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第6話:動く日向と、芸術的な骨

翌朝……僕は、体の節々の痛さと、不快な冷えで目を覚ました。


……原因はわかっている。

昨日僕が陣取っていた完璧な『四角い日向』が

太陽の移動とともに床を這うように移動し

最終的に壁の向こうへ消え去ってしまったからだ。


猫の体なら、眠りながらでも

日向の移動に合わせてゴロゴロと転がって追従出来たというのに。

この長くて重い人間の体では

無意識のうちに日向を追いかけることすら出来ないらしい。


「本当に、欠陥だらけの器だ……」


板張りの床から身を起こし、僕は大きく息を吸い込んだ。

両腕を床へと貼り付けるように突き出し、腰を高く上げて

背中の筋肉を限界まで伸ばす……前世の朝のルーティンである『伸び』だ。


人間の体でこれをやるとなんだかひどく間抜けな格好になるが

これをやらないと一日が始まらない。


「ふぅ……」


「お、おはようございます、バースト様! ……って、あの

そのお姿は……朝の『祈りのポーズ』でしょうか?」


いつの間にか身支度を整えていたミアが

部屋の隅から目を輝かせてこちらを見ていた。

ちなみに彼女は、あの無駄に巨大でフカフカな『布の山』を

きっちりと使いこなし、とても満足そうだった。


「祈りじゃない……ただの背伸びだ。飯に行くぞ」


これ以上勘違いを重ねられる前に

そそくさと立ち上がり、部屋を出た僕。


一階の食堂に下りると、朝から脂っこい肉を焼く匂いや

酒臭い人間たちの熱気で息が詰まりそうになった。


……僕は露骨に顔をしかめ、一番隅の席に陣取る。


「お待たせいたしました!

今朝は、近くの川で獲れた魚の塩焼き定食だそうです!」


ミアが木の盆に二人分の食事を乗せて運んできた。


『魚』……その単語と香ばしく焼かれた匂いに僕の『本能』は強く反応した。


「わ……悪くないな」


「ふふっ♪ ……バースト様はお肉よりお魚のほうがお好きですか?」

「は、腹に入れば同じだ! 」


……出来るだけ素っ気なく返し

人間が使うの先の割れた銀のフォークというらしいを不器用に握った。

熱さに弱いミアだが、幸いこの魚は焼きたてではないらしく

適度に冷めていたらしい。


ともあれ……身をほぐし、口に運ぶ。


美味い……人間の食事というのは無駄に手が込んでいるが

この塩気と魚の旨味は中々のものだ。


……少しだけ機嫌を良くした僕は、黙々と自分の魚を食べ進めた。

しかし、ふと向かいの席に視線をやった時

僕は銀のフォークを持ったまま硬直することになった。


「……え?」


「んんっ? ひゃい、どふぉひまひたか?(はい、どうしましたか?)」


頬をパンパンに膨らませたミアが、不思議そうに小首を傾げる。

僕が驚いたのは、別に彼女の顔では無かった。

彼女の目の前に置かれた『木皿の状況」に驚いていたのだ。


……つい数分前まで、そこには僕の皿と同じように

まるまる一匹の魚が乗っていたはずだ。

だが……今の皿の上には、身の一欠片すら残っていない。


頭から尻尾の先まで見事な一本の線となった

『美しい骨』だけが残されていた。


そのあまりにも見事な食べっぷりは

前世で近所のゴミ捨て場を仕切っていた

一番食い意地の張った野良猫の物と完全に一致していた。


「お前……」

「あっ! も、申し訳ありません!」


僕の視線に気づいたのか

ミアは慌てて口の中のものを飲み込み、顔を真っ赤にして俯いた。


「その、あまりにも美味しくて……つい

無我夢中になってしまいましたっ!

その……側付きの身でありながら

こんなはしたない食べ方をして、幻滅されましたよね……?」


「は? ……いや」


幻滅どころではない。身の一欠片も残さず

ここまで完璧に骨だけにするのは、僕たちの世界でも相当な技だ。


「幻滅はしていない……見事な食いっぷりだ」

「ほ、本当ですか……!? ありがとうございます、バースト様!」


パァッと顔を輝かせたミア……やはり、変わった人間だ。

だが、彼女から漂う『陽だまりの匂い』が心地よいことには変わりないし

何より『魚を綺麗に食べる奴に悪い奴はいない』と前世の経験から知っている。


「……さて、行くぞ」

「はいっ! ……あの、バースト様。今日はどちらへ?」

「決まっているだろう? ……静かで、誰にも邪魔されない

一番日当たりの良い『屋根の上』を探す」

「や、屋根の上!? そ、それはまた、高度な偵察任務ですね……!」


また勝手に僕の行動を大層な『任務』に変換しているミアを放置し

僕は宿屋の扉を開けた……朝の冷たい空気が顔を撫でる。


僕はまだ気づいていなかった。

昨日、僕がただの八つ当たりで放った『威嚇』の痕跡と

この宿屋での『神聖なる浄化の儀式』の噂が

尾ひれをつけてこの街の暗がりに潜む連中の耳に届き始めていることに。


そして、日向を探して屋根に登りたいだけの僕の平穏が

今日も理不尽に打ち砕かれるということに。

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