断章Ⅷ「ある日のとんぼの女将」
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名、企業名等はすべて架空のものです。実在のいかなる存在とも関係ありません。
※ この話は港川市の居酒屋「とんぼ」の女将、沼田雅代さんの視点で描かれています。蒼太の二年目の夏の終わり、ある日の一日。
朝の四時に目が覚めた。
寿さんより三十分早い。
毎朝四時に私の体が勝手に起きる。四十年続いている癖だった。
布団から起き上がった。膝が軽く痛んだ。膝の痛みも四十年で、すっかりなじみのお客さんになっていた。
寿さんはまだ寝ていた。規則正しい寝息を立てていた。寿さんの寝息は若い頃から変わらない。寝息のリズムだけは、たぶん結婚した日から同じだった。
台所に降りた。
昔の台所はもっと狭かった。リフォームを二回している。最後のリフォームは十二年前。寿さんも私も五十一歳の時にお金を貯めて台所を広げた。広げたと言っても、二人で使うにはちょうどよかった。
水を鍋に入れた。昆布を入れた。火をつけた。
昆布を入れた水がゆっくり温まっていく時間が、私は好きだった。その時間に私はいつも手帳を開く。
台所の隅の小さな棚から、A6判の薄い手帳を取り出した。
手帳の表紙は深い緑色。緑は私がいちばん好きな色だった。
最初の手帳は四十年前、結婚した年に買った。当時の私は二十四歳。寿さんも二十四歳。お店を二人で開いたのは、結婚十年目、私が三十四歳、寿さんも三十四歳の時のことだった。最初の手帳はもう、奥の押し入れのいちばん深いところにしまってある。今使っているのは二十冊目くらい。一冊でほぼ二年使う。
手帳の中にはお客さんの好み、誕生月、お子さんの様子、最近の変化が書いてある。
四十年、私は手帳に人を書いてきた。
池田さんが出汁巻きを残された。倉田さんがお味噌汁を薄めにと言うようになった。桐谷くんのペンが早くなった。誰が何を好み、誰が何に困り、誰がどう変わったか。
ぜんぶ、人のことだった。
四十年、私は人を書いてきて、自分のことは、ほとんど書いてこなかった。
……寿さんは、自分のことを書く。
ふと、そう思った。
寿さんのノートには、店の振り返りと、寿さん自身の考えが書いてある。今日の煮魚はどうだった、来月はここを変える。寿さんは自分の手で、自分の考えを書く。
私の手帳は、人の記録。寿さんのノートは、自分の考え。
四十年、同じ屋根の下で、別々のものを書いてきた。
昨日のページを開いた。
「八月二十七日、池田さん、出汁巻きをぜんぶ食べてくれた。塩、薄めに変えた効果」
いつも通り、人の記録だった。
けれど、その下に、一行だけ、別のものが書いてあった。
「秋の入口の風。今年も、立った」
それは、お客さんの記録ではなかった。
私の、独り言だった。
いつからか、私はこういう一行を、手帳のすみに、こっそり書くようになっていた。お客さんの記録の合間に、ほんの一行、私自身の言葉を。
書いてはみるものの、書いたあとで、いつも少し、後ろめたかった。
……手帳は、お客さんのためのものなのに。
私自身の言葉を書くというのは、なんだか、許されていない気がした。
お湯が沸騰しそうな音を立てた。慌てて昆布を引き上げた。鰹節をぱらりと入れた。香りが台所にふわっと広がった。
四十年、毎朝同じ香りだった。けれど毎朝、少しずつ違う香りでもある。
出汁を漉した。別の鍋に移して、もう一度、弱火でゆっくり温めていく。
その間に寿さんが起きてくる。
四時半。寿さんが台所に降りてきた。
「おはよう」
「おはようさん」
寿さんはいつもの茶碗でお茶を淹れた。一口含んで、ふっと目を細めた。
「今日の茶葉、いい」
「先週、新しいの買ったから」
寿さんはお茶を飲み終えて、自転車の鍵を取った。
「今日は何が欲しい?」
「鯖と、鱸と、もし新しい貝が入ってたら貝も」
「了解」
寿さんはジャケットを羽織って、家を出ていった。自転車のペダルを踏む音が、玄関のほうから聞こえた。
私は手帳に一行書いた。
「寿さん、市場へ。膝、まだ痛そう。けれど自転車を止めない」
寿さんの膝の痛みは五年前からある。けれど寿さんは自転車を車に変えることを、頑としてしなかった。市場までの自転車は、寿さんの毎日の儀式だった。儀式を変えるのは、商売の温度を変えること。寿さんはそれを無意識に知っている。
