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世界の終わりに  作者: すみっこSE
第十二章 花嫁の街メリノ

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分からない未来への誓い

 エイル島を発って四日、汽車の窓から、白い花びらのようなものが、風に舞っているのが見えた。

 メリノの街に近づくにつれ、それが花びらではなく、紙吹雪だと分かった。駅に降り立つと、街のいたるところに、花のアーチと、色とりどりのリボンが飾られていた。通りを歩く人々の何割かは、正装や、花嫁衣装に身を包んでいる。

「結婚式の街、って聞いてたけど」ミナが、目を丸くして言った。「こんなに、あちこちで」

 メリノは、もともと、美しい庭園を持つ礼拝堂で有名な、結婚式の名所だったのだという。彗星の発表以来、この街には、駆け込みで式を挙げようとするカップルが、大陸中から押し寄せていた。宿という宿は満室で、花屋の店先には、朝から行列ができていた。街角では、貸衣装屋の店員が、慌ただしく採寸をしている姿も見かけた。この街だけは、彗星の発表が、悲しみではなく、奇妙な特需をもたらしたようだった。

 街いちばんの礼拝堂「白薔薇堂」の前を通りかかったとき、ちょうど一組のカップルが、式を終えて出てくるところだった。拍手と歓声、涙、そして、扉の前では、すでに次のカップルが、緊張した面持ちで待っている。

「一日に、何組式を挙げてるんだろう」ぼくは、その光景に圧倒されながら言った。

「今日だけで、十二組だよ」

 声をかけてきたのは、礼拝堂の扉の脇に立つ、白髪の老婦人だった。花柄のエプロンをつけ、手には、式次第らしき紙の束を抱えている。

「わたしは、ロサ。この礼拝堂の、まあ、なんでも屋さ」ロサさんは、疲れた顔に、それでも柔らかい笑みを浮かべて言った。「あんたたち、旅の人だね。……写真は、撮れるかい」

「写真、ですか」ぼくは、首から提げたカメラを、思わず握った。

「専属の写真屋が、過労で倒れちまってね」ロサさんは、少し困ったように言った。「代わりを探してるところなんだ。もちろん、ただ働きさせるつもりはないよ。宿と飯くらいは、面倒見る」

 こうして、ぼくらは、メリノの街に滞在するあいだ、結婚式の記録係として働くことになった。ぼくがカメラを担当し、ミナは、花の準備や、式次第の受け渡しなど、ロサさんの手伝いをすることになった。

 白薔薇堂での一日は、目まぐるしかった。朝から晩まで、次々と式が行われ、その合間に、控室の準備、礼拝堂の飾り直し、記帳の整理が続く。ロサさんは、その全部を、一人で回しているようなものだった。

 ぼくは、式のたびに、カメラを構えた。誓いの言葉を口にする瞬間の、緊張した横顔。指輪を交換する、震える手。参列者の、涙と笑顔。同じような場面を、何十回と撮っているはずなのに、一組として、同じ表情はなかった。人が誰かを想う顔には、無限のバリエーションがあるのだと、ぼくは、シャッターを切るたびに実感していた。

「ロサさんは、いつからここに」ぼくは、昼休みの合間に訊いた。

「この礼拝堂で働き始めて、もう五十年になるかね」ロサさんは、お茶を飲みながら言った。「若い頃は、花係だった。それから、式次第を読む係になって、今は、まあ、なんでも屋さ。……数えたことはないが、これまで見送ったカップルは、何百組にもなるだろうね」

「何百組も見てきて、飽きたりしないんですか」

 ロサさんは、その質問に、少し笑った。

「飽きるどころか、毎回、泣いちまうよ」ロサさんは、目尻を拭う仕草をした。「不思議なもんでね。同じような式を、何百回も見てるのに、誓いの言葉を聞くたびに、初めて聞いたときと同じくらい、胸が熱くなるんだ」

