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第35話:同族の毛繕いと、動く大きな箱

獣人たちの里を出て、僕たちは森に続く街道を歩いていた。


「えへへ……」


隣を歩くミアが、さっきから気味悪いほど嬉しそうに笑いながら

ピンと立った猫耳をピコピコと動かしている。


今まで隠していた耳と尻尾を自由に出せるようになったからか

その足取りはひどく軽い。


背負った荷物は『至高の毛布』だけでは無いのに

彼女は全く疲れた様子を見せなかった……だが

そんな彼女とは対照的に、僕は……ひどく不機嫌だった。


「疲れた……足が痛い」


僕たち猫という生き物は

『瞬発力』こそ頭抜けているものの『持久力』は皆無に等しい。


前世でも、部屋の端から端までを何回か全力ダッシュした後は

そのまま床に倒れ込んで数時間は寝ていたものだ。


こんな土と石ばかりの硬い道を何時間も歩き続けるなど

正直、苦痛以外の何物でもない。


「ああっ、申し訳ありませんバースト様!

先ほどの凄まじい覇気の放出で、お疲れが出たのですね!」


ミアが慌てて立ち止まり、僕を心配そうに見つめてくれた

だが、その時……僕は彼女の頭頂部にある

『三角形の耳』に目がいった。


先ほど、僕を庇い防壁魔法を展開した際にかぶった土埃と煤のせいだろう

彼女の自慢の耳の毛は、ひどくゴワゴワに乱れ汚れていたのだ。


「く……ッ」


……僕の胸の中に、猛烈な『不快感』が湧き上がった。

猫は、自分の毛並みはもちろん

心を許した仲間の毛並みが乱れていることも絶対に許せないのだ。


直後、僕は無言のままミアに歩み寄り

彼女の顔を両手でガシッと挟み込んだ。


「ひゃうっ!? ……バ、バースト様っ!?」


……僕は彼女の戸惑いを無視して

自分の手の甲を口元に寄せ、舌で軽く湿らせた。

そして、その湿らせた手で、ミアの汚れた右耳を

『ゴシッ、ゴシッ』と強めに擦り始めた。


「にゃっ、あ……っ!? そ、そこは、その……敏感、で……っ」


……ミアが顔を真っ赤にして尻尾を丸めるが

知ったことではない……汚れが落ちるまで、絶対に解放するものか。


この後、右耳の汚れを念入りに落とし

次は左耳……最後に、煤で汚れていたおでこから後頭部にかけて

毛並みを整えるように何度も手のひらで撫でつけた。

これは、仲間同士で行う『毛繕い』だ。


「……よし」


彼女の耳の毛が元のツヤを取り戻し

サラサラになったのを確認して、僕は満足げに頷いた

ようやく不快感は消え去った。


「あ、あのっ……バースト様っ……」


ふと見ると、ミアが顔から火が出そうなほど真っ赤になり

へなへなとその場に座り込んでいた。

両手で自分の耳を覆い、潤んだ瞳で僕を見上げている。


「今のはっ……そのっ……つまり。

そ……『そういうこと』……でしょうかっ……?」


「なんだ? 『そういうこと』……とは。

汚かったから綺麗にしただけだ。


ミア……お前は他に『何の理由がある』と思っている?」


僕が『事実』を伝えると、ミアは

「はぅっ」と短い悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。


かと、思うと――


「じゅ、獣人の習性においてっ……その

頭や耳を撫でる行為は『庇護下にあることの証明』ですっ!

それを、ご自身の手を湿らせてまで

直接的、且つ念入りに行うだなんて……!

これはもう、ただの従者ではなく……『王のつがい

或いは『魂の伴侶』として認められたというのがもう一つの理由かと……っ! 」


嗚呼あぁ……まただ。

また、適当な言葉を並べて勝手に『茹で上がって』いる。

ただの『毛繕い』を伴侶だ何だのと

ミアの考え方は本当に面倒くさい……でも。

今、彼女の太陽のような笑みの『原因』を否定する元気は……無い。


「か……勝手にしろ。

それより……僕はもう、歩きたくないんだ」


僕が道の真ん中で立ち止まると、ミアはハッと我に返り

「そ……そうでした!

私としたことが、王を自分の足で歩かせるなど! ……って、あっ!

バースト様! あちらをご覧くださいっ!」


そう言ってミアが指差した先……街道の脇に

先ほどの戦闘で領主の軍勢が逃げ出す際に乗り捨てていったらしい

木造の立派な『馬車』が数台放置されていた。

馬は……見当たらない。


繋ぎを解かれて逃げ去りでもしたのだろうが

車体は確りと残されている……直後

僕の目はそのうちの一台に釘付けになった。


……四角く、屋根がついており、入り口は狭い

そして窓には、分厚い布が掛けられ

外の光を完全に遮断出来る構造になっている。

これは、中の様子がわからない『四角い箱』だ。


直後、僕は吸い寄せられるようにその馬車に近付き

狭い入り口から中へと滑り込んだ。


「おお……」


中も最高だ……座席はフカフカ、空間は僕とミアが入り

彼女の背負っている荷物を入れれば絶妙に狭く成ってくれるだろう。

屋根があるおかげで、外の風も鬱陶しい光も完全に遮断されている。


「完璧な箱だ……ミア、荷物と毛布をここに敷け。

そして、この『箱』を動かせ……」


僕が座席の上で丸まりながら命令すると、ミアは


「は、はいっ! ……って、この馬車

『魔道機関』が搭載されているようです!

これなら、私の魔力を流せば馬なしでも動かせます!


って……バースト様、どこへ向かえばよろしいのでしょうか?」


「どこでもいい。日当たりが良くて

静かで……且つ『やかましく』なくて、嫌な匂いのしない縄張りにしろ」


そう伝えた直後、僕はミアが広げてくれた『至高の毛布』に顔を埋め

目を閉じた。


「承知いたしました! ……王の新たなる玉座に相応しい、安住の地へ!

この『王室専用車』で、世界の果てまでお供いたします!」


相変わらずと言った様子でそう気合いを入れたミア

直後、馬車がガタゴトとゆっくり動き始めた。


……揺れが不愉快だったが

狭くて薄暗い『完璧な箱』の中での微睡みは

歩き疲れた僕の体を心地よく溶かしてくれた。


「ふわぁぁぁっ……」


こうして僕は、偶然見つけた『動く箱』を手に入れ

自分でもどこへ向かっているのかわからないまま

新たなる縄張り探しの旅を続ける事と成った。


筈、なのだが――

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