山辺行定のリアル
宮前奈津美を殺したのは廣田実だった。
廣田が警察に自首してきたのは、奈津美が行方不明になってからちょうど一週間が経過した頃であった。
そのとき、私は刑事として廣田の事情聴取を担当した。
廣田は罪の意識に苛まれて、というよりは、憔悴しきってしまい自首を決意した、という様子だった。
廣田の話によれば、彼は奈津美の担任の先生でありながら、彼女に密かな恋心を抱いていたらしい。
許されない恋である。
しかも、大の大人が中学生に恋心を抱くだなんて如何にも社会通念に反している。しかし、別に珍しいことではない。教師が児童買春で逮捕される例は枚挙に暇がない。
廣田は放課後、学校内で宮前奈津美を誘拐した。
少し話があると声を掛け、空き教室に呼び出した。クラス随一の優等生は従順にこれに応じた。
廣田はこの空き教室で奈津美と無理やり性交に及ぼうとしたが、失敗した。奈津美が激しく抵抗したのである。
そこで廣田は奈津美の首を手で絞め、気絶させた。
廣田の自宅のアパートから三百メートルほどの距離にある雑木林から見つかった奈津美の死体には、たしかに首筋に締め付けられたような跡がある。
また、廣田は、このとき奈津美のカバンの中から彼女の携帯電話を見つけ出し電源を切った、と供述したが、これについても裏が取れている。
奈津美の携帯のGPS機能は、それが途切れる直前まで奈津美が学校にいたことを示していた。
このことから、警察は、奈津美が仮に誘拐されたのだとすれば、それは学校の関係者の仕業であろうと考えていた。誘拐犯を刺激しないように、このことはマスコミには隠していたのだが。
私個人としては、中学生が学校に携帯電話を持って来ているという事実に驚きを隠せないのだが、イマドキ珍しくはないのかもしれない。
気絶させた奈津美を廣田は校舎裏の駐車場に停めてあった自分の車まで運んだ。
この様子を目撃した者がいないことには若干の違和感はあるが、奈津美が気絶させられた空き教室は駐車場と隣接した位置にあったことと、放課後で学校に人があまり残っていなかったことを考えれば、そこまで不思議ではないのかもしれない。
車内で廣田は奈津美をビニールテープで何重にも縛り身動きを取れなくし、口をガムテープで塞いだ。そして、車のトランクの中に入れた。
職員室での事務的な仕事を終えた廣田は、トランクに奈津美を乗せた車を運転し、帰宅した。
そのときには既に奈津美は意識を取り戻していたが、廣田はカッターナイフで脅すことによって彼女の抵抗を封じつつ、アパートの自室まで連れて行くことに成功した。
そして、そのアパートの一室で廣田は奈津美を陵辱した。
奈津美の体内からは廣田の精液が採取されている。これは動かぬ証拠である。
奈津美を強姦したあと、廣田は口止めのために奈津美を殺害した。
司法解剖をしていないので断定はできないが、外傷の様子からして、奈津美の死因は頭部を鈍器のようなもので強打されたことであると考えられる。
廣田の供述によれば、廣田は自宅にあった陶器の花瓶で奈津美の頭を力一杯に殴ったそうだ。
家宅捜索により、粉々になった青色の陶器の花瓶が廣田の家から見つかっている。廣田のアパートの近所にあるホームセンターで売っているものだ。
廣田は奈津美の死体の処理に困り、しばらくは自室に保管していたものの、やがて腐敗臭により発見されることを恐れ、やむをえず近所の雑木林に捨てた。
このときの様子については目撃者が何人かいた。
廣田がぐったりとした少女をトランクに詰め込むところを廣田と同じアパートに住む住人が見かけていたし、雑木林に隣接する家に住む者が、木々の間から車のテールライトの光が漏れていたと供述した。
死体は翌日の早朝に雑木林で犬を散歩させていた老婆によって発見され、警察に通報された。
全国ネットの番組が速報で行方不明少女の死体発見を伝える中、もう逃げ切れないと判断した廣田は警察に出頭した。
本件に対する世間の関心はとても高かった。
それは、奈津美がアイドル顔負けのルックスを持っていたからかもしれない。
