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赫き空の下で終焉の詩を ─記憶なき道化と運命に縛られし少女の円環録─  作者: 馳せ参ず
第二章「赫き夜」

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第10話「虚像は現となりて」

「──担当者と魔導通信が繋がるまで少々お待ち下さい」

「繋が、った?」


 ドクドクと拍動の速度が上がる。

 ローレの側頭部を再起の光(リヒトハイレン)で治癒しながら、ネルは鞘へ魔力を流し込む。

 

 結果的に、ネルの博打は成功した。

 ネルの考えた通り、鞘に埋め込まれた魔核からの魔導通信は、鞘の()()()()()()()()()()()()問題なく起動できるのだ。

 

「お願いッ、早く、早くしないとめーちゃんが!」


 一秒が無限にも思える待ち時間。

 背後でネルのために成れ果ての注意を買っためーちゃんが、今も成れ果てに追いかけ回されている。

 時に轟音が響き、めーちゃんが叫ぶ声が聞こえる。


 それが怖くて、ネルは鞘を握らされているローレの手を、その上からギュッと握りしめた。脈が弱く、冷たい手を少しでも温めようと、強く、強く、決して離すまいと握りしめる。

 

 ──そして、祈りが通じた。


 鞘が再び光を放ち、無機質な音声が鞘から響き渡る。


「お待たせ致しました。ローレ=アンブークル様、担当者の準備ができまし──今度は何事? これ以上私の仕事を増やそうって魂胆? 今何時か分かっ──」

「っ、た、助けて下さい!! え、えーと……あのっ」


 女性の声が聞こえ、ネルがしどろもどろになりながらも必死に言葉を紡ぐ。呂律が上手く回らなくて、頭が真っ白になる己を、ネルは酷く恨んだ。


 ネルの血を吐くような叫びに女性は言葉を途切れさせ、そして、努めて冷静に告げた。


「っ──場所と状況は?」

「ば、場所はウーレンとゲファールリッヒを繋ぐ草原です! 状況は……ローレさんがゲファールリッヒから抜け出してきた変な魔物に襲われて、気を失って目を覚ます気配がないんです! 脈も今にも止まってしまいそうで……」

「────あのローレが…………?」


 女性が言葉を失い、間が一拍空いた。

 そして、深く息を吸って吐く音が聞こえ、女性はこう言った。


「……非常事態シークエンス発動」


 低く、それでいて重い声が通信越しに響いた。


「──魔導警戒レベル五。最寄り都市ウーレンのダンジョン『悪霊の巣(ゲファールリッヒ)の沈静化作戦失敗。辺境潰しフロンティアブレイカーローレ=アンブークル意識不明──同時に推定階位不明、下層魔獣の迷宮脱出(ドロップ)を確認。銀光(エクラ)以上、最寄りの辺境潰しフロンティアブレイカーは直ちに現場へ急行。半径十キロメートルの範囲を()()()()()()()()で封印しなさい」

「…………え?」


 ネルが理解できない文字列が鞘から響き渡り、ネルは一瞬思考が止まった。そんなネルもお構いなしに鞘の向こうからは声が聞こえ続ける。


「全責任は私、リール=フェンダーが負います。繰り返します。非常──」

「アンタ何を考えてるのッ!? こんなの個人の権限の範疇を超えてるわよ!? まずは上に話を通さな──」「時間が無いのッ!!」

「──っ」


 切羽詰まったリールの声に、通信に割り込んできた女性が黙り込む。明らかに空気がピリついていた。

 リールが静かに口を開く。


「ローレ=アンブークルが瀕死に陥っている。それだけでこのシークエンスを発動する価値はあるわ。……私の考えが変わることはないから」


 確信の込められたリールの言葉に、口を挟んだ女性は長くため息を吐いた。そして、こう言ったのだ。


「…………そう……勝手にしなさいな」

「──ありがとう」


 鞘の向こうから怒号や困惑の声が聞こえる。恐らく魔導通信の窓口のようなところにローレと話していた女性がいるだけで、その近くにも同じように通信を受ける人がいるのだろう。

 ネルはビリビリと死が背中に張り付く焦燥感に汗を垂らしながら、話の行く末をただ見守っていた。


 そんな時、魔導通信側に変化があった。

 先程まで様々な声が混ざり合っていた鞘から声が聞こえなくなったのだ。


「──そんなッ!?」


 やはりローレ自身が魔力を注がねばならないのか?

