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廣田実のリアル(2)

 しかし、状況は一転した。


 担任していたクラスの生徒がいじめによって命を落としたのである。



 担任である俺の責任が問われることは確実である。


 世間が俺に問い掛ける。


 いじめに気付いていたのか。いじめに気付いていたとしたら、なぜそれを放置していたのか。いじめに気付いていなかったとしたら、なぜそれに気付けなかったのか。



 奈津美が死ぬまでは奈津美のいじめを止めることは俺の義務ではなかったはずだ。


 しかし、奈津美が死んだ瞬間に俺が奈津美のいじめを止めることは義務となった。


 社会とはそういうものだ。


 何かを失うと、その埋め合わせのために、とりあえず誰かに責任を取らせたがる。


 責任を取らせたい相手を見つけたら、無理やり理由をこじつける。


 そうやって埋まるはずのない空白を埋めた気になる。


 責任というフィクションによって、人々の心に鎮静剤を打つ。



 俺はこれ以上教師として勤務することはできないであろう。教師としてなすべきことを粛々とこなしていただけなのに、教師失格となった。


 自分が担任していたクラスの生徒がいじめによって死ぬというとんでもない貧乏くじを引いてしまったがために。



 この瞬間に俺は教師でなくなった。


 皮肉なことに、俺が教師でなくなったことによって初めて、俺はしがらみのない一人の裸の人間として、同じく人間である生徒たちと真っ直ぐ向き合えるようになった。


 カリキュラムや上司の評価からようやく解放された。



 目の前で取り乱し、泣き喚く子供たちを見て、俺はこの子たちを守ってあげなければならないと思った。俺のやるべきことは何が何でもこの子たちの将来を守ることである。


 この件が世間の明るみに出たらどうなるのか。


 誰が奈津美に直接手を下したのかは分からない。


 しかし、奈津美を直接死に追いやった子は、人殺しのレッテルを貼られたまま、残りの長い人生を歩まなければならないだろう。もしかしたら、奈津美の死に関与したのは一人ではなく複数かもしれない。


 この子たちを犯罪者として世間に送り出すわけにはいかない。少年院送致で済むとしてもダメだ。前科があればこの社会でまともに生きることはできない。



 では、奈津美の死に関与していない子たちはどうか。


 -結局は同じだ。


 今回の件が日の目を見れば、彼らもいじめを見て見ぬふりをしていた人間として社会から糾弾される。


 悲劇のヒロインである宮前奈津美が死にゆくことを黙認していた者として後ろ指を差される。


 奈津美の死に関与していた子たち同様、社会でまともに生きていくことは困難に違いない。


 彼らにそのような仕打ちを受ける謂れはないように思える。


 なぜなら、いじめとは流行のようなもので、彼らは深く考えずにその流行に乗っただけだからである。


 その代償として人生を棒に振るうというのはあまりに不釣り合いである。


 とはいえども、彼らの責任を完全に免除するのは行き過ぎである。


 何か不都合なことが起こってもリセットボタンを押せば簡単にやり直せる、と思わせてはいけない。


 人の命の重さを知らないまま大人になってはいけない。奈津美の死を、この子たちの中ではなかったことにしてはならない。一定の罪悪感は背負わせなければならない。



 そこで思いついたのが、奈津美の死の事実を隠蔽することと凶器となった花瓶の破片をこの子たちに配ることだった。


 そうすれば、この子たちの人生が理不尽に曲げられることはないし、他方で奈津美の死がこの子たちの中で風化することもない。



 そこで俺は裁きのホームルームを開いた。


 クラス全員に連帯責任を負わせるという点について反発する者もあったが、無理やり説き伏せた。


 俺自身もまさか傍観していただけの者にまで責任があるとは思わなかった。


 しかし、それは花瓶の破片を配る方法に必要なフィクションだった。


 破片の配布は奈津美の死について口止めの役割も果たすものであったから、全員に対して行われる必要があったからである。


 詭弁で誤魔化した部分も少なからずあった。子供が用いる詭弁は、単なる偏理屈として処理されるが、大人が子供に対して用いる詭弁は説諭となる。


 俺はこのことのズルさを十分わきまえていたが、自分の考えた裁きを押し通すのに必死であった。



 奈津美の死をいつまでも隠蔽し続けることができないことは承知していた。死体をどこに隠そうが、どこに捨てようがいずれは警察に見つかってしまう。


 死体が見つかれば、警察も積極的に奈津美の死の真相に近づこうとするだろう。その場合には警察の追及に対して口を割る子供が出るであろうことが容易に予想できた。


 裁きのホームルームを貫徹するために、子供たちの将来を守るために、俺にはやらなければならない重要な仕事が残されていた。



 それは、俺が奈津美殺しの犯人となることである。



 子供たちの身代わりになることに抵抗はなかった。


 俺一人が犯罪者になることによって子供たちが犯罪者とならないで済むのならば、それに越したことはない。


 それにどっちにしても奈津美の死がバレれば、俺だって社会から犯罪者扱いされるのだ。


 生徒を見殺しにした教師の責任は重大だ。社会はおそらく俺の命以上のものを求めてくる。



 事件の日、明日の授業の準備も手につかないまま、俺は奈津美の死体とともに帰宅した。


 俺は築五十年の今にも傾きそうなボロアパートで一人暮らしをしていた。住民もまばらなこのアパートでは、共用の廊下や庭においても住人をすれ違うことは滅多にない。


 俺は誰にも見つかることなく死体を自室まで運んだ。


 そして、死体の服を脱がし、全裸にし、犯した。



 変態教師がクラスで一番に美少女に恋をし、誘拐して強姦をした上で殺してしまった、これが俺の考えたストーリーであった。


 俺は自首し、そのように警察に話す。奈津美が好きで好きでたまらなかった、衝動を抑えられなかったと告白する。


 すると、警察は裏を取ろうとする。


 すなわち、奈津美の死体から採取された精子のDNAと俺のDNAを照合する。


 これが動かぬ証拠となり、俺は逮捕される。


 事件は一件落着。子供たちに捜査の手が及ぶことはないだろう。

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