第34話:極限の怒りと、本気の威嚇
『恐怖』は消え去った……僕は、ゆっくりと
だが、岩のように硬い決意を胸に木箱から立ち上がった。
頭上からは、魔術師部隊が放った無数の炎と氷の礫が
続々と雨のように降り注ごうとしている。
「バ、バースト様……ッ! 駄目です、伏せて……!」
限界を超えた魔力展開で息さえ苦しそうなミア
そんな彼女の肩をポンと叩き制した僕は
彼女の前に進み出た――
「ほう……? ようやく死を受け入れる気になったのかな?」
――男は、柵の向こうで扇を口元に当て下劣な笑い声を上げた。
風に乗って猛毒の匂いが、鼻を突く……だが、その匂いすら
今の僕には、既に唯の『不快な異物』でしかなかった。
僕の縄張りを荒らし、僕の静かな昼寝の時間を奪い
あろうことか、僕が心を許した『同族たち』を傷つけ
あんな猛毒の匂いを撒き散らした。
――絶対に、許さない。
僕は両足を肩幅に開き、大地をしっかりと踏みしめた。
エルフ製の『作務衣』は、どんなに激しく動こうとも
全く布が突っ張らない……嗚呼、全てが僕を支えてくれている。
これなら『全力』が出せる――
「スゥゥゥッ……」
――僕は両足を肩幅に開き、大地を確りと踏みしめた。
そして、全身の筋肉をバネのように引き絞り
肺の奥底、限界の限界まで深く空気を吸い込んだ。
「な、何をするつもりだ? ……や、やれ! その男を灰にしろ!!」
男のヒステリックな号令と共に
上空から僕とミアに向かって一斉に降り注いだ大量の礫。
……だが、問題ない。
直後、己の縄張りと仲間を護るため
最大級にして『本気の威嚇』を放った――
「シャアァァァァァァァァッッッッッ!!!」
――それは、もはや音ではなかった。
僕の喉の奥から放たれた極度に圧縮された空気は
巨大な『物理的な破壊の嵐』となって
降り注ぐ礫を完全に粉砕したのだから。
ドガァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!
「なっ!? ……なんだこれはッ!? 」
僕に向かって降り注いでいた全ては
『嵐』を前に、まるでロウソクの火のように一瞬でかき消された。
それだけではない……僕の口から放たれた
『覇気』とも呼べる凄まじい衝撃波は
里の柵を全て吹き飛ばし、その向こうにいた領主の軍勢を
文字通り、紙切れのように空高く吹き飛ばしたのだ。
…僕の鼻を刺激していた忌々しい『柑橘の匂い』も
衝撃波と共に大気のかなたへと完全に消し飛んだ。
「ひっ!? ……ぐべぁっ! ……ひぎぃぃぃぃっ!?」
……軍勢の遥か後方にいた『男』も無事ではなかった。
吹き飛んでくる自軍の兵士たちと
肌を突き刺す暴風の圧力に悲鳴を上げた直後
彼が身につけていた過剰な金や宝石の装飾は粉々に砕け散り
扇はへし折れ、丸々と太った体は地面を無様に転がり回った。
そして、漸く……嵐が止む。
静寂が戻った戦場には、数千の兵士たちが泡を吹いて気絶し
恐怖で完全に意識を失って折り重なっていた。
男もまた、泥だらけの姿で白目を剥き
恐怖のあまり完全に失禁して気絶していた……圧倒的だ。
ただ一息の『威嚇』による、一方的な蹂躙だ。
「……フン」
僕は、ゆっくりと歩み寄り白目を剥いたまま動かない『男』を見下ろした。
肥え太ったこの男は、ただの肉の塊だ……『問題』が在るとすれば
コイツが『食べられるような代物では無い事』だろうか?