 魔力が足りなかったのか?

 何かを間違えた?


 取り返しのつかない事をしてしまったと、鞘を支える手がブルブルと震える。

 だが、実際それは勘違いだった。


 鞘の向こうからシャリン、シャリン、と金属が擦れる音が聞こえてきた。


「──()()()が瀕死と聞き、すぐに沈静化を終わらせて飛んで来ましたよ!」

「……貴方は……!?」


 鞘のざわざわとした空気の向こう、底なしに明るく、それでいて芯の通った一つの声が聞こえた。


「状況は理解しています! ここは一つ、我が主に借りを作ってあげましょう!」

「……しかし、ここからウーランまで距離が──」

「問題ありませんよ!」


 女性の声を遮り、明るい声が更に近くから聞こえてきた。それは、まるでこちらに言い聞かせるような。


「──可愛らしい聖徒よ。転位魔術を用いても、そちらに到着するまで最低でも十分はかかります。我が主を──託しましたよ!」

「え、あ、シリエ様!?」

 

 ──プツン。


 鞘から光が消えたと同時に、声も聞こえなくなった。

 突然の出来事に面食らっていたが、ネルはゆっくりと、未だ目を覚ます気配のないローレの頭に手を添え、そして立ち上がった。


 先の見えぬ闇に、一筋の光が射し込んだのだ。

 ならば、全力でそれを手繰り寄せなければならない。


 怖い。

 怖いよ。

 それでも──目の前で、既にネルにとって()()()()となったローレに死なれる方が、よっぽど怖いのだ。


 だからネル=レスプランディは。


「お、おーい! 魔物さーん! こっちにきて下さいー!」


 ──死ぬ気で頑張れる。


 ◆


 片羽根をもがれ、地面に転がっためーちゃんへ、硬質化された魔物の体が衝突する寸前、突然魔物の腕が止まった。


「ッ──め?」


 魔物の向いた方向──そこには血と泥で汚れた少女。ネル=レスプランディが杖を構えながら何やら声を上げていた。


 めーちゃんは魔物に鼓膜を破壊されているため、その声を聞き取れないが、ネルが何をしようとしているかはすぐに分かった。


 ──ネルは己の代わりに囮になろうとしているのだ。


「く……そ、しくじっちまった、め」


 めーちゃんが、片翼となり、バランスの崩れた体を引きずりながら地面を這いずる。その視線の先には、先程まで命をかけた鬼ごっこをしていた魔物がいて、その巨体は最初に会った頃よりも肥大化し、足は六つに分かれていた。

 

 近くにいるだけで心臓を握られているような圧迫感。

 目を一瞬たりとも離せば、死を覚悟する程だ。


 そんな、怪物に、ネルは囮になるつもりなのだ。

 

「あまりに、無謀……め……何を考えてるんだ、め?」


 確かに、めーちゃんの目から見てもネルの治癒魔法は凄まじい。

 短時間で傷がみるみる修復されるあの精度は、生まれ持った才能故だろう。だが、それはそれ、これはこれ、だ。治癒魔法しか使えないネルに万に一つも勝ち目はない。


 そして、めーちゃんの頭に閃光が弾けた。


「──そうか、そういうことだったんだめ!? イイめ。……その誘い、ノッてやるめ!」


 そう言って、めーちゃんは折れていないほうの翼を揺らし、よろよろと宙に浮かんで、ツノを魔物に向けた。

 索敵の赤い光線が魔物に触れると、魔物はめーちゃんとネルを交互にドタドタと見て──二つに分裂した。


 片方はめーちゃんを追い、もう片方はネルを追うことにしたのだ。


 (二分の一なら……まだ、何とかなるめ。良く思いついためな)


「それじゃ──鬼ごっこ再会め」


 片翼がもげ、高度を上げられずに低空飛行のめーちゃんへ向けて、三足の異形が牙を剥いた。


 ◆


 (うまくいったうまくいったうまくいった! でも、ここからどうすれば……!?)


