廣田実のリアル(3)
―嘘だ。
そんなの全部でたらめだ。
本当の俺はそんな人間じゃない。
他人のために自己を犠牲にできる聖者のような人間じゃない。
もっと欲まみれで身勝手で狂っている。
あのとき、教室の床に横たわっていた奈津美がもう動かないと知ったとき、俺はこう思った。
―欲しい。
奈津美が欲しい。
俺は生前の奈津美に対して劣情を抱いていた。
奈津美は本当に可愛かった。中学生とは思えない大人びたルックスであるにも関わらず、年相応に無邪気で従順で可愛かった。制服を窮屈そうに着ているところも可愛かった。健気にいじめに耐える姿も可愛かった。
しかし、先生と生徒の関係である以上、俺は奈津美に対する感情を押し殺すのが正解であった。
奈津美が担任である自分にいじめの被害を相談でもしてくれれば、彼女との距離を縮められるかもしれない、とほのかに期待したが、彼女は死んでしまうまで俺を頼ることはなかった。
俺にとって生前の奈津美は近くても決して手の届かない存在であった。
奈津美は生前の可愛さを保ったまま死んでいた。
否、ただ眠っていた。永遠に覚めることのない深い眠りに落ちていた。
俺は別に死体やグロテスクなものを見て興奮するようなタイプではない。ホラー映画もお金を払ってまで見に行きたいと思ったことはない。
しかし、奈津美の死体を見た瞬間、無性に欲しくなった。
俺が奈津美を所有したい。彼女を独占したい。
今の奈津美ならば俺に抵抗することはない。俺の好き勝手にできる。
俺は奈津美の脈を測った直後、生徒たちの処遇を考えるフリをしながら、奈津美を持ち帰るためにどうすればよいのか、と頭をフル回転させていた。
裁きのホームルームで俺が生徒に対してもっともらしく言ったことは、全て俺の願望を叶えるために考えられたフィクションでしかない。
奈津美が死んでしまったことについて、俺には一切責任はないと考えていたが、奈津美を持ち帰る役を買って出るために、担任である自分に一番重い責任があるとでっち上げた。
生徒たちを口止めするために、生徒たちの責任をでっち上げて、花瓶の破片を持ち帰らせた。
こうして俺は奈津美を手に入れた。
放課後、奈津美の様子が気になった俺は、職員室を抜け出し、彼女に会いに行った。
奈津美は自動車の後部座席で横になっていた。
奈津美を覆っていたゴミ袋を除け、整った顔を露出させる。
美しい。この世のものとは思えない。
俺は奈津美と口づけをした。
ようやく奈津美を俺のものにすることができた。俺の胸は幸福感で満たされていた。
部屋に持ち帰った奈津美と性交しているときも、俺は幸せだった。
この幸せは長く続かない。そんなことは分かっていたが、ただ目の前の底無しの快楽に溺れていた。
担任していたクラスで死者を出した人生で俺の教師人生は終わっている。ならば、今はこの快楽に身を委ねて、残りの人生を牢獄で過ごしても何ら後悔はない。
この社会はアウトサイダーには徹底的に冷たい。
社会から少しはみ出すことも社会から大きくはみ出すこともそう大差はない。
俺はとんだ偽善者だ。
裁きのホームルームで、生徒たちは俺の本当の狙いには気付かなかったはずである。
おそらく生徒たちは、俺に諭されて、生徒全員が奈津美の死に対して責任を負うべきだと本当に感じたのであろう。
俺のことは、死体を預かるというもっとも危険な役割を引き受け、生徒たちを守ろうとした理想の先生とでも思っていることであろう。
生徒たちが見ていた廣田実先生はフィクションだ。
リアルの廣田実は欲ボケの小児愛者で、屍姦趣味者に過ぎない。
俺は自分の欲を満たすためだけに、生徒たちを利用した。
彼らの将来のことなど全く考えていない。
―本当にそうだろうか。
俺が奈津美の死体を欲しいと思ったことは事実である。
しかし、他方で生徒たちを犯罪者にしたくない、未来のある子供たちを社会の偏見から守りたいとも思った。
これもまた事実ではないだろうか。
俺が奈津美の死体を持ち帰ったのは、自分のためか生徒たちのためか。
生徒たちのための自己犠牲なんてキレイゴトだ。
しかし、キレイゴトは偽りで、人の本性は醜くなくてはならないと誰が決めたのだ。
自己犠牲をする自分が偽りで、利己的な自分が本性だとは限らないのではないか。
夢中で奈津美の死体に腰を振るのも俺ならば、生徒たちを守るために警察に自首をしようとしているのもまた俺だ。
同じ俺だ。
どちらが表だとか裏だとかはない。
大体表がフィクションで、裏がリアルだという対応関係自体存在しない。
奈津美を犯したがために警察に捕まるのか、警察に捕まるために奈津美を犯したのか、そんなのは単なる説明の仕方の違いに過ぎない。
俺の行動はたった一つ。俺はたった一つ。
フィクションはリアルであり、リアルはフィクションだ。
奈津美を埋めるために近所の雑木林で車のエンジンを止めた俺は、助手席の奈津美にお別れのキスをした。