私も知っている。だから「車にしたら」と、もう何年も言っていない。
……これも、寿さんの記録だ。
書きながら、私はまた、ふと思った。
寿さんの膝のことは書く。寿さんが自転車を止めないことは書く。
けれど、その寿さんを毎朝、台所から見送る私自身のことは、書かない。
毎朝、玄関のペダルの音を聞きながら、私が何を思っているか。それを、私は四十年、一度も書いたことがなかった。
六時、店の戸を開けた。もう空は明るくなっていた。夏の終わりの空気が、店の中にすっと入ってきた。
カウンターを布巾で拭いた。私の手は布巾を握って、カウンターを撫でるように動いていた。四十年、毎朝同じ動き。
カウンターはいま、私にとって店のいちばん大事な場所だった。お客さんと私の間にある、たった一メートルの木の板。その一メートルが、私の「半径3メートル」だった。
「半径3メートル」というのは、間宮さんといううちのお客さんが、いつかぽつりと言っていた言葉だった。間宮さんは駅前のIT会社のシニアエンジニア。五年来のお客さん。会社のCTOが「半径3メートルから変えていく」と言っていた、と。
私はその時、思った。
……それ、私のカウンターの一メートルと同じだ。
カウンターの一メートル。その向こうのお客さんの席まで一メートル。さらにその後ろまで二メートル。入口まで三メートル。私の半径3メートルは、ちょうど店の中のぜんぶだった。
その三メートルの中で、私は四十年、人を見てきた。見て、手帳に書いてきた。
寿さんが市場から戻ってきた。鯖が五本、鱸が二本、平貝のいいのが入っていた。平貝は八月の終わりにぐっと味が出る貝。
「平貝、お刺身に。残りは夕方、ぬる燗のお客さんがいれば軽く炙って」
「了解」
私は平貝を丁寧に洗いながら、池田さんの顔を思い出した。池田さんが来週、平貝を見たらたぶん喜ぶ。手帳に書いておいた。
「平貝、入荷。来週、池田さんが来る日にお薦めする」
手帳はいつも、私の頭の中の地図だった。
お昼の営業は十一時半から。最初のお客さんはいつも倉田さん。
倉田さんは店を始める前からの知り合いで、三十年近くのお客さん。地元の金属加工の会社を長く率いた元社長、六十代後半。倉田さんの誕生日は六月三日。三年前に奥さんを亡くされた。息子さんが二人。上の息子さんは会社を継ぎ、下の息子さんは東京で医者をしている。倉田さんの手帳のページは、いま二十年分続いている。
倉田さんが来た。いつもの奥の席に座って、新聞を広げた。
「沼田さん、こんちは。煮魚で。あと、味噌汁、薄めにしてや」
「薄め、了解」
倉田さんは一年前から、お味噌汁を薄めにと注文するようになった。理由はたぶん、お医者さんから塩分を減らすようにと言われたから。倉田さんはそれを私には言わない。けれど私は見て分かる。
倉田さんは新聞を読みながら煮魚定食を食べた。ふと、新聞から目を上げた。
「沼田さん」
「はい」
「あんた、最近、手帳に、何を書いとるん」
私は手を止めた。
四十年、倉田さんに手帳の中身を聞かれたことは、一度もなかった。
「お客さんの、観察です」
私はそう答えた。
「ほんまにそれだけか」
倉田さんは新聞越しに、ちらりと私を見た。
「……最近は、私の、独り言も」
私は小さく言った。
「独り言」
「ええ。お客さんの記録の、すみに。少しだけ」
倉田さんは、ふん、と短く笑った。
「ええこっちゃ」
倉田さんは煮魚にもどった。
「わしもな、会社をやっとった頃、毎日、日記つけとった。最初は、売上と、納期と、社員の動きや。客と社員の記録や。そればっかり、二十年つけた」
「二十年」
「おう。そんで、ある日、ふと気づいた。わし、自分のことは、一行も書いてへんなと」
私は倉田さんを見た。
「それから、ちょっとずつ、自分のことを書くようにした。今日、わしは、何を迷たか。何を、こわがったか。社長いうのは、なんちゅうか、自分のことを書く相手が、おらんからな」
倉田さんは新聞を畳んだ。
「自分のことを書くようになってから、わし、たぶん、ちょっとだけ、ましな社長になった」
倉田さんはそれだけ言って、煮魚をぜんぶ食べた。
「沼田さん、ごちそうさん。また明日」
