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十二属性戦士物語【Ⅴ】――幽霊屋敷の亡霊と四神龍――  作者: YossiDragon
第五章:『四霊獣の最期と四神龍の封印』篇
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第四十三話「交渉と後継者」・7

 正直子供が出来た事は嬉しかった。我ながら酷いとは思いつつも、子が出来る事で王の立場を退き、一人の男として彼女を迎えに行く事が出来るのだから。

 憤慨しているのは、偏に隠し事をされたからに他ならなかった。このような事態になった以上、その責任の一端は彼女達だけに押し付けていい事ではないのは、重々承知していた。だからこそ、自分も共に罪を背負う所存だったのだ。

 それなのに、まるで自分には迷惑をかけられないからというように、二人は赤子の存在を隠蔽しようと画策した。それが、ただただ裏切られたようで、信じてもらえていなかったようで哀しかったのだ。

 と、そんな考え事をしている間に、妃愛が述べる。


【……母上は……妃愛を守りたかったのだ】


 妃愛は震える声で、それでも真っ直ぐに答える。


【皆に知られれば、妃愛は蔑まれ、母上も罪を問われる。そしてそれは国王である月牙……そなたにも同様だと。……だから、黙っていろと……】


 月牙は深く目を閉じた。

 その姿は、玉座にあるはずの王というよりも、ただのひとりの父親に見えた。

 やはり予想通りだった。彼女達が月牙に隠し立てしていたのは、彼を何のしがらみも束縛もなく、後ろ髪引かれる事無く冥霊界へ行かせるためだった。そんな事、月牙自身が頼み込んだ訳でもないのに。どこまでも優しく、思いやりの強い女性だと、月牙は改めてそう思った。

 

「……妃愛」


 しばし沈黙の後、月牙はゆっくりと言葉を紡いだ。


「俺は、お前を蔑む事なんかしない。むしろ感謝すべき立場だ。お前がいなければ、俺は永久にこの国の王であり続けなければならなかっただろう。来たるべき時が来るまで……な。だが……この事実が世に出れば、リスマード王家は嵐に呑まれる。お前もミーミルも、確実に血の海に沈む事になる」


 妃愛の小さな肩が震えた。

 それでも、彼女は涙を流しながら答えた。


【……それでも……妃愛は、母上とそなたのために……命を懸ける所存だ。元よりこの命、そなた達初代伝説の戦士によって救われたも同然。その一人である光陽斑希には、そなたへ対する気持ちと同様に謝辞の念が堪えんのだ。だからこそ、そなたが冥霊界へ赴きたいというのであれば、その手伝いをするのは妃愛の使命に他ならん。だからこそ、この身を捧げたのだ。そこには後悔など微塵もない。実に貴重な体験であった事だしな】


