第31話:硬い抜け殻と、エルフ製の新しい『毛皮』
「んん……っ……」
木箱の中……僕は不快感と共に目を覚ました。
箱のサイズ感は相変わらず最高なのだが
どうにも体の表面がゴワゴワとして気持ちが悪い。
……箱から這い出て自分の体を見下ろすと
着ている服が、土埃や森の葉……そして
先日の全力疾走でかいた汗のせいで
すっかり硬くこわばってしまっていたのだ。
「嗚呼……最悪だ」
僕たち猫は、毛並みの乱れや汚れを何よりも嫌う。
常に清潔でサラサラの状態でなければ、落ち着いて昼寝もできない。
自分で舐めて綺麗にしようにも
この人間の布というやつは唾液を吸い込むだけで
一向に綺麗になってはくれなくて――
「ミア」
――僕が不機嫌な声で呼ぶと、広場の隅で里の獣人たちと
深刻そうに話し込んでいたミアが慌てて飛んで来た。
「は、はいっ! ……いかがなさいましたか? 我らが王よ!
王国軍の残党が戻ってくる兆候でも!?」
「仰々しい呼び方は止めてくれ、それと……脱がせてくれ。
この服は……もう、捨てる」
僕が両腕を広げて短く命令すると、ミアは
「えっ!?」と顔を真っ赤にして固まった。
「ぬ、脱がせる!? ……こっ、ここでですか!?
お……王の御身を清めるのは側近たる私の誉れですが
白昼堂々というのはその、心の準備が……っ!」
「いいから早くしろ。気持ち悪くてくつろげない」
……僕が舌打ちをすると、ミアはオロオロしながらも
僕の硬くなった上着のボタンに手をかけ、恐る恐る服を脱がせた。
直後、汚れきった服が地面に落ちる。
風が直接肌を撫でて、漸く少しだけスッキリした。
だが、人間の皮膚というのは
毛が生えていなくてひどく無防備だ。
このままでは少し肌寒いし、絶対に怪我をする。
「ミア……代わりの『毛皮』はないか? 」
そう問いつつ振り返った瞬間
『灰色のボス』は獣人の若者たちに対し命令し
『見事な装飾が施された長細い木箱』を運ばせ、僕の前に置いた。
そして――
「……王よ!
ご自身の聖なる闘気と敵の返り血で穢れた武具を
惜しげもなく捨て去られるその潔さ。
まさしく真の武人……!
その、実は王の凱旋に備え我ら一族が代々守り抜いてきた
『至高の宝物』をご用意しておりましたッ! 」
そう言うと『灰色のボス』はうやうやしく木箱の蓋を開けつつ……
「これは、森のさらに奥深くに住まう
『エルフの職人』たちが、精霊の糸を紡ぎ作り上げた伝説の衣。
東方の異国より伝わったとされている
『和装』と呼ばれる代物で御座います」
……そう言った。
箱の中には、見たこともない形状の布が綺麗に畳まれ収められていた。
直後、興味を示した僕に対し
『灰色のボス』は一つ一つ丁寧に説明してくれた。
「風の精霊を宿した『着物』と『袴』
通気性を極めた『浴衣』と『甚平』。
……そして、最も動きやすく
かつて東方の武僧らが修行の際に好んでまとったという
『作務衣』でございます!!
何れも、王の新たなる『毛皮』として恥の無い物かと思います
王よ! ……どれでもお好きなものをお選びください!」
……僕は箱の中を覗き込み、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
エルフとやらが作ったこれらの毛皮……もとい。
『和装』とやらは、人間の街の布のような嫌な匂いが全くしない。
……微かに森の葉の香りと
日光をたっぷり浴びた清潔な匂いがするだけだ。
心做しか、ミアの着ている物にも
似ている気がするなと思いつつ……僕は手を伸ばし
箱の中から一番ゆったりとしていて、締め付けの少なそうな
『作務衣』と呼ばれたものを引っ張り出した。
僕たちにとって、足回りの動きを制限されるのは
致命的なストレスになる……その点、この『作務衣』は
手足の先が適度に開いていて、非常に動きやすそうだった。
「なら……これを着る」
「おおっ……! 闘う者の正装である『作務衣』をお選びになるとは!
ミア殿……王のお召し変えを!」
……ミアの手伝いで『作務衣』に袖を通した
前を紐で縛り、ゆったりとしたズボンに足を通す。
「なっ……!」
……着た瞬間、僕は思わず目を丸くした。
なんて快適なんだ……布地は驚くほど軽く
肌触りはまるで冬毛のようにサラサラとしている。
そして何より、関節をどれだけ曲げても布が突っ張る感覚が全くない。
僕はその場で軽く跳躍し、空中で体を捻り
着地と同時に大きく股を開いて四つん這いの姿勢をとってみた。
「完璧だ……これならいつでも全力で走れる」
……嗚呼、一切のストレスがない。
まさに極上の毛皮だ……僕は大満足で喉をゴロゴロと鳴らし
そのまま一番日当たりの良い『聖なる岩座』の上へとピョンと飛び乗った。
作務衣の柔らかい布地が、岩の硬さを適度に和らげてくれる。
「おおお……っ!!」
岩の下では『灰色のボス』と獣人たちが
またしても咽び泣いていた。
「……見よ!
『和装』を自身の体の一部のように使いこなしておられる王の姿を!
今の『跳躍からの四肢を地に伏せる動き』……!
あれは、東方の武術における究極の構え『地を這う龍』の型ではないか!」
「なんという洗練された動き……王国最強の騎士を沈めたのも
あの未知の武術から繰り出された一撃だったのですね!
エルフの紡ぎし武僧の衣をまとい
王はさらに隙のない武神となられたのですっ! 」
……ミアも両手を合わせうっとりとしている
『自分の着ている物は何なんだ?』と訊きたかったが
それを訊く事さえ難しい程、皆また適当な名前をつけ大騒ぎしている。
『地を這う龍』がどんな物かは知らないが
僕はただ着心地を確かめるために、猫のストレッチをしただけだ。
だが、この『作務衣』という新しい毛皮は本当に素晴らしい。
木箱と同じ位、気に入った。
「まぁ良い……これ以上
僕の毛皮を汚すような奴らが来たら、容赦しないだけだ」
僕は『作務衣』の心地よい肌触りに包まれながら
大きくあくびをして、温かい岩の上でゆっくりと目を閉じたのだった。