「また明日」
倉田さんは新聞を丁寧に畳んで、お店を出ていった。
私はカウンターの中で、しばらく動けなかった。
……自分のことを書くようになってから、ましな社長になった。
倉田さんの言葉が、胸のところで、ゆっくり沈んでいった。
倉田さんも、二十年、人の記録だけをつけていた。そして、ある日、自分を書き始めた。
私と、たぶん、同じだった。
お昼のピークが過ぎた。午後二時、お店はほぼ空になった。寿さんが奥の事務机でノートを書いていた。
午後三時頃、ふと店の戸が開いた。桐谷くんと葉山さんが入ってきた。
桐谷くんは二年目になって、少し背筋が伸びていた。葉山さんは一年前より、目の鋭さが少しだけ柔らかくなっていた。二人とも、二年でずいぶん変わった。
「大将、女将さん、こんにちは」
「桐谷くん、葉山さん、いらっしゃい。揚げ浸し、まだありますよ」
二人はカウンターに座った。私は揚げ浸しを温め直した。
「葉山さん、最近、お仕事どう?」
私はふと葉山さんに聞いた。
「えっと、まあ、まあです。色々迷いながら」
「迷うのはいいこと」
私は頷いた。
「迷わない人の方がたぶん危ない。迷う人は、自分の場所をちゃんと考えてる人」
「ありがとうございます」
葉山さんが軽く頭を下げた。その目が、ふっと和らいだ。
私はカウンターの中で、その和らいだ目を見た。
……葉山さんは、迷う自分を、たぶん自分で許せていなかった。
他人の言葉で、自分の迷いを、やっと許せる。それは、たぶん、誰にでもある。
私も、若い頃、そうだった。
葉山さんの和らいだ目を見ながら、私はふと、自分が、いま、葉山さんに「自分の言葉」を渡したことに気づいた。
四十年、私は人を記録してきた。けれど、いまの「迷うのはいいこと」は、記録ではなかった。誰かから聞いた言葉でもなかった。それは、四十年生きてきた私自身の中から出た、私の言葉だった。
その私の言葉が、葉山さんの目を、和らげた。
……私の言葉にも、たぶん、誰かを変える力がある。
胸のところで、何かが、小さく、立ち上がった。
「女将さん」
桐谷くんがふと口を開いた。
「はい」
「以前、大将がこう言ってくれました。『振り返らないと続かない』。あの言葉、僕ずっと覚えてます」
「あら、覚えてくれたの」
「で、最近こう思いました。振り返りというのは、たぶん一人でするものじゃなくて、誰かとするものなんじゃないか、って」
桐谷くんが続けた。
「一人で振り返るのもいい。でも誰かと二人で振り返ると、見えるものが違う」
「桐谷くん、それ、ノートに書くね」
寿さんがふっとノートを手に、奥から出てきた。
「はい、書きます」
桐谷くんが軽く笑った。
私はカウンターの中で、二人を見ながら思った。
……桐谷くん、たぶん、寿さんと私の毎晩の振り返りを、ちらっと観察したな。
寿さんと私は毎晩、店を閉めたあと、二人でお茶を飲みながらその日を振り返る。寿さんがノートを書き、私が手帳を書く。二人で振り返ることで、たぶん、お店は三十年近く続いてきた。
桐谷くんは、それを見抜いている。二年で、桐谷くんの観察の目は、それくらい深くなっていた。
桐谷くんと葉山さんはご飯をぜんぶ食べた。お会計のとき、桐谷くんがこう言った。
「女将さん、今日ノートにこう書きます。『迷うのはいいこと』。女将さんの言葉です」
「私の言葉」
私はその一行を、口の中で繰り返した。
桐谷くんのノートに、私の言葉が、書かれる。
四十年、私は人を書いてきた。今日、初めて、私の言葉が、人のノートに書かれる側になった。
「ええ、女将さんの言葉です」
桐谷くんが頷いた。
二人はお会計を済ませて、お店を出ていった。
私は店の戸が閉まる音を聞きながら、手帳を開いた。
いつもなら、ここで、桐谷くんと葉山さんの「記録」を書く。背筋が伸びた。揚げ浸しを迷わず食べた。葉山さんの目が柔らかくなった。
けれど今日、私はペンを、すぐには動かさなかった。
……私は、四十年、人ばかり書いてきた。
カウンターの中で、私はしばらく、ペンを持ったまま、立っていた。
倉田さんの言葉。葉山さんの和らいだ目。桐谷くんのノートに書かれる、私の言葉。
三つが、今日、私の中で、一つのことを言っていた。
お前の言葉にも、書く値打ちがある、と。