 その言葉に、月牙の胸は締めつけられた。

 童顔な顔貌故か、まだ幼く見える少女に、ここまで言わせてしまった自分――。

 ミーミルと自分の愚かさが、今さらのように突きつけられる。

 静まり返った広間に、重く沈んだ空気だけが残った。

 しばしの沈黙のあと、月牙は堪えきれず立ち上がった。

 玉座を降り、まだ小柄な妃愛に歩み寄る。

 その肩は細く、震え続けていた。


「……妃愛」


 その名を呼ぶと同時に、月牙は彼女を強く抱き寄せた。

 妃愛の小さな体が、驚きに硬直する。

 次の瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。


【……っ、塁陰月牙……!】


「もういい、それ以上言うな。分かっているさ、全部俺達の……俺の為なんだよな。……まだ未熟なお前に、あまりにも重き業を背負わせてしまって、すまない」


 月牙の声は震えていた。

 これまで"王"として感情を抑えてきた男が、初めて"父"として涙を流す。

 妃愛は胸に顔を埋め、しゃくりあげながら必死に縋りついた。

――その時。

 厚い扉が音もなく開かれた。


「……月牙」


 姿を現したのはミーミルであった。

 彼女は既に全てを承知している顔をしていた。

 蒼ざめた顔色のまま、それでも毅然と歩み寄る。


「あなたが妃愛を呼び出したと聞いたわ。……やっぱり、打ち明けてしまったのね」


 月牙は振り返り、重苦しく頷いた。


「あのまま隠し通せる訳がない……お前も分かっていたはずだ」


「ええ……承知の上よ」


 ミーミルは娘の傍らに膝をつき、震える背中を撫でる。

 母と義父に抱かれた妃愛は、声を詰まらせながらも必死に涙を止めようとした。

 だが、話し合いは避けられない。

 ミーミルが顔を上げ、月牙を見据える。


「……この子の身に宿った命。月牙の血を引く後継者をどう扱うつもりかしら?」


 月牙は唇を噛む。

 それが今、最も難しい問いだった。


「無論、俺の後継者なんだ。当初の予定通り、御世継候補として行く行くは即位させるつもりだ。だが、それは本来ミーミルとの子供だった場合の話だ。実際は違う……妃愛との子供という事は、ハルムルクヘヴンの子でもある。元来リスマードの血を引く者しかこの国の王政を担う事は許されていないこの国家観において、リスマードの血が四分の一しかない子を後継者に認めるとは思えない……」


「そうね。月牙自身、国王へ推薦したのが先代王である父様達の意思でなければ、国民の支持は得られていなかったでしょうからね」


「まぁ、俺の場合……母さん――月の神の存在もデカかっただろうからな。だが、いくら俺の子だからって、妃愛の存在はまだ多くの民にとっては異端だ。何より、出自があまりに不明瞭すぎる。ミーミルの事もあるし、世間一般に公にする訳にもいかない以上、妃愛の素性は明かせない。となれば、彼女の子供だと判明した場合、俺達は背徳の烙印を捺されるだろう」


【……すまない。そこまで考えが及ばなかった、妃愛の不徳の致す所だ】


「お前だけのせいじゃない。ちゃんと止める事が出来なかった俺のせいでもある。それに、もしそうだったとしてもこれから産まれてくる命を、葬る事なんて出来ない! 妃愛を護るためにもな!」


「なら――公には“隠し子”として扱うのが現実的かしらね」


 ミーミルは毅然とした声で言い放った。

 月牙は目を細めた。

 彼女の冷徹とも言える判断力に、胸の奥で複雑な思いが渦巻く。


「……それは、お前にとっても妃愛にとっても、決して楽な道じゃないぞ」


「分かっているわ」


 妃愛は微笑む。だがその瞳には涙が光っていた。


「けれど……この子と、この子が抱える命を守るためなら、私はどんな汚名でも背負う覚悟よ」


 月牙の胸に重く響く言葉だった。

 一方で、妃愛は嗚咽を堪えながら、小さく声をあげる。


【ひ、妃愛も……構わん。……どのような立場になろうと、母上と塁陰月牙の役に立てるのなら……】


 その健気な姿に、月牙の胸は締め付けられた。


「……ったく、誰かさんに似て愚かで、健気な娘だ」


 彼は妃愛の頭を撫で、深く息をつく。


「わかった。まずは極秘に猛辣をつける。……出産の時まで、この真実を知る者は最小限に留める……いいな?」


 ミーミルも頷く。


「ええ。私が責任を持つわ。噂の芽も、必ず摘み取ってみせる」


 重苦しい空気の中、それでも三人は心を一つにした。

――王家の未来を繋ぐため、背徳と汚名を背負う覚悟を固めて。

 燭台の炎が揺れ、広間の壁に影を映していた。

 月牙、ミーミル、そして妃愛の三人は深い沈黙に包まれている。

 やがて、月牙は重い口を開いた。


「……なら俺は、一年でも二年でも現世に残る。子供が無事に生まれ、育つまでは……冥霊界にはいかない!」


 その声は低く、決意を孕んでいた。

 しかしミーミルの表情は瞬時に険しくなる。


「月牙、何を言っているの? それは……あまりに愚かだわ」


「愚か、だと?」


「そうよ。なんのために私達がここまでお膳立てしてあげていると思っているの? 全ては、あなたを冥霊界へ一刻も早く行かせてあげるためなのよ? それなのに、産まれるまでは愚か子供が育つまでこちらの世界に残るなんて、本末転倒もいいとこよ。それまでの間、斑希さんはどうするの?」


