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第9話:『臭(にお)い消し』と、箱の中の小さな同族

三階建ての屋根から、音もなく荷車の目の前に降り立った。


これだけの高さから飛び降りたというのに

この『器』は膝をわずかに曲げただけで、着地の衝撃を完全に殺してしまった。

全く……気味が悪いほど頑丈な体だ。


「なっ!? どこから……!」


突然目の前に現れた僕を見て

荷車を引いていた黒服たちが驚愕の声を上げる。


降り立ったことで、不自然に甘い花のにおいはさらに強烈に鼻を突いた。

どうやら、こいつらは自分たちの服に

わざわざその『臭い汁』を染み込ませているらしい。


くさい……息が詰まる」


僕は鼻の頭に深くシワを寄せ、黒服たちを睨みつけた。


「貴様、何者だ! 我ら『領主軍』の任務を邪魔する気か!?」

「よそ者が、痛い目見ねえとわからんようだなぁッ!」


黒服の二人が、腰から『光る代用の爪』を抜き放ち

左右から僕に切りかかって来たのだが……やはり、遅い。


先ほどの路地裏にいた羽虫たちよりは多少動きが整っているが

それでも、僕の目から見れば『水の中に沈んでいるよう』に鈍重だ。


僕は、鬱陶しい虫を叩き落とすように両手を軽く横に薙いだ。


『パンッ!!』『パーンッ!!』


破裂音とともに、僕の手の甲から放たれた衝撃波は

黒服たちの体を捉え、彼らを後方の石壁へと勢いよく吹き飛ばした。


直後『グシャリ』……と嫌な音を立て、二人が崩れ落ち動かなくなる。


「な、魔法……!? 詠唱もなしに!?」

「ば、化け物だァッ!!」


……残りの黒服たちは悲鳴を上げ

荷車を放り出して蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していった。

やかましい連中だ、追いかける気にもならない。


僕は彼らを完全に無視し、残された荷車

その上に乗っている『木箱』に近づいた。


……箱には太い金属の紐(鎖と言うらしい)が何重にも巻きつけられている。


「邪魔だ……」


直後、それを引き千切り

布を払い除け、箱の蓋を乱暴に開け放った――


「ぅっ!? ……ぅぅ……」


――暗い箱の底。


そこに丸まっていたのは、ボロボロの布を纏った小さな生き物だった。

人間の子供くらいの大きさだが、頭にはピンと立った二つの獣耳があり

腰のあたりから細い尻尾が力なく垂れ下がっている。


……前世の僕に近い生き物だ。


だが……ひどく痩せ細り、泥と血の匂いがする。

僕が覗き込むと、その生き物はビクッと体を震わせ

両手で頭を抱え込むようにしてさらに小さく丸まった。


「……ぶた……ないで……ごめん……なさい……」


微かな、掠れた声……その怯えきった姿は、冷たい雨の日

忌々しい飼い主に依って『金属の紐で編まれた箱の中』で震えていた

かつての僕自身と完全に重なった。


「くッ……!」


僕の胸の奥で、再びあのドロリとした黒い怒りが渦を巻く。

この世界でも人間は同じことをしているのか。


自分より弱いものを箱に閉じ込め……痛めつけ、支配しようとする。


僕はゆっくりと手を伸ばし、その小さな頭に触れた。

ビクッ、と再び怯える同族……だが、僕の手から伝わる体温と

微かに感じ取った『同族の匂い』に安心したのか

少しだけ震えが収まった。


「バ、バースト様ぁぁ……っ!」


背後から、息を切らした声が聞こえた……振り返ると、建物の外階段を

転げ落ちるような勢いで駆け下りてきたミアが

フラフラになりながらこちらへ向かってきているところだった。


「む、無茶です! 領主軍を相手にするなんてっ! ……あっ」


駆け寄ってきたミアは、開いた箱の中身を見て息を呑んだ。


「獣人族の子……供? ……」

「……お前も、こいつがくさいか?」


僕はミアを鋭く睨みつけ、低い声で訊ねた。


……人間は皆、僕たちを『臭くて汚い』と見下す。

あの黒服たちも、自分たちの服に

異常な甘いにおいを染み込ませてまで

この子の匂いを嫌悪していた……ミアもそうかも知れない。


だが、ミアの反応は僕の予想とは違っていた。


「まさか! ……でも、酷い

こんなに小さな子を、こんな狭い箱に閉じ込めるなんて……っ」


彼女は全く躊躇うことなく箱に手を入れ

泥だらけの子供を優しく抱き起こした。

彼女から漂う『陽だまりの匂い』が、子供をふわりと包み込む。


「大丈夫、もう怖くないからね! 」

「ぅ……ぅん……」


ミアの腕の中で、子供が微かに安心したような声を漏らした。

その光景を見て、僕は少しだけ目を見張った。

やはりこの少女は、他の人間とはどこかが違うらしい。


「バースト様……この子、ひどく衰弱しています。

なので、早く安全な場所で手当てを……!」

「ああ……だが、その前に」


僕は視線を上げ

逃げていった黒服たちの足跡が続く方向を見据えた。


……彼らの親玉。

あの吐き気のする甘いにおいを撒き散らし

僕の同族をこんな目に遭わせた元凶が、この街のどこかにいるはずだ。


僕には世界を救う気などない……だが

僕の平穏な『日向ぼっこ』を邪魔し、僕の縄張りを荒らした落とし前は

きっちりとつけさせなければならない――

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