私は手帳の、新しいページを開いた。
お客さんの記録のページではない。私自身のための、白いページを。
ペンを、置いた。
そして、ゆっくり、書いた。
「私の名前は、沼田雅代。二十四歳でこの人と所帯を持って、三十四歳でこの店を始めて、いま六十三歳。四十年、人を見て、手帳に書いてきた。今日、初めて、自分のことを書く」
書きながら、手が少し、震えた。
四十年、一度も書いたことのない種類の一行だった。
午後四時、私は台所に戻って、夜の仕込みを始めた。平貝を薄く切る。残りは軽く炙って、薄めの塩。
切りながら、私は、さっき書いた一行のことを、考えていた。
三十四歳でお店を始めた時、寿さんと二人で、毎晩不安だった。最初の一ヶ月、お客さんはたぶん十人くらいしか来なかった。
あの頃、寿さんが、こう言った。
「分からない。けど、やめない」
その「分からない、けど、やめない」が、三十四歳の私の中で、ぐっと効いた。効いたから、私は続けた。四十年、続けた。
四十年、私は、寿さんの言葉に支えられて、生きてきた。寿さんの「やめない」を、私の手帳に書いて、何度も読み返して、生きてきた。
寿さんの言葉が、私を、続けさせた。
……でも、私の言葉は、どこにあったんだろう。
平貝を切りながら、私は、ふと、そう思った。
寿さんの言葉は、私を支えた。倉田さんの観察は、お店を支えた。間宮さんの「半径3メートル」は、私のカウンターに名前をくれた。
みんな、誰かの言葉だった。
私はその誰かの言葉を、四十年、手帳に集めてきた。集める人だった。
集める人にも、たぶん、自分の言葉がある。
夕方五時、寿さんが奥から声をかけた。
「お前、ちょっと、お茶」
「はい」
二人でカウンターに座って、ほうじ茶を飲んだ。夕方のお茶はいつもほうじ茶。それも四十年の癖。
「桐谷くん、今日、来てくれたな」
「ええ、葉山さんと。桐谷くん、二年で変わったわね」
「背筋、伸びた」
寿さんが頷いた。
「俺のノートのペンも、三十年近くで早くなったかな」
「あなたはもう、ペン見ないで書いてるわよ」
「そうか」
寿さんはふっと笑った。それから、ほうじ茶を一口含んで、こう言った。
「お前、最近、手帳に、自分のこと、書くようになったな」
私は、寿さんを見た。
「……気づいてたの」
「気づいてた。台所で書いてる時、お前の手の止まり方が、昔と違う。お客さんのこと書く時は、すらすら。自分のこと書く時は、少し、止まる」
寿さんは、よく見ていた。
「四十年、横で見てたからな」
寿さんはほうじ茶をぐっと飲んだ。
「書け。自分のこと、もっと書け」
「いまさら?」
「いまさらでいい。俺は三十年近く、自分の考えをノートに書いてきた。お前は四十年近く、人を手帳に書いてきた。お前のほうが、たぶん、人をよう見てる。その目で、自分のことを書いたら、たぶん、俺のノートより、ええもんになる」
私は、何も言えなかった。
四十年連れ添った人に、いまさら、そんなことを言われるとは、思っていなかった。
「あなた」
「ん」
「いまの、手帳に書いていい?」
「書け」
寿さんは笑った。
「俺の言葉、もう、お前のもんや」
夜七時、間宮さんが桐谷くんと、もう一人、知らない若い子を連れてきた。
「沼田さん、女将さん、こんばんは」
「いらっしゃい」
間宮さんがいつもの席に。桐谷くんがその隣。もう一人の男性が桐谷くんの隣に座った。
「こちら、僕の後輩の森山くん」
「森山翼です。今年の春に入社しました。よろしくお願いします」
森山くんは丁寧に頭を下げた。目に、新卒一年目のまっすぐな光があった。桐谷くんの一年前の目と、ほぼ同じだった。
……桐谷くん、後輩を連れてきたのね。
桐谷くんが後輩をお店に連れてくる。それは、桐谷くんの中で、お店が自分の半径3メートルに入った、ということだった。間宮さんから受け取ったものを、桐谷くんは、もう後輩に渡し始めている。二年で、渡す側になった。早い。
間宮さんがぬる燗を頼んだ。桐谷くんと森山くんはお茶。
「森山くん、ノート書いてる?」
間宮さんがふと聞いた。
「えっと、最近書き始めました。桐谷先輩の影響で」
「何を観察してる?」
「桐谷先輩を観察してます」
森山くんがはっきり答えた。桐谷くんがお茶をこぼしそうになった。