 ミーミルの言葉は冷ややかでありながら、必死の叫びでもあった。

 月牙は拳を握りしめ、唇を噛む。


「けど……このままお前達を置き去りに出来る訳ないだろ。家臣達の目は鋭い。噂は必ず漏れる。――もしそんな事になったら、危険すぎる! 誰がお前達を護るんだよ!」


 妃愛を抱く月牙の声は揺れていた。

 だがミーミルはその手を取ると、首を振った。


「心配には及ばないわ。巫女族の侍従、侍女、それに猛辣さん……彼らは既にこちらの味方よ。王国警備隊もフィヨ達なら、私に忠誠を誓っているもの」


「だが……」


「私がこの子を守るわ。あなたの代わりに、私が――」


 ミーミルの言葉に、月牙は呻くように目を閉じた。


「……お前はいつも、自分を顧みない。どうしてそこまで自分を犠牲に出来るんだ」


「そうでなければ、この家は保てないのよ」


 凛とした声。

 そこには妃としての覚悟と、母としての決意が同居していた。

 しかし月牙はなおも食い下がる。


「だが、それじゃああまりに不安材料が多すぎる。もしお前に何かあったら……もし妃愛に何かあったら……」


「月牙」


 ミーミルは柔らかく微笑み、首を振った。


「こうなったら、私も妃愛も……意固地なのは分かり切っているでしょう? これ以上私達の想いを不意にするつもり?」


 その頑なさに、月牙の心はついに砕かれた。

――これ以上は、彼女の決意を覆せない。


「……分かった。負けだ」


 月牙は天を仰ぎ、深く息を吐いた。


「明日、冥霊界に出立する。……だが、必ず帰ってくるからな。子が産まれるその時までに、斑希を連れて……必ずッ!」


 ミーミルは静かに頷いた。


「待っているわ。どれ程の困難や試練の嵐があろうと……ね」


 その夜、王宮の一角。

 太陽の神フィーレ、月の神ルナー、そしてミーミルと妃愛が見送る中、月牙は冥霊界への門へと歩みを進めた。


「母さん、フィーレさん。ミーミルと妃愛の事……それから、この国の事……頼む」


【ええ、勿論心得ているわ】


【夢鏡王国の事は任せて下さい。元よりこの国は私達神族にとっても大事な場所……失う訳にはいかないのですから。それに……初孫の顔、まだ拝んでいませんからね】


「ふっ、そう……だな。俺も子供の顔を見ないまま死ぬわけにはいかない。絶対に、斑希を連れて戻ってくるから!」


 玉座の王であるよりも、ただ一人の父として後ろを振り返り続ける。

 ミーミルと妃愛の姿が小さくなり、光の中へ消える瞬間まで――。

 こうして、現世にはミーミルと妃愛が取り残された。

 しかし、それは国王の懸念が現実となる序章に過ぎなかった。

 後に彼女達は、家臣達の密告と陰謀により王位を退かされる事となる。

――だが、それはまだ先の話である。




 冥霊界へ月牙が向かった後、ミーミルの生活は一変した。

 ミーミルは侍従や鈴華達と密かに打ち合わせを行い、食事の管理、寝所の見張り、薬師や医師との連携を徹底した。

 王宮の奥深く、静かな回廊に響くのは、微かな衣擦れと囁き声ばかり。


「妃愛様のご体調は?」


「ええ、問題ないわ。ただ……視線が気になる。家臣達は何かを嗅ぎつけているのかもしれない」


 ミーミルの声は静かだが、背後の緊張は隠しようがない。

 侍女達が「私たちが目を光らせます」と頷き、巫女族の若き女性陣――璃々や瑠々、愛李達が香を焚いて邪視を払う。

 そうやって一日一日を過ごしていた。




――そんなある日のことだった。

