第43話:組織による付託(一ノ瀬直也)
大会議室の空気は重たい。
長い会議卓に、本部長、そしてITセクションの統括取締役が座っている。
対面には資源セクション本部長と課長。さらに経営企画、財務、広報も顔を揃え、後方の席にはオブザーバーとして若手社員も並んでいる。
その中に――亜紀さんと玲奈、そして資源セクションの佐伯さんもいる。
いずれも真剣な顔。小さな咳払いさえ響くほどの緊張感だった。
会議の冒頭。
ITセクションの本部長が資料を掲げ、落ち着いた声で切り出した。
「本日の議題は――エコAIデータセンター構想について、社内的な合意形成を図ることにある」
本部長の視線がウチのセクションの部長へ、部長から課長へ、そして課長からこちらへリレーするように向けられた。
「具体的な説明は……一ノ瀬。お前に任せる」
背中に熱い視線が突き刺さる。
喉の奥がひりつくように乾いた。
だが、立ち上がった瞬間、もうオレの中には迷いは一切ない。
配布資料を開き、端的に説明を始める。
「エコAIデータセンター構想の根幹は、東北の既存地熱発電を活用し、更にその発電量を継続的に拡張することにあります。
ご存知のように現在AI計算資源には大きな需要が集中している一方で、求められる電源量が膨大である事から、特に環境問題、カーボンニュートラルとの兼ね合いで、非常に厳しい視線が注がれつつあります。
既存のビッグテックが運営しているクラウドサービスを含めて、現状はまだこうした問題は大きくはなっておりません。
しかし将来的に環境問題・カーボンニュートラル対応を今以上に重要視する価値観が浸透していく時に、100%エコ電源を確保した世界最大級のAIデータセンターがもたらすインパクトは絶大であると考えます。
問題となるのは実現に向けた具体策です。
現在のプランを前提とする場合、そのクリティカルパスは明確となっています。
「地熱電源の拡張」「地元温泉街との調整」「行政特区の指定」――この三つを突破しなければ、計画は宙に浮いたまま、実現は遠のくと考えています」
スライドに赤太字で映し出した三つのクリティカルパス。
資源セクターの面々が腕を組み、じっと見据えてくる。
「現時点では不確定要素が多いのは事実です。
しかし、今回この構想実現に向けて、大きな外部布石が存在いたします」
一呼吸おいて、次の資料を開いた。
「――半導体メーカー『グリゴラ』による強力なサポートです。
非公式ながら、執行役員の加賀谷様より “AIデータセンタープランを今後のロードマップに組み込む用意がある” とのご意向を既に表明いただいております」
その一言で、会議室の空気が大きく変わった。
ざわめきが走り、資源セクター本部長の眉が僅かに動いた。
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「地熱拡張のコストは誰が負担する?」
「ROIは? 試算はまだ甘いのではないか?」
「行政特区が取れなかった場合のリスクは?」
一つひとつ、正面から答えていく。
――もちろん完全な答えはまだ全然出す事はできない。
だが、外部の布石を内部の確信に変えるために、今、ここで動く必要がある。
「国は今、半導体産業に巨額の投資をしています。
このプロジェクトを “グリゴラ先進GPU採用を前提とする国策エコAIデータセンター” として位置づけられれば――経産省の支援は必ず動くものと考えています。
それが、全社的な意思決定を後押しする材料として頂けるのではないでしょうか」
会議室の視線が幹部の表情に集中する。
――ここが、正念場だ。
ITセクション統括取締役が深く息をついた。
「……非公式とはいえ、グリゴラの加賀谷さんがここまで踏み込んでいるなら、次の一歩を踏み出すだけの価値はあると私は考えている」
資源セクション本部長が腕を組み、重い声を落とす。
「ただし、我々の最終判断は “国策として支援されるかどうか” に尽きます。そこが見えなければ、なかなか全面支持とは言い難いです」
その言葉に続いて、ITセクション本部長が口を開いた。
「――一ノ瀬。この役割をお前に託すぞ。
加賀谷さんにご協力をお願いし、“非公式” に経産省へ打診して、その支援の芽を確認して来るんだ。
経産省側の感触を持ち帰り、その内容を踏まえて最終判断を下すことにする」
背中に熱が走った。
重責だ。だが、これは逃げられない役割。
いや、……逃げる必要などない。
コレはオレが担うべき役割だ。
「……承知いたしました」
言葉にした瞬間、緊張が解けて胸の奥にじんわり広がるものがあった。
――託された。組織の意思に基づいて。
課長が苦笑混じりに「責任重大だぞ」と肩を叩き、亜紀さんは「ここからが正念場ね!」と笑顔を見せる。
横目で見た玲奈は、静かに資料にメモを入れながらも、ほんの少し唇を結んで頷いていた。
会議室の空気が確かに変わった。
これはもう、後戻りできない。
――もうここは、なんとしても突破していくしかない。
オレが突破口を見つけるんだ。




