「言われなくても……! です!」
「へへッ、頼もしいッ──ぜ!」
続いてゴールアーランもその巨体を隆起させて地面に豪快に着地。その衝撃波で更に黒骸骨が吹き飛んでいく。
「ギルゥゥゥゥァ?」
「ふふ、運んでくれてありがとう……ガルちゃん……」
飛竜がローレの倒れた地面の近くに降り立ち、フルーヴが三人の中で最も遅く地面へ足を下ろした。
その両手には身長程の長さの紫の杖が握られていて、前髪に隠れた瞳もさることながら、ミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
そして、フルーヴはすぐにローレを見つけた。
「ッ──!? 何て事………!?」
ローレをその視界に収めた瞬間、フルーヴは額に皺を寄せ、信じられないような顔でローレの元へ走った。
「魔力回路がここまでになるほど……貴方様は……!」
ローレを優しく仰向けにさせて、上半身を覆う服を手際よく脱がせる。すると、胸が青く染まり、他にも様々な裂傷に、内出血、骨折などが見受けられた。
しかし、フルーヴが顔をしかめた理由はそのどれでもない。
──魔力回路。
生物全てが身に備える体中に巡る器官であり、魔力を蓄え、時に魔力を流して魔法を行使するのに使用する。
しかし、ローレの魔力回路は度重なる酷使によってすり減り、灼き切れていた。回路と回路とを繋ぐ線が切れ、散乱。そんな状態で魔力を流したら──二度と魔法が使えなくなってしまうだろう。
「大、丈夫……です! 私が……貴方が……認めてくれた……私がっ!」
胸に杖を当て、言の葉を紡いでいく。
淡い緑色がじわじわとローレの胸から全身へ広がっていって、二人を包みこんでいく。
「絶対に、絶対に……死なせて、やりません……ので!」
フルーヴは意識のないローレに笑いかけて、全身の魔力を躊躇なく注いでいった。最高級ポーションも躊躇いなく全て飲ませ、まずは意識を回復させようと奮起。
背後から聞こえる仲間の雄たけびに目を細めながら、フルーヴは祈った。
「神よ──どうか、御慈悲を」
戦場で、ぽつりと声が響いた。
戦局は更に混沌を極めていく──