 ミーミルは侍従に案内され、王国警備隊の執務室を訪れた。

 そこには従姉であり、警備隊長を務める姫騎士長――フィヨ・Q(キュルヴィー)・リスマードが控えていた。

 彼女は夢鏡王国を建国したリスマード一族の直系であり、王位継承権を有する存在でもある。


「ミーミル。月牙が出発してから、随分と張り詰めているようね」


「ええ……けれど、あなたも顔色が優れないわね。どうかしたのかしら?」


 ミーミルの言葉に、フィヨは僅かに目を逸らした。

 その仕草に、ミーミルの胸に疑念が灯る。

 彼女の目は、隠し事を許さなかった。


「……フィヨ。あなた、体に異変があるのではなくて?」


 ミーミルが問い詰めると、姫騎士フィヨはしばし沈黙し、やがて観念したように目を伏せた。


「……実は……あたしのお腹に……いるのよ」


「……あら、それは大変ね。お通じには何が良かったかしら」


「なっ!? だ、誰がそんな話したのよ! そうじゃなくて……子供よ」


 ミーミルは息を呑んだ。どうにも信じたくなくて、不意にいつもの下世話トークを飛ばしてしまったが、やはり親族というだけあって、彼女には微塵も通用していないようだった。軽くあしらわれてしまい、聞きたくなかった事実を突きつけられる。


「こ、子供……? まさか……誰の?」


 フィヨは苦渋の表情で唇を震わせた。


「……ルーギュンよ」


「う、嘘でしょ。る、ルーギュンって……あのルーギュン? 同姓同名ではなくて?」


「正真正銘、あたしの弟よ……」


 ミーミルは愕然とした。

 禁忌でありながら、純血を重んじる一族では決して稀ではない。現に、すぐ傍にいる巫女族もまた、そのいい一例である。

 だが、これまでは、交わったとしても従兄妹でという事が多かっただけに、姉弟でというのはリスマード王家始まって以来の事であった。もしこれを公にすればどうなるのか、皆目見当もつかないが、只事ではすまされないだろう。


「……どうして私に教えたの? 王位継承権で言えば、確かに私の方が上かもしれないけれど、あなたも知っての通り……私には子供はいない。そうなれば、次に即位する可能性があるのは妹のミーニルか、あなた達か、ニョルズ達兄妹……あるいはその子供達だった。王位継承権争いで命を狙われる可能性だってあるのに」


「くす……ミーミルが? 王位継承権争い? おかしな冗談はやめて。誰よりも家族想いのあなたが、平和主義者であるあなたが、たかが王位継承権如きで争いなんて起こすはずないでしょ? それとも……あたしの買い被りかしら?」


「あら、どうやら私が思っていた以上に、あなたは私の事しゅきしゅきラブラブちゅっちゅだったみたいね」


「……月牙はいないんだから、あたしにツッコミを押し付けないでくれる? 言っておくけど、あたしはツッコまないからね?」


「当然じゃない。あなたにはツッコめる大層御立派なモノなんて――」


「ごほんっ! これは真剣な話……あなただって分かっているんでしょう? もう、体が隠せない程に異変を来してきているの。最近、すこぶる調子が悪い。警備隊の訓練だって、取り繕って休ませてもらっているの。行く行くは口うるさい家臣達にも知られてしまうでしょうね」


 ミーミルは震える手を胸に置き、深く息を吸った。

 やがて、彼女の瞳に閃きが宿る。まさか、フィヨがミーミルに秘密を打ち明けたのは、そういう事なのだろうか。


「……待って、フィヨ。もしかして――」

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