 めーちゃんに意思が通じたのは控えめに言って奇跡だ。二つに分離した事によって、魔物の動く速度も格段に落ちている。全力で走ればギリギリ追いつかれない程度だ。


 しかし、依然として攻撃手段がないことには変わりない。


 十分間休みなく全力疾走できるわけがないので、何か策を講じなければ確実に追いつかれて死ぬ。


 (……来る。考えていてもしかたない、まずは逃げて様子を見よう)


「ッ──」

「騾?£繧九↑縺翫>縺ァ縺薙■繧峨∈讌ス縺励>繧域?悶¥縺ェ縺?h」


 魔物の口ががぱりと開かれたのを見て、ネルは逃げのスタートを切りつつも両耳を塞いだ。それによって耳へのダメージはかなり軽減され、すぐに治癒魔法で完治。

 初撃を避け、ネルは走り出すことができたのだ。


「はっ、はっ、はっ──」


 泥のように重い足をひたすら前へ突きだして走る。息が切れ、肺が痛い。今にも恐怖と疲れで胸が張り裂けそうだ。


「はっ、……はっ、ひっ──くっ、ぅ!」


 一瞬後ろを振り向いて見れば、真っ黒な中から、ウネウネと動く黒紫の塊が地面を三足で走っているのが見え、吐きそうになる。

 生理的に無理な、何処か人間的に屈辱を覚えるような、そんな気持ち悪さだった。


 抑えきれなくなる恐怖に目がチカチカとしながらも走り続ける。ネルが向かっているのはゲファールリッヒがあった、巨木が幾つも立ち並ぶ巨大な森林だ。


 そこまでついてしまえばネルには考えがある。

 しかし、距離がある。


 そして、無我夢中で、時に足の痛みを治癒魔法で誤魔化しながら走り続けてから五分が経っていた。


 (まだ………見えないっ、の!?)


 ローレに張り付いていた成れ果てを蹴り飛ばした右の靴は溶けてドロドロになってしまったため、裸足の裏に岩や小さな破片が刺さり、肉を抉る。


 治癒魔法にも限度がある。

 疲れを癒しで騙しているので、いずれ反動がくる。

 それを自分自身が最も理解しているので、より一層絶望感が増していた。

 

「う、ぅぐっ、うぅ!」


 魔力を抑えた治癒魔法をかけ、痛みだけ消して走る。


 後ろを振り返れぬ恐怖。

 痛みから生じる混乱。

 めーちゃん側への心配。


 様々な思いが胸中を巡り、緊張の糸がピンと張って──そして、切れてしまった。


「ぁっ?」


 か細い声がネルの口から漏れる。

 次の瞬間、痛みを消した事で岩の突起に気付かずに、視界がグラリと地面に傾いて、転んだ。


 咄嗟に顔を捻るが間に合わず、勢いのまま頭から地面に転がる。


 そして背後からぬちゃぬちゃと異音が大きくなり──


 ──凛とした声が闇夜に咲いた。


「良くぞ耐えましたね!」


 美しい文様が刻まれた金の錫杖に、ふわりとした甘い香り。白い毛が覗く獣耳に、蒼い瞳。

 修道服に身を包んだ獣族の女は自らをこう名乗った。


 「辺境潰しフロンティアブレイカー序列()()シリエ=エレイソン、遅ればせながら参、上、です!」


 聖女が、ネルの目の前に立っていた。

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