110.魔法協会
紹介状を手にした私は、その日のうちに魔法協会の本部を訪れた。目の前にそびえ立つ建物を見上げて、思わず足を止める。
「大きい……」
薬師協会の支部も十分立派だったけれど、こちらはそれ以上だ。白い石造りの建物は何階建てなのか分からないほど高く、正面には大きな柱が並んでいる。魔法協会がこの国でどれだけ大きな組織なのか、一目で伝わってきた。
少しだけ気後れしてしまう。けれど、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
「よし……」
小さく気合を入れて、私は重厚な扉を押し開いた。中へ入った瞬間、思わず息を呑む。
広い。エントランスは天井が高く、見上げるほどだった。床には磨き上げられた石が敷き詰められ、壁には魔法陣を模した装飾が施されている。
正面には長い受付カウンターが並び、その向こうでは何人もの職員が忙しそうに対応していた。
そして何より目を引いたのは、そこを行き交う人々だった。黒や紺、深緑など様々な色のローブを身にまとった魔法使いたち。若い人もいれば年配の人もいる。
杖を携えた人、本を抱えた人、仲間と何かを議論している人。皆どこか知的な雰囲気をまとっていて、自信に満ちて見えた。
その光景を見ているうちに、自分だけが場違いな存在に思えてくる。
「す、すごい……」
薬師協会とはまた違う。ここには魔法を専門に学び、研究し、磨き続けている人たちが集まっているのだ。周囲から聞こえてくる会話も難しいものばかりだった。
何を言っているのか半分も分からない。ここは本当に別世界なのだと理解した。
私は深呼吸を一つすると、受付カウンターへ向かって歩き出した。そして、一番空いている窓口の前に立つ。
受付の女性が優しく微笑んだ。
「いらっしゃいませ。魔法協会へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
その穏やかな声を聞いて、張り詰めていた緊張が少しだけ和らいだ。私は大事に抱えていた紹介状を差し出す。
「あ、あの……薬師協会の支部長さんから紹介状をいただいて来ました。こちらの資料を読ませていただきたくて……」
受付の女性は紹介状を受け取ると目を通し、次の瞬間、わずかに目を見開いた。そして、残念そうに表情を暗くする。
「丁度、悪いタイミングに来られましたね……」
「悪いタイミング?」
「今、資料室は整理中になっておりまして、使用が出来ません」
「えっ!?」
資料室が整理中!?
「それっていつになったら使えますか?」
「資料室の担当の者の作業が終わり次第、というところでしょうか」
「具体的には……」
「資料室の担当が一人しかおらず、その一人で何千冊もの本や資料を整理しなくてはならず……」
ぐ、具体的な日数を聞いているのに、言葉を濁されている。ということは、目途が立っていないということだ。
こっちは早く調べものがしたいのに、これじゃあ全然進まない。いや、私が協力すればいいのでは? そうしたら、資料室の整理も片付く。
「あの、その整理手伝わせていただけませんか?」
「流石に外部の人を関わらせるのは……」
「何か少しでも手伝えることがあれば、手伝いたいんです」
「……分かりました。担当者に会わせますね」
そう言って、受付のお姉さんは立ち上がって案内をしてくれる。その後を付いていき、階段を登り、部屋の扉の前に来た。
扉を開けると――並べられた机や椅子の上にも本や資料がびっちりと乗せられているのが見えた。
「ピニカさん、いますか?」
お姉さんが心配そうに声をかけると、部屋の奥から物音がした。そして、一人の女性が姿を現した。
「は、はーい……」
現れたのは眼鏡をかけた女性で、今にも倒れそうによろめいている。ふらふらとこちらに近寄ってきて、焦点の合わない目でお姉さんを見る。
「何か用ですか?」
「えっと、この方は薬師協会の会長様に紹介された子なんですけれど、資料を見せてもらえないかと来まして」
「資料を見せたいのはやまやまですが、この状態で見せられる資料はありませんね……」
二人とも申し訳なさそうにこちらを見る。確かに、こんな時に現れた私は邪魔者だろう。
「どうして、こんな風になったんですか?」
「国のお役人が来まして、資料が分かりずらいっていうことで、改善命令が出たんですよ。それで、今分かりやすくして、資料を並べなおしているところなんです」
「他に手伝う人はいないんですか?」
「持ち場が違いますからねぇ。そうやすやすと他の部署の人の力を借りるわけにはいかないんですよ……」
とても残念そうにピニカは項垂れた。
「何か、お手伝い出来ることはありますか? 早く資料を見たいんですけど……」
「いやいや、流石にそれは! 手伝って欲しいとは思ってますが、直接手伝わせるわけにはいかないんですよ」
ここでも拒否られてしまった。やっぱり、外部の人間が手伝おうとするのは色々と難しいらしい。
だったら、整理が終わるまで待つ? でも、それも……。そう思っていると、ピニカが疲れたように体をぐねぐねと動かす。
「動いたら、体が……」
「いつもしない運動をしてますからね」
「えぇ、筋力もないのに酷使しているから、疲労の溜まり具合が半端ないです」
今にも座り込みそうなほど、ピニカはふらついている。もし、その疲労を改善して上げれば、作業効率は上がるのだろうか?
そしたら、良い物がある。私は【素材保管】からファルスお兄様に使っている、筋肉増強薬を取り出した。
「あの、これを飲んでください。そしたら、重労働も軽くなります」
「えっ!? そ、そんな薬があるんですか!?」
「でも、初耳な薬のような……」
「最近、私が作った薬です。効果は保障しますよ」
「つ、使ってもいいですか!?」
すると、ピニカさんは私の手から奪うように瓶を持った。そして、ためらいもなく筋肉増強薬を飲み干す。
「どうですか?」
「……お? おぉ? おおぉぉっ!? 体中から力が溢れます! なんですか、これ! 凄いですね!」
「そ、そんなに効く薬だったんですか?」
途端に元気になったピニカを見て、お姉さんはとても驚いた様子だ。私も薬が凄く効いて嬉しい。
「これだったら、作業が捗ります! 明日、また来てください!」
そう言って、ピニカは作業へと戻っていった。




