第三章 表紙です
「紡、ちょっといい?」
レッスン終わり。
スタッフに呼び止められた。
「はい。怒られるやつですか?」
「なんで?」
「呼び出しって八割そうじゃないですか」
「仕事の話」
紡の足が止まった。
「……私?」
「一乃瀬紡さんに」
「同姓同名じゃなくて?」
「たぶん一人しかいない」
渡された資料を見る。
雑誌名。
撮影日。
自分の名前。
「グラビア撮影です」
「へえ」
ページをめくる。
「…………へえ?」
もう一枚。
そこに書いてあった。
表紙・巻頭 一乃瀬紡
閉じる。
開く。
もう一度、閉じる。
「何してるの?」
「再読み込み」
紙だけど。
「……編集部、大丈夫?」
◇
「表紙!?」
莉緒の声が響いた。
「声でか」
「すごいじゃん!」
「まだ何もしてないけど」
「表紙だよ!?」
「だから心配してる」
「何を?」
「編集部を」
莉緒が呆れる。
「素直に喜びなよ」
「喜んでるよ」
「どこが?」
紡は資料で口元を隠した。
「……結構」
「じゃあ言えばいいじゃん」
「恥ずかしいじゃん」
「初選抜で泣いた人が?」
「その記憶、消せない?」
「永久保存」
「ぺぃぴーの黒歴史探そ」
「やめて!?」
紡は笑った。
いつも通りに。
でも、資料はずっと手に持っていた。
◇
撮影当日。
メイク。
衣装合わせ。
打ち合わせ。
初めてのことばかりだった。
「一乃瀬さん、緊張してます?」
「全然」
「ほんとですか?」
「昨日7時間しか寝てません」
「充分ですね」
「バレた」
スタッフが笑う。
紡も笑う。
「じゃあ、撮ります」
「お願いします」
カメラの前に立った。
レンズが向く。
その瞬間。
紡の笑顔が消えた。
「――いいね」
シャッター。
一枚。
「目線、こっち」
二枚。
「少し顎を引いて」
三枚。
紡は黙って指示を聞く。
試す。
違えば変える。
もう一度。
「一乃瀬さん」
「はい」
「撮影、慣れてる?」
「全然です」
「そうなんだ」
シャッターが切られる。
「面白いね」
紡が眉を寄せる。
「また変な人認定ですか?」
「違う。表情」
「表情?」
「さっきまでと、全然違う」
紡は黙った。
「もう少し、そのままで」
シャッター。
「そう」
もう一枚。
「いいね」
もう一枚。
「それ、すごくいい」
紡はただ、レンズを見る。
ふざけない。
逃げない。
言われたことを一つずつ拾って、
もっと良くしようとする。
それは、
誰もいないレッスン室で、
できなかった振付を何度も繰り返す紡と、
何も変わらなかった。
◇
休憩中。
撮った写真を見せてもらった。
「……これ、私?」
「そうですよ」
画面には、
知らない顔があった。
笑っていない。
変なこともしていない。
ただ真っ直ぐ、
こちらを見ている。
「私、こんな顔するんだ」
「しますよ」
カメラマンが答えた。
「むしろ、こっちも一乃瀬さんなんだと思うけど」
紡の指が止まった。
こっちも。
「……そっか」
それだけ言った。
◇
撮影が終わる。
「ありがとうございました!」
深く頭を下げた。
スタジオを出る直前、
スタッフの声が聞こえた。
「一乃瀬さん、よかったね」
「うん。次も撮りたい」
紡の足が、ほんの一瞬止まった。
振り返らない。
そのまま外へ出た。
◇
帰り道。
「終わったー!」
グループの連絡に送る。
真っ先に莉緒から返ってくる。
『表紙様、お疲れさまです』
『やめろ』
莉歌。
『どうだった?』
『編集部は無事でした』
楓花。
『紡は?』
指が止まる。
『無事』
送る。
すぐに返事。
『楽しかった?』
また止まった。
紡は少し考えて、
『めっちゃ』
と打った。
送信。
それだけなのに、なぜか少し照れた。
◇
駅のホーム。
ベンチの下に、
小さなハンカチが落ちていた。
「あ」
拾い上げる。
端に、小さな刺繍。
誰のだろう。
子どもかな。
大切なものだったのかな。
いつものように、
知らない誰かの物語はいくらでも浮かぶ。
駅員へ届けて、スマートフォンを見る。
そこには今日の予定。
表紙・巻頭 一乃瀬紡
選抜に入った。
選抜から外れた。
センターに選ばれた。
そして今日、一人で表紙を撮った。
どれが本当の自分なのか。
紡は少し考えた。
「……全部、私なんだけどね」
口にして、自分で少し驚いた。
電車が入ってくる。
紡は乗り込む。
まだ分からない。
自分が何者なのかも。
何を持っているのかも。
ただ――
選ばれる場所は、一つじゃないらしい。
それだけは、少し分かり始めていた。
ーー続く




