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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ゾイア・サーガ

マオロンの超戦士

作者: セレソン28
掲載日:2019/07/15

 中原(ちゅうげん)では、もう千年近く戦乱が続いており、様々な国が現(あら)れては消え、消えてはまた別の国が興(おこ)され、栄枯盛衰(えいこせいすい)を繰(く)り返していた。

 そうした中、激流に飲み込まれずに浮かぶ泡沫(うたかた)のように、どこの国にも属(ぞく)さない自由都市が幾(いく)つもあった。

 有名なところでは、すでに滅(ほろ)んだ魔道師の都(みやこ)エイサ、商人(あきんど)が造(つく)った商業都市サイカなどであるが、ここに、全(まった)く異質な自由都市があった。

 その名はマオロン。

 いや、マオロンが自由都市というのは表向きの話。

 実態は、東方の暗黒帝国マオールの植民都市である。

 住民もマオール人が半数以上を占(し)めている。

 マオールが暗黒帝国と呼ばれるのは、中原では禁じられている奴隷(どれい)貿易を未(いま)だに行っているからであり、マオロンは、その隠(かく)れ蓑(みの)になっていると噂(うわさ)されていた。

 そしてまた、マオロンは大規模な擬闘(グラップル)試合を連日行っていることでも有名であった。

 グラップルとは、木剣や刃引(はび)きした剣を使って行う試合を、見物料(けんぶつりょう)を取って見せるものである。

 賭(か)けの対象ともなるが、八百長(やおちょう)が多いとされている。

 マオロンの中央にある、巨大な擂鉢状(すりばちじょう)の円形闘技場(えんけいとうぎじょう)は、今日も中原中から集まった観客の興奮に包まれていた。


 その試合を待つ擬闘士(グラップラ)の控室(ひかえしつ)に、首輪を着(つ)けられ、そこから鎖(くさり)で壁に繋(つな)がれた大柄(おおがら)な男がいた。

 殆(ほとん)ど半裸(はんら)で、薄汚(うすよご)れた下帯(したおび)ぐらいしか身に着(つ)けていない。

 髪はやや茶色がかった金髪(ダークブロンド)で、瞳(ひとみ)の色は珍(めずら)しいアクアマリンであった。

 その目の焦点(しょうてん)は定(さだ)まらず、酷(ひど)く疲れているように見える。

 そこに、馬に使う短めの鞭(むち)を持った人相(にんそう)の悪い男が入って来た。

 顔に大きな刀創(かたなきず)がある。

「おい、ガイアック、もうすぐ試合だ。準備しろ!」

 だが、ガイアックと呼ばれた首輪の男は、「ガイアック? それが、われの名か?」と呟(つぶや)いている。

 すると、刀創の男がツカツカと歩み寄り、持っていた馬用の鞭で、ピシリとガイアックの裸(はだか)の背中を打った。

「いい加減(かげん)、自分の名前を覚えやがれ! おまえは、このリゲスさまに金(かね)で買われたんだ! おまえはグラップラのガイアックだ!」

 リゲスは叫びながら、更に何度も鞭で打った。

 ガイアックは呻(うめ)きながらそれに耐(た)えている。

 鞭で打たれたガイアックの背中には真っ赤な蚯蚓腫(みみずば)れが何本も走ったが、リゲスが手を止めるや否(いな)や、スーッと消えていった。

 リゲスは慣(な)れているのか驚きもせず、「ふん。化け物め」と吐(は)き捨てるように言った。

「いいか、ガイアック、よく聞けよ。おまえは今日まで八戦(はっせん)負けなしだ。賭(か)け金(きん)は途轍(とてつ)もなく跳(は)ね上(あ)がってる。おれも、おまえがここまで勝つとは思ってなかった。だが、今日の相手は今迄(いままで)とは違う。去年から無敗(むはい)の王者(おうじゃ)ウパンジャだ。どうすればいいか、わかるな?」

