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世界の終わりに  作者: すみっこSE
第十七章 難民の街ドーバ

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疑いより先に

 ルミナを発って三日、汽車が近づくにつれ、線路の両脇に、これまで見たことのない光景が広がっていった。

 畑だったはずの土地に、テントと、掘っ建て小屋が、隙間なく並んでいる。洗濯物が張り渡され、痩せた子どもたちが、その間を走り回っていた。土埃の匂いと、煮炊きの煙の匂いが、街全体に、重く立ち込めていた。

 難民の街ドーバ。もとは、そう大きくない農業の街だったのが、近隣の被災地から逃れてきた人々で、人口が、あっという間に倍以上に膨れ上がっていたのだった。街の元々の住民たちの表情には、疲労と、戸惑いが、色濃く滲んでいた。

「南の沿岸が、この半年、嵐続きでね」駅で声をかけてくれた、支援団体の男――フリオさんという、三十代の男の人が、疲れた顔で言った。「家を流された連中が、みんな、ここへ流れ着いてくる。この街も、精一杯、受け入れちゃいるが……正直、限界に近い」

「手伝えることがあれば」ぼくは、申し出た。

「本当にありがたい」フリオさんは、少し表情を緩めた。「物資の配給、記録係、なんでもいい。人手が、いくらあっても足りないんだ」

 こうして、ぼくらは、ドーバの支援活動を、数日間、手伝うことになった。

 配給所での仕事は、想像以上に、緊張感に満ちていた。列に並ぶ人々の中には、疲れきった様子で、時折、苛立ちを露わにする人もいた。フリオさんは、その一人一人に、辛抱強く、声をかけ続けていた。

「フリオさんは、いつから、この仕事を」ミナが訊いた。

「彗星の発表の少し前からだ」フリオさんは、答えた。「もともと、飢饉や災害の支援をする団体で働いてた。……彗星が発表されてからは、正直、こんな仕事に意味があるのかと、悩んだ時期もあった。どうせ終わるなら、意味なんてない、って」

「今は」

「今は、逆に思う」フリオさんは、少し微笑んだ。「終わるまでの時間だからこそ、誰も飢えさせたくない。誰も、独りぼっちにさせたくない。……それだけだよ」

 フリオさんは、そう言いながらも、配給の列を絶やさぬよう、絶えず、目を配り続けていた。その姿は、疲れ果てているはずなのに、どこか、生き生きとして見えた。

 配給所の近くで、商店を営むゴードさんという男が、ぼくらに、苦い顔で話しかけてきた。

「あんたら、あの連中の肩ばかり持つんじゃないよ」ゴードさんは、テント村の方を睨みながら言った。「儂らだって、楽じゃないんだ。物価は上がる、治安は悪くなる、儂の店の売り上げは、半分に落ちた。……なのに、支援だ何だと、儂らの税金が、あっちにばかり回されてる」

「大変なんですね」ぼくは、慎重に言葉を選んだ。

「大変なんてもんじゃない」ゴードさんは、吐き捨てるように言った。「儂らは、被害者じゃないのか。嵐に遭ったのは、あっちの街の話だろう。なんで、儂らが、生活を切り詰めにゃならん」

「彗星が発表されてから、みんな、自分のことで精一杯なんです」ぼくは、慎重に、言葉を選んだ。「ゴードさんも、余裕があるわけじゃない、ってことですよね」

「その通りだ」ゴードさんは、少し驚いた顔をして、それから、頷いた。「終わりが決まってる中で、余計な出費まで背負わされちゃ、たまらん。……儂だって、鬼じゃない。困ってる連中を、見捨てたいわけじゃないんだ。ただ、儂自身も、限界に近いってだけでな」

 その言い分にも、確かに、一理あった。ゴードさんの目には、被害妄想というより、切実な生活の不安が滲んでいた。

 翌日、配給の列で、ぼくらは、リナさんという若い母親と、その息子のトトくんに出会った。トトくんは、四歳くらいだろうか、母親のスカートを、しっかりと握りしめていた。

「家が、流されたんです」リナさんは、静かに言った。「夫は、家を直そうとして、増水した川に流されて……それきり」

「大変でしたね」ミナが、言葉に詰まりながら言った。

「大変でした」リナさんは、それでも、気丈に笑った。「でも、ここに来て、食べ物と、寝る場所をもらえて。……感謝してます。この街の人たちには」

「街の人たち、みんな、優しくしてくれますか」ぼくは、少し気になって訊いた。

「みんな、とは言えません」リナさんは、正直に言った。「冷たい目で見る人も、いるにはいます。……でも、それも、仕方ないと思うんです。急に、大勢の見知らぬ人間が押し寄せてきたら、誰だって、身構えると思うから」

 リナさんの言葉には、恨みがましさが、まったくなかった。ぼくは、その穏やかさに、かえって、胸が締め付けられる思いがした。

 トトくんが、ぼくのカメラを、興味深そうに見つめていた。ぼくは、しゃがみこんで、カメラを見せてあげた。

「これで、写真、撮れるの」トトくんが、小さな声で訊いた。

「撮れるよ。撮ってみる?」

 ぼくは、トトくんに、シャッターの押し方を教えた。トトくんは、緊張した面持ちで、母親に向かって、カメラを構えた。シャッター音が鳴ると、彼は、初めて、屈託のない笑顔を見せた。

「うまく撮れたかな」

「撮れてると思うよ」ぼくは、答えた。その笑顔が、この街に来て、ぼくが見た中で、いちばん明るい表情だった。

 その日の夜、配給所の裏手で、ぼくとミナは、少しだけ、休憩を取っていた。

「疲れたね」ミナが、膝を抱えて座りながら言った。

「うん」ぼくは、隣に腰を下ろした。「でも、これまでの街とは、また違う疲れ方な気がする」

「うん。……悲しいとか、切ないとかじゃなくて、もっと、複雑な感じ」ミナは、少し考えながら言った。「みんな、悪い人じゃないのに、うまくいかないことって、あるんだね」

「うん」ぼくは、頷いた。「ゴードさんの気持ちも、リナさんの気持ちも、両方、分かる気がする。……それが、いちばん、もどかしい」

 ミナは、ぼくの肩に、そっと頭を預けた。

「わたしたち、そのうち、また、次の街に行くけど」ミナが、静かに言った。「この街のこと、時々、思い出すと思う」

「うん」ぼくは、ミナの手を握った。「ぼくも」

 事件が起きたのは、その二日後だった。

 早朝、配給倉庫が、大きく荒らされているのが見つかった。備蓄していた食料の、かなりの量が、一晩で消えていた。

「誰の仕業だ」フリオさんは、青ざめた顔で、荒らされた倉庫を見回した。

 その報せは、あっという間に街中に広まった。ゴードさんをはじめとする、街の住民たちが、配給所の前に集まり始めた。

「難民の連中がやったに決まってる」ゴードさんが、声を荒らげた。「腹を空かせて、我慢できなくなったんだろう」

「証拠もないのに、決めつけるな」フリオさんが、間に入った。

「証拠なら、これから探せばいい」ゴードさんは、引かなかった。「あいつらを、全員、テントから追い出して、荷物を検めればいいんだ」

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