第二章 選ばれなかったセンター
初めての選抜活動は、あっという間だった。
撮影。
レッスン。
取材。
ライブ。
「選抜おめでとう」
そう言われるたび、
「ありがとうございます」
と答えた。
最初は照れた。
でも、そのうち。
嬉しくて仕方なくなった。
◇
「紡、最近ちゃんとしてるよね」
莉緒が言った。
「それ悪口?」
「褒めてる」
「やめて。イメージ崩れる」
「もうバレてるって」
「何が?」
「紡、普通に本気じゃん」
一瞬、言葉に詰まった。
「……ぺぃぴー、そういうこと言うようになった?」
「嫌なの?」
「恥ずかしい」
「なんで?」
「知らん」
紡は莉緒の肩を軽く叩いて逃げた。
本気。
そんなの、ずっと前からそうだった。
でも選抜になって初めて、
それを隠さなくてもいい気がしていた。
◇
だから。
次の発表の日。
少しだけ期待していた。
一度入れた選抜。
ちゃんと頑張った。
次も――。
保証なんてない。
分かっている。
それでも、期待した。
「では、次のメイン曲のメンバーを発表します」
一人。
二人。
三人。
名前が呼ばれる。
紡は待った。
そして。
「以上です」
終わった。
一乃瀬紡の名前はなかった。
「あれ?」
思わず声が出た。
すぐに笑う。
「一回限定キャンペーンだったみたい」
「紡」
楓花が呼ぶ。
「何?」
「……何でもない」
「その顔やめて。私、別に大丈夫だから」
言ってから気づいた。
誰も、大丈夫かなんて聞いていなかった。
◇
「続いて、カップリング曲です」
紡はぼんやり資料を受け取った。
名前を探す。
あった。
少しだけ胸が軽くなる。
そのまま視線を動かして――
止まった。
中央。
一乃瀬紡。
「……ん?」
もう一度見る。
「この曲のセンターは、一乃瀬です」
「…………はい?」
何人かが笑った。
紡は紙とスタッフを交互に見る。
「私、さっき落ちましたよね?」
「メイン曲には入ってないね」
「ですよね」
紙を見る。
「なのにセンター?」
「そう」
「どういうシステム?」
笑いが起きた。
紡も笑った。
でも。
胸の中だけが、その笑いについてこなかった。
◇
レッスン後。
紡は一人、鏡の前に立っていた。
真ん中。
嬉しい。
一曲のセンターを任された。
嬉しくないわけがない。
でも。
「……何なんだろ」
選抜には、いらなかった。
この曲には、必要だと言われた。
どっちなんだろう。
「紡」
鏡の中に蒼井真姫が映った。
「真姫ちゃん」
「帰らないの?」
「帰るよ」
「じゃあ何してるの?」
「センターごっこ」
「本物でしょ」
「……そうなんだよね」
真姫が隣へ来る。
紡は少し迷った。
「真姫ちゃん」
「ん?」
「カップリングのセンターって、何?」
「何って?」
「選抜には入れなかったのに、センターって」
一度笑ってみる。
「私、評価されてるのか、されてないのか分かんなくて」
「紡」
「何この真面目トーク。解散!」
逃げようとすると、呼び止められた。
「メイン曲に選ばれなかったことと、この曲のセンターに選ばれたこと」
真姫は言った。
「どっちも本当なんじゃない?」
紡が振り返る。
「カップリングでも、Rain Crownの一曲だよ」
真姫は鏡を見る。
「その曲の最初の景色になる人を、“代わり”では選ばないと思う」
紡は黙った。
「……真姫ちゃん」
「何?」
「急にセンターみたいなこと言うね」
「センターだからね」
「あ、そうだった」
「忘れないで」
二人で笑った。
少しだけ、
真ん中に立つ自分を見られるようになった。
◇
数日後。
センター曲のレッスン。
「一乃瀬、もう一回」
「はい」
繰り返す。
終わっても残った。
また最初から。
「まだやるの?」
楓花だった。
「やらないよ」
「今やってるじゃん」
「残像」
「便利だね」
楓花が隣に座る。
「センターだから?」
紡の足が止まった。
「……嬉しいよ」
「うん」
「めちゃくちゃ嬉しい」
それだけは迷わなかった。
「だから困ってる」
「何が?」
紡は鏡を見る。
「選抜落ちたのも、めちゃくちゃ悔しい」
初めて口にした。
「両方ほんとなんだよね」
楓花はあっさり答えた。
「いいんじゃない?」
「いいの?」
「どっちか嘘にしなきゃ駄目?」
紡は少し黙った。
「……面倒くさいな、私」
「今さら?」
「楓花、今日性格悪い」
「紡にだけね」
「優しさの見せ方、下手じゃない?」
「紡に言われたくないな」
紡は吹き出した。
◇
帰り道。
駅の階段に、一本の傘が置き去りになっていた。
「あ」
紡は立ち止まる。
忘れたのかな。
もう電車に乗ったのかな。
いくつもの物語が浮かぶ。
傘を駅員へ届けて、また歩く。
選抜に入れなかった自分。
センターに選ばれた自分。
どちらが本当なのか。
まだ、分からない。
でも。
一つだけ分かった。
自分は今日、選ばれなかっただけじゃない。
別の場所では、ちゃんと選ばれていた。
ーー続く