「誓いの言葉、って、そんなに特別なんですか」

「特別、というより……」ロサさんは、少し考えて、言葉を選んだ。「誓いっていうのはね、坊や。未来がどうなるか分からないのに、それでも、この人と一緒にいると、口にすることなんだ。彗星が来ようが来まいが、もともと、未来なんて誰にも分からなかった。人は、ずっと昔から、分からない未来に向かって、誓いを立ててきたのさ。彗星が発表されてから、その『分からなさ』が、みんなにとって、急に、はっきり見える形になっただけだよ」

 ぼくは、その言葉に、双月岬での、自分たちのやり取りを思い出していた。あの夜、ぼくらが交わした言葉も、たぶん、同じ種類のものだったのだと思う。

「ロサさんは、ご自分は、式を挙げなかったんですか」ミナが、思い切って訊いた。

 ロサさんは、少し驚いた顔をして、それから、静かに笑った。

「挙げなかったよ。若い頃、好いた人がいたんだがね、その人は、遠くの街へ働きに出て、それきり、便りが途絶えた。……悲しい話でもないんだ。あたしは、この礼拝堂で、代わりに、何百組もの誓いを見届けてきた。それが、あたしなりの、幸せの形になったのさ」

「寂しくは」

「寂しくないと言ったら、嘘になる」ロサさんは、正直に言った。「でもね、坊や。誰かの誓いに立ち会うたび、あたしも、少しだけ、その誓いの中に、自分を重ねてる気がするんだ。……それで、十分、満たされてるよ」

 翌日、控室の隅で、他の若いカップルたちとは明らかに毛色の違う、老夫婦を見かけた。式を挙げに来たわけではなさそうで、二人は、ただ、若いカップルたちの支度を、遠くから眺めていた。

「オサムさんと、キヨさんだよ」ロサさんが、教えてくれた。「毎日、ああして見に来るんだ。かれこれ、一週間になるかね」

「式を挙げるわけじゃ、ないんですか」

「あの二人はね」ロサさんは、少し声を落とした。「五十年前、一緒になったんだが、式は挙げられなかったのさ。オサムさんの家が、貧しい漁師の家でね、キヨさんの家が、それを良しとしなかった。……駆け落ち同然で、一緒になったんだよ」

「それで、五十年間、そのままだったんですか」

「そのままさ」ロサさんは、頷いた。「若い頃は、式なんぞ挙げる金もなかった。子どもが生まれて、育てるだけで精一杯でね。落ち着いた頃には、今さら式でもなかろうって、二人とも、笑って済ませてたんだ。……それが、彗星の発表があってから、変わった」

「それで、今」

「彗星の発表があってから、キヨさんが、ぽつりと言ったそうだ。式を挙げ直したい、と。……でも、オサムさんが、渋っとる。今さら、こんな歳で、なんて、な」

 その日の午後、ぼくは、控室で、オサムさんに話しかける機会を得た。

「式、挙げないんですか」ぼくは、思い切って訊いた。

 オサムさんは、しばらく黙って、それから、ぽつりと言った。

「キヨの気持ちは、分かっとる。分かっとるが……儂は、あいつに、苦労ばかりかけてきた。今さら、白い衣装を着せて、綺麗な式を挙げてやったところで、五十年の苦労が、帳消しになるわけでもなかろう。……なんだか、こそばゆいのさ。今さら、というのが」

「今さらだから、意味がない、ってことですか」

「そうじゃない」オサムさんは、首を振った。「今さらだから、逆に、怖いのさ。式を挙げて、それで、何かが変わると期待して、変わらんかったら、儂は、キヨに、また、余計な期待をさせただけになる」

 ぼくは、その言葉の中にある、不器用な優しさに、胸を打たれた。オサムさんは、式を挙げることを恐れているんじゃない。式が、キヨさんの人生を、何か特別なものに変えてくれると、期待させてしまうことを、恐れているのだった。

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