「われの覚悟(かくご)は決まっている。向かって来る相手は、全力で倒すのみだ」

「この、阿呆(あほう)!」

 リゲスは激昂(げっこう)し、ガイアックの背中を力任(ちからまか)せに何度も鞭で打った。

 仕舞(しま)いには、打ち疲れて、ハアハアと肩で息をした。

「空気を読め! ウパンジャは、この闘技場お抱(かか)えのグラップラだぞ! 勝っていい相手かどうか、考えればわかるだろう!」

 鞭打ちの痛みに、歯を喰(く)い縛(しば)って耐(た)えていたガイアックが、初めて正面からリゲスの顔を見た。

「八百長(やおちょう)しろ、と言うのか?」

 だが、リゲスは狡(ずる)そうな笑顔で、フンと鼻を鳴(な)らした。

「おれは何も言っちゃいねえよ。状況を説明してやっただけさ」

「八百長は、しない。それは、われの矜持(きょうじ)に反する」

 また鞭で打とうとしたが、ガイアックの背中がもう綺麗(きれい)な状態に戻っているのを見て、リゲスは舌打ちした。

「おれは親切で言ってやってるんだぜ。この闘技場は、マオロン太守(たいしゅ)チャナール閣下(かっか)の持ち物だ。しかも、ウパンジャは一番のお気に入りだそうだ。自分の大事にしてるグラップラの戦歴に傷(きず)が付くようなことを、閣下が許すはずがねえ。おまえも、生きて年季明(ねんきあ)けを迎(むか)えたいなら、精々(せいぜい)考えるこった」

「その、年季のことだが、本当なのか? われには何の記憶もないのだが」

 リゲスは、惚(とぼ)けたような顔をした。

「勿論(もちろん)だ。おまえの元の持ち主のバポロって親爺(おやじ)から買い取る際(さい)、ちゃんと年季も確認した。ただ、おまえはバポロんとこにいる時、試合中に何度も頭を打ったらしいぜ。それで記憶がねえんだろうさ。さあ、もう御託(ごたく)を並(なら)べてねえで、サッサと試合の準備をしやがれ!」

 リゲスは、ガイアックの首輪から鎖(くさり)を外(はず)すと、パッと距離をとった。

 内心では怖(おそ)れているのは明らかであった。

 ガイアックはそれ以上反論もせず、大人しく闘技場の中に向かった。

 途中、武器庫に寄って、木剣を二本取り、両手に一本ずつ持った。


 ガイアックが会場に姿を見せると大歓声(だいかんせい)が上(あ)がった。

 八連勝で人気も鰻登(うなぎのぼ)りのようだ。

 対するウパンジャは、ガイアックより頭二つは大きな男で、身長が高いだけでなく、体重もガイアックの三倍はありそうであった。

 髪の毛は一本もなく、厳(いか)つい大きな顔には、短刀で切り込みを入れたような細い目が光っている。

 マオール人と巨人(ギガン)族の混血との噂(うわさ)であった。

 手にしている得物(えもの)は、子供の拳大(こぶしだい)の鉄球(てっきゅう)の穂先(ほさき)を付けた、長柄(ながえ)の槍(やり)である。

 柄の長さだけで、ウパンジャの身長を超えている。

 それを軽々(かるがる)と頭上で回して見せた。

 ガイアックの時以上の歓声が上がる。

 因(ちな)みに、刃(は)のある槍は違反だが、鉄球は認められていた。

 二人が近づき、審判役が試合上の注意をしている間中(あいだじゅう)、ウパンジャは薄気味悪(うすきみわる)いニヤニヤ笑いを浮かべてガイアックを見ていた。

「始めよ!」

 審判役の声が掛かった瞬間、鈍重(どんじゅう)そうに見えていたウパンジャが、猛烈(もうれつ)な勢(いきお)いで突きを入れて来た。

 ガイアックはピクリとも動かない。

 あわや穂先の鉄球で顔面が砕(くだ)かれるかと見えた刹那(せつな)、ガイアックの身体(からだ)がフッと沈(しず)んだ。

 髪の毛を数本引き千切(ちぎ)られながら、ギリギリのところで鉄球を躱(かわ)すと同時に、ガイアックの二本の木剣が一度に投(とう)じられた。

 顔に向かって飛んでくる二本の木剣の内(うち)、辛(から)くも一本は避(よ)けたウパンジャも、もう一本は真面(まとも)に鼻に当たり、盛大(せいだい)に鼻血が噴(ふ)き出した。

