帰り道を照らす火
その夜も、祭りは同じように燃えた。太鼓、火の柱、明日を燃やせの大合唱。ぼくらは広場の隅で、それが果てるのを待った。
夜明け前、潮が引くように観光客が消え、太鼓が止んだ。屋台が灯りを落とし、街が初めて素顔になった。
すると、火吹き師や山車の曳き手たちが、燃え残りの薪から小さな火を移し取り、手に手に携えて、無言で川へ下りていくのだった。ぼくらもあとに続いた。セリもいた。旧水道の住人たちの姿も、あちこちにあった。
川岸で、人々は木の皮で作った小さな舟に火を灯し、水に浮かべた。何十、何百という小さな火が、暗い川面を静かに流れていく。誰も叫ばない。誰も笑わない。年老いた火吹き師の座長が、しゃがれた声で、歌とも祈りともつかないものを低く唱えていた。
「これが、ほんとの火の祭りだ」隣でセリが囁いた。「カルカの火は、もともと送り火なんだ。死んだ人の魂と、旅の途中の人間の、帰り道を照らす火。……観光客に見せてるあれは、金を稼ぐための火さ。ほんとの祭りは、毎晩こうして、客が寝たあとにやってる。座長がどうしても譲らなかったんだ。火の意味まで売っちまったら、この街は終わりだって」
ミナが、川岸にしゃがんだ。座長のそばにいた老婆が、黙って火の舟をひとつ、ミナに手渡した。ミナはしばらくそれを両手で包んでいた。それから、小さな声で「見にきたよ」と言って、水に浮かべた。
火の舟は、くるりと一度回って、流れに乗った。ほかの何百の火に混ざって、見分けがつかなくなるまで、ぼくらはそれを見送った。ぼくはカメラを構えて、一枚だけ撮った。川面の火と、それを見つめるミナの横顔と、その隣に立つセリ。露出が足りているかは分からなかった。でも、撮らないわけにはいかなかった。
火の舟が見えなくなった頃、セリがぽつりと言った。
「……帰り道を照らす火、か」
それきり黙って、彼女は誰よりも長く、川下を見ていた。
翌日の昼、ぼくらは駅にいた。次の目的地は麦の村だ。手帳の三行目、黄金の麦の海。
ホームに、外套を着て頭陀袋を担いだセリが立っていた。ぼくらとは反対側の、山へ向かう線のホームに。
「おい」セリは線路越しに、照れくさそうに怒鳴った。「言っとくけど、あんたらのせいじゃないからな。火のせいだ。ゆうべの火が、しつこく目に残ってさ。……ちょっと母親の顔を拝んでくるだけだ。喧嘩の続きをしにな」
「喧嘩、頑張って」ミナが怒鳴り返した。
「おう。あんたは丸を増やせ。全部つけろよ」
山行きの汽車が先に来た。セリは飛び乗って、窓から身を乗り出して、大きく手を振った。汽笛が鳴って、汽車は山の方へ小さくなっていった。あの村まで二日。喧嘩の続きをして、仲直りをして、それでもまだ、たっぷり時間はある。喧嘩と仲直りには、十分すぎるくらいに。
ぼくらの汽車が来た。窓際に座ると、ミナは手帳を開いて、二行目の「カルカの火の祭り」に、丸をつけた。一つ目の丸より、少しだけ迷いのない、まるい丸だった。
「ねえ、ハル」ミナが窓の外の、まだ薄く煙の残る街を見ながら言った。「あの街の人たち、世界の終わりから逃げてるんだと思ってた。最初は」
「今は?」
「送り火、毎晩あげてるんだよ。逃げてる人が、あんなことする?」
ぼくは、うまく答えられなかった。明日を燃やせと叫ぶ夜と、帰り道を照らす夜明けと、どちらが本当のカルカなのか。たぶん、どちらも本当なのだ。人間は、騒ぎながら祈れる生き物なのだった。
その夜、車窓から見た東の空で、ヴェルデは確かに、また少し明るくなっていた。もう、探さなくても見つけられる。緑の星は、星々の中で静かに、順番を待っている。
手帳の次の行には、こう書いてある。
――麦の海が黄金になるところ。
(第二章 了)




