書かれなかった手紙
本作品はフィクションです。
作中の願いを叶えることによる影響に関して当方は一切関知せず、かつ責任を負うことはありません。
君へ。
私が親しみを感じてやまない君へ。
今の君はきっと、私と同じような人物なのだろう。
名前も性別も年齢も国籍もわからない、顔すら知ることのない君よ。
君はきっと私によく似ているに違いない。
なにもかもが異なる私と君であったとしても、私と君はきっと同じ人間であると、私は思うのだよ。
君に今、この最後の言葉が届いているだろうか。
私の言葉に従って、夜深い笑内という無人駅で一人。
寒さに震えながら、来るはずもない迎えを待っているだろうか。
君よ。
親愛なる友人、私を理解してくれるであろう唯一の友。
そして愚かしくも嘆かわしい、私のごとき君よ。
顔も名も知らぬ私の言葉などに踊らされ、財産などという不明瞭なものに目を眩ませた哀れな君よ。
既に声を発することができなくなり、心臓が止まるのを待つだけの私の言葉。
末期の言葉を書き留めてくれるボランティアもいない今、この言葉は誰の耳にも届かず、暗い病室の闇へと呑まれて消えるだろう。
だがそれでも、これは君へと宛てた手紙だ。
君のためだけに、私の残り僅かな命を振り絞って紡いでいる言霊だ。
きっと君に届くと信じている。
私は今の君と同様に、全てを失ってその地に辿り着き、罪を犯した。
差し伸べられた救いの手を掴み、その主から全てを奪って、逃げた。
私が生涯忘れえぬ思い出だ。
君には私のように、罪を犯さずにいて欲しい。
静かに凍てつき、眠りにつく君よ。
やがて君は私と同じところへと旅立つことだろう。
かじかむ手足を摩り、眠気を堪えて私の使いを待つ君よ。
常世への道案内が訪れるのをゆっくりと待っていて欲しい。
もしかしたら、君は私に怒りを覚えているかもしれない。
騙されたと憤り、悔しさに嘆き、愚かさに涙すらしているかもしれない。
だが、君よ。
私は君に、何一つ嘘はついていない。
私には駄菓子の釣り銭すらなく、帰る家もなく、頼れる友も、家族も、何一つない。
今の君と同様に、身一つであったのだ。
君がいかほどの財産を持っていたとしても、比ぶべくもないのだよ。
そして、私の財産を譲るためには、これ以外の方法がなかったのだよ。
あぁ、君よ。
金という束縛を捨て、しがらみという鎖を引きちぎり。
君はただただ独りであるだろう。
その身一つでその無人駅へとたどり着いた君よ。
虚空へと吸い込まれ落ちて行くような、満点の星空を見上げてくれただろうか。
金やしがらみに縛られた者には理解できなかった答えに、君は辿り着けているだろうか。
私が感じた孤独と解放を、受け取ってもらえただろうか。
そして君よ。
私の後悔が君に活きているだろうか。
献血を行い、ドナーカードを作ってくれているだろうか。
死ぬことがわかった私が思い残すことを、君が思い残すことがないように。
一切の後腐れなく、心置きなく、穏やかな心持ちで安らかに眠りにつけるように。
君の遺体は朝には発見されるだろう。
一時の騒ぎとなって、笑内の名が知られることになれば、今はもう人気のなくなった土地でも訪れる物好きが出てくることだろう。
だが、誰もその死には不審を持たない。
そんな相手は君が縁を切ったのだから。
君の死を嘆き悲しむ者もない今、誰一人としてそんな疑念を抱く者などいないのだから。
速やかに君の遺体は切り刻まれ、あらゆる臓器が取り出され、保存されるとこだろう。
そして然程の間を置くことなく、速やかに適合する患者へともたらされることだろう。
身一つとなった私が唯一残すことができた財産は、この後悔だけだ。
血も肉も腐り果て、焼き棄てられるのを待つだけの身だ。
そのような結末を迎える私が、そうなるであろう君に譲れるものは、それだけしかない。
だが、私の後悔を君が活かしてくれたなら。
君の身体は、誰かを生かすのだ。
身一つとなった君が、最後に他人とつながる。
それが誰かを生かすならば、君の死は、私の死は無駄ではないと思えるのだよ。
だから、これは君へと手向ける最後の言葉だ。
君へ。
捧げよう。
本作品はフィクションです。
作中の願いを叶えることによる影響に関して当方は一切関知せず、かつ責任を負うことはありません。