「ふぁめるな!」

 恐らく、舐(な)めるな、と言いたかったのであろうウパンジャは、突き出していた長槍をブンと横に振った。

 ガイアックは横っ跳(と)びにそれを避けたが、ウパンジャは巨体に似合(にあ)わぬ素早(すばや)さで、第二撃、第三撃と息も吐(つ)かせない。

 木剣を二本とも投げてしまったガイアックは、只管(ひたすら)逃げ回っている。

 観客席からも不満の声が上がった。

 ウパンジャも、鼻血を流しながら再びニヤニヤ笑いを浮かべている。

「ふぁふぉうめ、ぶひをふてるふぁらだ!」

 阿呆(あほう)め、武器を捨てるからだ、ということであろう。

 ガイアックは逃げながらもニヤリと笑い、「武器に拘(こだわ)らぬのが、われの流儀(りゅうぎ)でな!」と言い返した。

 その時、ウパンジャの身体(からだ)がよろめいた。

 ガイアックの投げた木剣の一本を踏(ふ)んでしまったのだ。

 一旦(いったん)仰(の)け反(ぞ)り、慌(あわ)てて上体を曲げて長槍の先を地面に着けた。

 と、ガイアックがポーンと跳躍(ちょうやく)して長槍の柄を踏み、その反動で更(さら)に大きく跳んで、両足でウパンジャの鼻血塗(まみ)れの顔面を蹴(け)り上げた。

「ふがっ!」

 仰向(あおむ)けに倒れたウパンジャに馬乗りになって、ガイアックは顔面をガンガン殴(なぐ)りつける。

 忽(たちま)ち、ウパンジャの顔が腫(は)れ上がる。

 既(すで)に気絶しているようだ。

「もう、やめろ!」

 そう叫んだのはウパンジャではなかった。

 審判役である。

 手に短剣を持っていたが、ベットリ血が付いている。

 その時になって、初めてガイアックは背中に激しい痛みを感じたらしく、顔を顰(しか)めた。

 審判役は、更(さら)に何度も短剣で突いた。

「な、何故(なぜ)だ……」

 出血で朦朧(もうろう)としながら問いかけるガイアックを、審判役は「ウパンジャに大金を賭けてるんだ!」と狂(くる)ったような目で睨(にら)んだ。

 会場中が、何事が起ったのかとザワついている時、大声で呼び掛ける声が聞こえた。

「ゾイア将軍! お気を確かに! あなたは記憶と変身を封印(ふういん)されているのです!」

 ガイアックが声の方を見ると、前を切り揃(そろ)えた銀色の髪に、薄いブルーの瞳(ひとみ)をし、耳がやや尖(とが)っている男が、周囲の人間から取り押さえられていた。

「ゾイア、それが、われの、本当の名なのか」

 ガイアックは、いや、ゾイアはそう呟(つぶや)くと、グッと身体に力を籠(こ)めた。

 刺(さ)された背中の血が止まり、スーッと傷口(きずぐち)が閉じる。

 腕や肩の筋肉が岩のように盛り上がり、首も太くなって、ブチッという音と共に首輪が切れた。

 すると、肌(はだ)に細(こま)かな黒点が多数生(しょう)じ、見る間に剛毛(ごうもう)となって全身を覆(おお)った。

 髪の毛の部分も焦(こ)げ茶色に変わり、鬣(たてがみ)のようになる。

 指先からは鉤爪(かぎづめ)が伸びてきた。

 それに並行(へいこう)するように、顔がボコボコと膨(ふく)らみ、顎(あご)がヌーッと伸びると、唇(くちびる)の隙間(すきま)から大きな牙(きば)が生(は)え出てきた。

 その口が開(ひら)くと、闘技場中に響(ひび)き渡る猛獣の咆哮(ほうこう)が上(あ)がった。

 恐慌状態(パニック)に陥(おちい)った会場を駆(か)け抜け、獣人と化したゾイアは、銀色の髪の男を助け出し、そのまま疾風(しっぷう)のように去って行った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガイアックのミステリアスさ、血生臭い戦いなど、印象に残る部分がたくさんあって良かったです。
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