奈津美が平凡な容姿であったら、行方不明になってすぐの段階でマスコミが本件を誘拐事件、性的暴行目的の誘拐事件と決めつけることもなかったであろう。これは法の壁を乗り越えてでも欲しくなる美少女である、と、写真を見たマスコミは即断した。
ネットでは、本件は美少女中学生誘拐事件として騒がれた。
犯人を絶対に許せない、という書き込みが多かったが、こんな美少女に生まれた以上、誘拐されても文句は言えない、というような書き込みもあった。
しかし、世間の注目度の高さとは裏腹に、彼女のクラスメイトは本件にあまり興味がないようだった。
奈津美はクラスメイトから不人気だったからだ。
奈津美はクラスでいじめられていたことが、聞き込みによって明らかになった。
校門前で張り込んで奈津美と同じクラスの生徒から話を聞いたときも、彼らの態度はよそよそしかった。
奈津美のことなど何も話したくない、という雰囲気で非協力的だった。彼女の安否を気遣う言葉もあまり聞けなかった。警察に捕まらないように早足で校門を通過していく生徒も少なくなかった。
この奈津美の不人気さは、廣田のアパートで発見された奈津美の携帯電話の着信履歴を見ても明らかであった。
奈津美が行方不明になって以降、奈津美に電話を掛けていたのは彼女の両親、親戚、そして小学校時代の友達だけであった。
中学校のクラスメイトからの安否を確かめる着信は一件もない。
しかし、一通だけ奈津美のクラスメイトからメールが届いていた。
それは奈津美の死体が発見される前日に受信されたもので、差出人欄は川崎愛未となっていた。
不思議なことにそのメールは四か月以上前の奈津美からのメールに対する返信だった。
「奈津美、今までごめんね。私も美月もすごく反省してる。また三人でやり直そう。だから早く帰ってきてね。大好きだよ」
このメールは、奈津美がまだどこかで生きていると信じて書かれたものであろう。
私はやるせない気持ちになった。
廣田の供述は客観的証拠と一致しているため、廣田の有罪を立証するのは簡単であろう。これ以上捜査をする必要もない。
本件の真相は以上である。
(了)
この小説を最後まで読んで下さった読者の方、本当にありがとうございました。心から感謝しています。
この小説のテーマは、「責任という言葉の胡散臭さ」です。
推理小説風に言い換えると、「フーダニット(who done it)への疑問符」といったところでしょうか。
人を殺した人は本当に人を殺したのか。人を殺していない人は本当に人を殺していないのか。
法律上ないしは政治上責任を負った人には、本当に責任があるのか。
まあ、こんな感じの漠然とした問いが筆者の頭にあったということを頭の片隅に……置かなくても良いですが、一応これが筆者の頭の中であったことを紹介しておきます。
ちなみに、この小説で筆者がこだわった部分は、各登場人物の独白の最初の一行です。
たとえば、川崎愛未でいうところの、「宮前奈津美を殺したのは私だ。」の部分。
先程述べたテーマとも関連しますが、各章、小説全体を読み終わったあとで、独白の最初の一行は果たしてフィクションだったのか、それともリアルだったのかを読者の方々がそれぞれに解釈していただけるのならば、これ以上筆者の冥利に尽きることはないです。
ついでに、川崎愛未が、「かわさきあいみ」なのか「かわさきあみ」なのか「かわさきまなみ」なのかも、それぞれの読者の解釈に委ねたいと思います。
……ごめんなさい。ふりがなを振らないという筆者の怠慢の正当化を試みてしまいました。
筆者としては、というか、川崎愛未の御両親としては、「かわさきあいみ」のつもりでした。
ラブライバーの方(園田海未)や乃木坂46ファンの方(能條愛未)は、きっと「かわさきあみ」と読んだのではないか、と邪推しますが、別にその読み方でも構わないと思います。
あ、アイドルの話が出たので、ついでに宣伝させてください。
次回作は実はもう既に完成間近で、「アイドル」をテーマにしたミステリーとなっています。
今回の「フィクション殺人事件」が少し辛気臭かったので、次回作は明るくポップにするように心掛けたのですが、意図せぬところで筆者の生来の陰鬱さが滲み出ているかもしれません。
文量的には四万字から五万字になる予定です。
こちらも是非宜しくお願いします。




