1016 吊り橋効果?
「ふぅ。どうだ?今日はぼちぼち終わろうか?」
智樹が一息吐いて時計を見上げながら言う。おおう、もう6時半か。学校なら既に下校時間を過ぎてる。
ううんっ!と四人揃って身体を伸ばすところが少し笑えるな。
「はぁ~、今日は宿題も少なかったし、結構捗ったね」
「そうか?オレは一人でやるより進まなかったような気がする。特に智下に度々聞かれて...」
「え~?聞きたい時に聞かなくちゃ、みんなでやる意味ないじゃない」
「だからって、一問毎に聞いて来るなよ。一人で解いてみろってんだ」
「え~?そんな無理言わな...はい、努力シマス」
ギロリと睨む智樹の視線に気が付いた智下が小さくなるが、自業自得だ。四六時中智樹に聞いていた。ホント、自分で考える事が出来なくなるぞ?
対して俺と黒生は本当に分からない所をお互いに聞き合っていた。出来れば智樹の分かり易い説明を聞きたかったんだが、ほぼ智下に独占されていたからな。幸い、俺と智下は得意分野が違ってたので、お互い補完し合えたのが大きい。
テスト範囲の発表は明日だけど、ある程度は予想付くので、宿題を手早く済ませた後、苦手教科に取り組んだ。明日からは六人で同じ教科に取り組んでいこうという意見に落ち着いている。それぞれがバラバラの教科をやっていると効率が悪いからだ。明日以降もこの位の時間まで一緒にやる予定だから、一日約二時間程しかない。直前の土日はガッツリと取り組むつもりである。そこでどこまで詰め込めるか、だな。
「真実はどうだった?」
「ああ、社会、特に歴史が何時も駄目だからちょっとな。どうも自分に関わらない事は頭に入って来ないよな」
「まあ、覚えるしかないわな。|いい箱(1185)作ろう鎌倉幕府、とか」
「やっぱりそれしかないか。仕方ないのかな」
はあぁ、と諦めの息を吐く俺。覚える為にブツブツと呟いていたら黒生から、その覚え方は間違ってるよ?と何度か指摘を受けたけど、よく聞こえたなと感心する。お陰で正しい覚え方を教えて貰えたけどな。
「ま、頑張って覚えるんだな...んで、黒生は?」
「...ん。数学。今まで分からなかったところが分かるようになった。真実くんのお陰」
むんずとガッツポーズをする黒沼。一年の時からの疑問が解消されたのだから当然かもしれない。しかし...その仕種を見るのは二度目だけど、何か可愛いな。
そんな黒生を見た後、智樹は俺の肩に腕を回して、その場から少し離れると女子二人に背を向けて声を潜めた。
「なぁ、真実。ここだけの話、この二人はお前に気があると見た。たぶん、例の土曜日の救出劇のせいだと思う」
「はぁ!?」
「シッ!静かに。吊り橋効果って分かるか?揺れる吊り橋を男女が渡る際にその不安や恐怖から、一緒に渡る相手の事が好きだと思ってしまう事なんだけど、今のこの二人がそうかもしれない。付き合うなら今がチャンスだぞ?」
「はぁ!?そんな馬鹿な!いくらなんでも、そんな筈はないだろ!」
「いや。実際、その後から二人の態度がガラッと変わってるだろ。今までならこんな勉強会に興味を持たなかったんじゃないのか?しかも提案してきたのはあの二人じゃないか。有り得ない事が起こってるんだよ」
智樹の言い分が信じられなくて、口をパクパクさせる俺。正に言葉が出ない。智樹の言う事が本当なら、俺にモテ期到来って事だろ?
...マジかよ。信じられないぞ、そんな事。って事は何だ?俺にも彼女が出来るかもって事か?いや、そんなの考えられないんだけどっ!!って、あれ?
