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第42話:一ノ瀬直也

 大会議室の空気は、重たかった。

 長いテーブルの両端に、本部長、そしてITセクションの統括役員が座っている。

 対面には資源セクター本部長と課長。さらに経営企画、財務、広報も顔を揃え、後方の席にはオブザーバーとして若手社員が並んでいた。


 その中に――亜紀先輩と玲奈、そして資源セクションの佐伯もいる。

 いずれも真剣な顔。小さな咳払いさえ響くほどの緊張感だった。


 会議の冒頭。

 ITセクション部長が資料を掲げ、落ち着いた声で切り出した。


 「本日の議題は――AIデータセンター構想について、社内的な合意形成の可否を検討することにある」


 部長の視線が課長へ、そして課長からこちらへ向けられる。


 「具体的な説明は……一ノ瀬。お前に任せる」


 背中に熱い視線が突き刺さる。

 喉の奥がひりつくように乾いた。

 だが、立ち上がった瞬間、迷いは捨てた。


 配布資料を開き、端的に説明を始める。


 「AIデータセンター構想の基盤は、東北の地熱発電を活用することにあります。

 ただし、クリティカルパスは明確です。

 【地熱拡張】、【温泉街との調整】、【行政特区の指定】――この三つを突破しなければ、計画は宙に浮いたままになります」


 スライドに赤字で映し出した三本柱。

 資源セクターの面々が腕を組み、じっと見据えてくる。


 「現時点では不確定要素も多いのは事実です。しかし、私たちには大きな外部布石があります」


 一呼吸おいて、次の資料を開いた。


 「――半導体メーカー『グリゴラ』です。

 非公式ながら、執行役員の加賀谷様より“AIデータセンタープランを今後のロードマップに組み込む用意がある”との意向をいただきました」


 その一言で、会議室の空気が一変した。

 ざわめきが走り、資源セクター本部長の眉が僅かに動いた。


 矢継ぎ早に質問が飛ぶ。


 「地熱拡張のコストは誰が負担する?」

 「ROIは? 試算はまだ甘いのではないか?」

 「行政特区が取れなかった場合のリスクは?」


 一つひとつ、正面から答えていく。

 ――完全な答えはまだ出せない。だが、外部の布石を内部の確信に変えるために今動く必要がある。


 「国は今、半導体産業に巨額の投資をしています。

 このプロジェクトを“グリゴラGPU採用の国策AIデータセンター”として位置づけられれば――経産省の支援は必ず動くと考えています。

 それが、全社的な意思決定を後押しする材料になるのではないでしょうか」


 会議室の視線が一点に集中する。

 ――ここが、正念場だ。


 統括役員が深く息をついた。

 「……非公式とはいえ、グリゴラがそこまで踏み込んでいるなら、次の一歩を踏み出す価値はあると私は考えている」


 資源セクター本部長が腕を組み、重い声を落とす。

 「ただし、我々の最終判断は“国策として支援されるかどうか”に尽きる。そこが見えなければ動けない」


 その言葉に続いて、本部長が口を開いた。


 「――一ノ瀬。この役割をお前に託すぞ。

 加賀谷さんにご協力を願い、“非公式に”経産省へ打診し、支援の芽を確認してこい。

 外の答えを持ち帰り、我々はそこで最終判断を下す」


 背中に熱が走った。

 重責だ。だが、これは逃げられない役割。


 「……承知いたしました」


 言葉にした瞬間、緊張が解けて胸の奥にじんわり広がるものがあった。

 ――託された。組織の意思で。


 課長が苦笑混じりに「責任重大だぞ」と肩を叩き、亜紀先輩は「ここからが正念場ね!」と笑顔を見せる。

 横目で見た玲奈は、静かに資料にメモを入れながらも、ほんの少し唇を結んで頷いていた。


 会議室の空気が確かに変わった。

 これはもう、後戻りできない。


 ――もうここは、なんとしても突破していくしかない。

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