1018 ラブレターじゃないよ?
「で?どうだった?」
朝イチ席に着くと、早速いつもの通り前の席の智樹が後ろを向いて聞いてきた。
今日からテスト週間に入るので、部活動は今日の朝練から禁止だ。なので今朝は早い時間から教室内は生徒でいっぱいだ。勿論、布田等、スレスレにならないと来ない者もチラホラいるが、既に八割方は登校している。しかし、その中で勉強をしているのは半分にも満たない。テスト週間が始まったばかりなので、皆まだ余裕だ。中には今更宿題を慌ててやっている者もいるのだが。
そして俺たちは昨日四人で済ましているし、勉強も始めていたので、慌てないグループだ。とは言え、油断すれば折角皆で勉強しても台無しに成り兼ねないので、勉強以外の話は程々に、だ。
「あ~、聞いてよ。猫が出てきてさ、外に出る事になったんだけどさ...随分と順調に事が進んだんだよね。今まで悩んでたのが嘘みたいに」
「ほぅ?猫が。何があったのか知らないけど、順調にって事はいよいよお前もカノジョが...」
ウンウンと頷く智樹。どこか感慨深そうな表情だけど、彼女の事はまだ何も話していないんだよな。ま、良いか。
「ところがどっこい、暫くして横に並んで進んでいた時に、こっちにいた猫が彼女の方に行った途端...」
「ほうほう、横に並んでいて。なかなか良い感じじゃないか。こりゃ何か進展があったんだろうな、そんな引っ張るような話し方をするなんて」
智樹がノリノリで机に肘をつき、言葉を聞き漏らさないようにと、顔を近付けてくる。近い、近いよ。いくら興味を引いたと言っても。
「それがさ、その猫がいなくなった途端、あの馬鹿が暴れてさ。お陰でほら!」
新しく出来た擦り傷を腕を捻って智樹に見せると、智樹は顔を顰め首を傾げた。
「あの馬鹿?暴れて?何か話が見えないんだけど...一体誰が暴れたんだ?」
「誰って、俺の乗っていた駄ラバがだよ。油断していたせいでこのざまさ。お陰で駄ラバとのコミュニケーションからやり直しだよ」
「...真実。お前...」
ワナワナと智樹が震えたと思ったら、机越しにヘッドロックを掛けられた。
「そうじゃないだろ!昨日の帰り道、買い物して二人で帰ったんだろ?黒生と!オレはそっちを聞いているんだよ!」
「ぐぇっ!と、智樹!キマっでる!キマっでるっで!放じで!ぐるじい!げほげほ」
どうやら、また昨日と同じように夢の中の話じゃなくて現実の話を聞きたいようだ。だけどな~。昨日の事は忘れる事にしたんだよな。誰にだって人に知られたくない事のひとつやふたつはある。それに偶然にも触れてしまった昨日の帰り道。俺は黒生に見なかった事にするよう匂わせた。だから誰にもその事を話す気はない。
「ああ、殆ど話をせずに送り届けたよ。ま、雨も降ってたから、俺も早めに帰りたいってのもあってね」
「はぁ?お前、昨日はチャンスだったんだぞ?少なくとも気がありそうかの確認くらいはしたんだろうな!折角オレも智下の心の内を探って来てやったってのにっ!」
「智樹、近い!近いって!確認も何も、どう話を切り出せば良いのか分からなかったから仕方ないだろ?それと何で綾乃の話が出てくるんだよ!」
「言っただろ?吊り橋効果の話。それで気になって...って、お前がそんなんなら教えるのが何か勿体無くなってきたな」
「なんだよそりゃ!気になるじゃんかよ!仕方なかったんだよ、光輝の家に着く直前に...」
っと、やべぇ。思わず口にしそうになった。
口を思わず押さえた俺に、智樹の批判の視線が刺さる。
「直前に?何だ?何かあったのか?」
「いや、何でもないよ。何でも...」
「ん?何か話せない事でもあったのか?」
「まぁ、そこはあまり突っ込まないでやって欲しいかな?」
「ん?黒生の方か...まぁ、それなら無理には聞かないさ。でも、何か見過ごせない事があったら、オレにもちゃんと相談しろよ?」
「ああ、ありがとう。そうするよ」
「おう。いつでも良いからな。っと、噂をすれば...たぶんお前に何か用があるみたいだな」
何かに気付いた智樹が、ニヤニヤしながら親指でクイクイっと横を指す。
ん?何だ?