「観察されてると知ると、される側、ちょっとぴくっとする」
間宮さんが笑った。私も笑った。
「森山くん」
私は森山くんに声をかけた。
「はい」
「桐谷先輩を観察するのはいい。けれど、自分のことも、書いてあげて」
「自分のことも」
「ええ。人ばかり書いて、自分を書かない人は、たぶん、いつか、自分がどこにいるか、分からなくなる」
森山くんは頷いた。桐谷くんが、その横で、ふっと何かを噛みしめる顔をした。
たぶん、桐谷くん自身に、効いていた。
そして、私自身にも、効いていた。
四十年、人ばかり書いて、自分を書かなかった私が、今日、やっと、自分を書き始めた。森山くんに言った言葉は、たぶん、いちばん、私自身への言葉だった。
間宮さんがぬる燗を二本目に入った。ふと、私にこう聞いた。
「女将さん、最近、自分の手帳に何を書いてます?」
私は、少し、間を置いた。
「お客さんの観察と」
私は、息を、半分、吸った。
「それから、最近は、私自身の言葉を」
「自分の言葉」
「ええ。四十年、人ばかり書いてきました。主人のノートを横目で見て、いいなと思いながら、自分の言葉は、書かずにいました」
「四十年」
「ええ。今日、やっと、自分の名前から書き始めました」
間宮さんは、ぬる燗の徳利を、ことりと置いた。
「四十年、人を見てきた人が、自分を書き始める」
間宮さんは、ゆっくり言った。
「それは、遅くないです。むしろ、いちばん、いい時期です」
「遅く、ないですか」
「遅くない。四十年、人を見たから、たぶん、いまの女将さんは、自分のことをまっすぐ、見られる。若い頃に自分のことばかり書く人より、ずっと、深いものが書けます」
「深いもの」
私は、その一行を、口の中で、繰り返した。
「ええ。人を四十年見た目で、自分を見る。それは、たぶん、女将さんにしか書けない」
間宮さんは、ぬる燗を、ぐっと、含んだ。
「楽しみです。女将さんの言葉」
私は、カウンターの中で、頭を、深く下げた。
四十年、人の言葉を集めてきた私の言葉を、楽しみだと言ってくれた人が、初めて、現れた。
夜九時、間宮さんと桐谷くん、森山くんは帰った。お会計のとき、間宮さんが「平貝、絶品でした」と言ってくれた。
戸が閉まる音を聞いた。寿さんが奥から出てきた。
「間宮さん、帰ったか」
「ええ、帰った。森山くんって子、目に光があったわよ。一年前の桐谷くんと同じ」
「桐谷くん、後輩を連れてくるようになったな。二年で渡す側になった」
「早いわね」
「早い」
寿さんと私は、しばらく、その「早い」を二人で繰り返した。
店を閉めたあと、私と寿さんは、いつものように、お茶を飲んだ。夜のお茶は玄米茶。
「桐谷くん、たぶん十年で、ヨキエルを変える側になる」
寿さんがぽつりと言った。
「ええ、私も、本気でそう思う」
「俺たち夫婦で、桐谷くんを応援する。これ、たぶん、これからの十年の楽しみ」
「ええ、楽しみ」
私たちは玄米茶を飲み終えた。
寿さんは奥の事務机へ。私は、台所の隅へ。いつものように、別々の場所で、別々のものを書く。
寿さんがノートを開く音がした。
私は、手帳を開いた。
いつもなら、今日の最後の行に、お客さんの記録を書く。桐谷くんが後輩を連れてきた。森山くん、目に光あり。間宮さん、ぬる燗二本。
今日も、それは、書いた。
けれど、その下に、もう一行、私自身の言葉を、書いた。
「四十年、人を書いてきた。今日、やっと、自分を書き始めた。間宮さんが、私の言葉を、楽しみだと言ってくれた。遅くない、と。私は、たぶん、もう一人の、書く人になる」
書き終えて、私は、その一行を、長く、見つめた。
手は、もう、震えていなかった。
手帳を、閉じた。
布団に入った。寿さんはもう寝ていた。寝息は、若い頃と同じ、規則正しいリズム。
私は目を閉じた。外、夏の終わりの夜風が、家の戸の隙間から薄く入ってきた。風の温度は、もう、秋の入口に立っていた。
明日も四時に起きる。出汁を取る。市場へ、寿さんが自転車で行く。
そして、手帳に、お客さんを書く。
その合間に、これからは、私自身の言葉も、書く。
四十年、人を集めてきた手帳が、今日から、少しずつ、私自身の手帳にも、なっていく。
……遅くない。
間宮さんの言葉を、もう一度、胸の中で、なぞった。
私は、そう信じて、眠った。