「こんな奴の匂いに……僕は、怯えていたのか」
……僕はひどく不愉快になり、無意識のうちに右足で
気を失った『男』に向かって
ザッ、ザッ……と『砂を掛けた』
それは、僕たち猫が自らの排泄物や不快なものを隠す時の行動だ。
「そのまま土に還れ……って、こんなのが混じったら土壌が腐るか」
……僅かに収まった不快感
直後、鼻を鳴らし乱れた『作務衣』の襟を直した僕は
直ぐにミアたちの待つ里へと戻った。
「ば、バースト様っ……!?」
……ミアが
『信じられないものを見る』ような目をしてへたり込んでいる。
『灰色のボス』をはじめとする獣人たちも
柵の残骸の向こうに広がる光景から目を外せなくなったのか
声すら出せずに硬直していた……だがそんな中。
「な、なんという……」
『灰色のボス』が、ワナワナと震えながら僕の前にひれ伏した。
「王の怒り……龍之咆哮!?
たった一喝で、数千の軍勢と高位魔法を灰燼に帰すとは……!
我ら『牙の氏族』のため……そしてこの里のために
これほどの御力を振るってくださるとは……っ!
さらには、無様な姿を晒す敵将に対し、あえて土を被せることで
『貴様は土塊にも劣る』という究極の侮蔑を示されたのだ!!!
皆のものよ! ……王の慈悲深き御心と、無敵の力に最大限の感謝をっ!!」
……そんな『灰色のボス』の称賛を皮切りに
獣人たちが、次々と涙を流しながら地面に額を擦り付け始めた。
と言うか……また適当なことを言っている。
咆哮? 侮蔑?
「か……勘違いするな」
僕は、不機嫌に顔をしかめ、彼らに背を向けながら続けた。
「あの酷い匂いと、やかましい音が鬱陶しかったから……
……だから、黙らせただけだ」
わざと冷たく言い放つ……実際
僕の睡眠を邪魔したことへの腹いせが半分以上を占めているのだから
きっと、これは嘘ではない……だが、僕の発言を聞いた獣人たちは
なぜかさらに感動して咽び泣き始めた。
「ああっ! ……どこまでも照れ屋で
我らを護るために強がって下さる気高きお方だ!……バースト様、万歳っ!!」
……などと喚いている。
ん? ……て、照れ屋?
つ、強がり? ……違う!
そんなつもりは無いッ!!! ――
「や……やかましいぃぃぃッ!!!」
――ダメだ。
この里は、少し『やかましく』なりすぎた。
おまけに、先ほどの衝撃波の余波で
僕のお気に入りだった『四角い木箱』までもが
無残にひし形に歪んでしまっている。
「最悪だ……寝床が壊れた。
もう……僕は行く」
「なっ……バースト様『行く』とは……一体どちらへ!?」
『灰色のボス』が慌てて顔を上げるのを無視し
僕は里の出口に向かって歩き出した……どこへと問われても、目的などない。
唯、もっと静かで……『フカフカ』で嫌な匂いのしない
『やかましく』無い完璧な寝床を探すだけだ。
それに……僕が居たら
こいつらはまた、危ない目に遭うだろうから――
ザッ、ザッ。
――僕が森に向かって歩き出すと、すぐ後ろから
パタパタと軽い足音がついてくるのが聞こえた。
振り返ると、猫耳をピコピコと動かしながら
小さな荷物を背負ったミアが小走りでついて来ていた。
「……何をしている」
僕がジロリと睨むと、ミアは少しだけビクッとした後
えへへと照れ臭そうに笑った。
「私……どこまでも、お供いたしますっ!
私はバースト様の『側近』ですから!」
「なッ……って、ついてくるな。足手まといだ」
「そんなこと言わないでくださいよぉ!
私、こう見えても野営の準備とか得意ですし
バースト様のお背中を掻くのも上手ですよ?」
……僕の『冷たい言葉』を完全に受け流し
ミアは僕の隣に並んで歩き始めた……そのしなやかな尻尾が
嬉しそうに左右に揺れている。
「か……勝手にしろッ! ポンコツ娘ッ!」
僕は悪態をつきながらも、それ以上は彼女を追い払わなかった。
……『足手まとい』なのは事実だが
彼女から漂う『陽だまり』の匂いは……決して悪くない。
それに、あの『至高の毛布』を
しれっと持って来てくれていることには、感謝をしなければ。
「はいっ! 勝手にしますっ♪ 」