「...真実くん。ええっと...これ」
いつの間にか俺の席の横に来ていた黒生が、少し顔を赤くして小さく折った紙の包みを俺に手渡す。すると、教室内が一瞬ザワッとした。黒生が一人で教室内をウロウロする事は珍しかったのか、注目を浴びていた様だ。
ん?手紙?受け取ったその小さく丁寧に折られた紙の包みを俺は首を傾げながら見たが、黒生はそれを渡し終えると、ピュッと自分の席に戻って小さくなった。
「おっ?何だ何だ?もしかしてラブレターか?」
「はぁ?まさか。何でそうなるんだよ」
教室の後ろでたむろってた男子の一人が冷やかしてくるが、俺はそれを否定した。流石にそれは無いんじゃないか?確かに昨日は二人で帰ったけどさ、会話らしい会話が無かったうえ、黒生にとって見たくなかったであろう、誰にも知られたくなかったであろう場面を俺に見られたんだ。あるとすれば黙っていて欲しいと言う要請くらいじゃないか?ま、あの時俺は無かった事にしたんだから、敢えて話をぶり返す事はしないと思うけど。そう考えるとこれは何だろう?
「真実、開けて見たら?案外、本当にラブレターかも知れないぞ?」
「い、いやいや、まさか。いくら何でも、それはないんじゃないかな」
「いや、でもよ...昨日は家まで送って行ったんだろ?なら少しくらいはそういう話があっても
おかしくないと思うんだけどな」
ったく!何度も何もなかったって言っているのに、智樹はまだ信じてくれてないみたいだ。
俺は溜め息を吐くと、その紙を開いた。すると中から野口さんが3人、ワタシが英世である!とばかりに姿を現した。あ...そういや昨夜、送ってった時に貸したお金を返して貰うのワスレテタ。よく見ると、包んでいた紙に何やら書かれていたので読んでみると、お礼と遅くなった事へのお詫びの言葉、それと隅に書き加えたのであろう小さな字があった。目を凝らして見ると、今日はスーパー高居代で卵が安いと、売り出し情報が書かれていた。あ、隣のおばあちゃん情報か。スーパー高居代なら帰路から一本道を入った所だから寄れるな。確か冷蔵庫の中にはひとつかふたつしか残ってなかった筈だ...と思い出したところで、そういや黒生には冷蔵庫の中身はモロバレだった事を思い出した。黒生、俺んちの冷蔵庫まで管理下に入れたんじゃないだろうな...。
「真実、そのお金と紙の中身が何なのか気になるんだけどなぁ...」
「ああ、昨日貸したお金を返して貰うの忘れてたんだよ。こっちはそのお礼と、今日の特売情報」
「は?何だそりゃ。家まで行ったのに?一体何があったんだ?まさか家に上がり込んで、イチャイチャしていた...とか言わないだろうな」
「だからっ!そういった事は一切無かったよ!そんな雰囲気になろうにも、あんな場面に遭遇したら...って、おっと。何でもない」
ついうっかり口が滑りそうになるのをつぐむが、智樹にはこれだけでも大きな手がかりを与えてしまう事になる。案の定、智樹はそこに食らい付いてきた。
「あんな場面にって、何が?あの時間で買い物してからだと...黒生の母親とは遭遇しない筈...いや、何らかで会ったとしてもおかしくない?真実、お前、黒生の母親に会ったのか?」
「...会ったと言うか、すれ違ったんだよ。って言うか、何でそんな事が分かるんだよ?」
「そん時、黒生はどうしてた?」
「ん?俺に隠れてやり過ごしていたけど...何でだ?」
「...いや、何もなかったんなら、それで良い。何もなかったんなら...」
そう言うと、智樹は黒生の方を見て小さな息を吐くと、何でもない、とこちらに向き直った。
...何だ?ホッとしている?思わずゲロってしまった形になったが、どうして?黒生とあの母親との間に何かあるのだろうか。俺もチラリと黒生の方を見やるが、席に戻った黒生はいつも通り小さくなっていて普段と特に変わった様子はないように見える。いや、変に注目を浴びてか少し顔が赤いくらいか。
「何だよ、人には相談しろよって言っておきながら、俺には黙りか?」
「まあ、黒生にも色々あってな。あまり人には広めたくない事なんだ。本人が嫌がるだろうから、俺からは話せないな」
そう答える智樹の口は普段と比べると少し重く何か歯切れが悪いけど、これ以上問い質しても答えてくれない事だけは分かったし、昨日の黒生も見なかった事にしたことでホッとしていたので、俺もそれ以上は聞かない事にした。
しかしその判断によって、一年以上も先ではあるが酷く後悔する事になろうとは、この時の二人には思いもよらなかったのだった。