「なあ、智樹。それってさ、危険な目に遭ってドキドキしたのを、俺に対してドキドキしたって...勘違いしてるって事?」
「ん~、そうだな。そうかもしれないけど、実際に真実は二人を助け出してるんだろ?オレは二人が勘違いしてるとは言いきれないと思うけどな」
「むう...そう、なのか?俄かには信じられないんだけど」
「でも、二人がそう思っている可能性は高いんだ。充分チャンスだと思うけどな」
「ちょっと!二人で何をコソコソと話してるの?」
「「どわっ!!」」
「何がチャンスなの?まさか...何かいやらしい事の相談?はっ!まさかどっちが攻めでどっちが受けかの相談とかっ!?」
突然、智下が顔を顰めながら覗き込んできて驚く俺たちだったが、智下が何やら口走って距離を置く。
うわ~!!どこまで聞かれたのか分からないけど、ヤバかったんじゃないか?ヤバい?何が?いや、聞かれて拙い事ではないんだろうけど、何か後ろめたさを感じるんだけど!ってか、智樹が変な事言うから二人の顔を見るのが何か小っ恥ずかしい!
くそっ!何て事を吹き込むんだよ、智樹は!!意識してしまうじゃないかよ!!
「いや、何でもない。成績を伸ばすチャンスだから、頑張れよって話さ」
「む?...何だか怪しいんだけど...」
「何だよ、オレが信じられないのか?なら真実を信じてやれよ。な、真実。そう言う話だったよな」
「う、うん...」
辛うじて返事する俺の視線は、智下の目を直接見られず彷徨う。それを見る智下は、本当にぃ?と疑いの目で俺たちを見続けてきた。
「...あやのちゃん。そのくらいで許してあげて?二人とも困ってるよ?」
「む。光輝は許しちゃうんだ...むぅ、仕方ないなぁ。光輝に免じて、信じてしんぜようぞ~」
「「はっ!ははぁ~!」」
何となくノリで二人に首を垂れる俺と智樹。智樹をも平伏せさせるとは...やるな!この二人!!
と思いつつ、先程の智樹の言葉を思い出す俺。今のやり取りでも智樹の言う事があながち間違いとも言えないという真実味がある。黒生が庇い、智下がそれで直ぐに折れてくれた。その事が智樹の話に真実味を帯びてくると言うもの。う~ん...俺はどうすれば良いんだ?ぶっちゃけ分からん。こんな時にヘタレっぷりが全開になる。
「さて、遅くなってしまうから帰るか。真実は黒生の買い物に付き合うんだろ?」
「そうだな、黒生。買ってくのは梅だけ?塩は?3000円くらいあれば買えるんだろ?」
「...え?うん、買えるけど...本当に良いの?」
「ああ、気にするな。料理を教えて貰ってるお礼代わりだし」
「...お料理は助けて貰ったお礼なんだけど...」
小さくなって答える黒生だけど、俺は外を指差して反論を許さないとばかりに言う。
「学校のカバン持って買い物の荷物持って、更に傘を差すつもり?」
「...え?雨?」
「え~!?いつの間にか雨降ってる!!うわっ!最悪!折りたたみの傘...ああっ!干した後、カバンに入れるの忘れてた!!昨日ママに言われてたのにぃ!!」
俺の指摘に智下が頭を抱えると、智樹が溜め息を吐いた。
「はぁ、仕方ないなぁ。真実に貸して貰うか?それともオレの傘に入ってくか?」
「ひ、飛弾!傘貸してっ!!」
「...即答かよ、こいつは」
間髪入れずに俺に頼んできた智下に、智樹が白い目を向ける。確かに今のはドイヒー。だけど、俺はそれには応える事が出来ない。
「あ~、俺は傘の予備を持ってないし、母親の傘は黙って貸したら後でどんなペナルティを課せられるか...悪いけど諦めてくれ」
「え~!そんな~」
「いや、別に濡れて帰れって訳じゃないだろ。智樹の傘に入らせて貰えば良い話じゃないか」
「それはそうだけどぉ~」
口を尖らす智下に肩を竦める智樹。何だよ、イケメンの傘に入れて貰うのはそんなに嫌なのか?
暫く愚図っていた智下だが、諦めて智樹の傘に入れて貰う事にしたようだ。




