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第30話:チラチラ動く光と、白銀の甲殻虫

翌朝。

四角い木の箱の中で丸まっていた僕は

地響きのような重い足音と、金属が擦れ合う耳障りな音で目を覚ました。


「んんっ……来たか」


箱の縁に両手を掛け立ち上がり

大きく背中を反らせて伸びをする……ふと、里の広場に目を遣ると

そこには、悲壮な決意を顔に浮かべた獣人たちが

ありったけの武器を手に集結していた。


「バースト様……お目覚めになられましたか」

……ミアが涙を堪えたような顔で僕の前に進み出た。


彼女の背後では『灰色のボス』をはじめとする獣人たちが

僕を護るようにして、外周の柵の方角へ陣形を組んでいる。


「……王国軍が、森を抜けてすぐそこまで迫っています。

我々が命に代えても時間を稼ぎますので

王はどうか、裏道からお逃げください……っ!」


そう、とんでも無いことを言い出したミア

だが『逃げる』意味がわからない……ここは風通しも良く

魚も美味く、何よりこの素晴らしい『木箱』がある最高の縄張りだ。

僕がここを捨てる理由など、どこにもない。


「外が、やかましい」


……僕は箱から飛び出し、獣人たちの中をすり抜け

里を囲む丸太の柵の前へ……隙間から外を覗き込む。


「成程……本当だ」


森の木々が切り開かれた丘の上

おびただしい数の人間たちが、鉄の棒や板を持って整列している。


……先日の連中が黒っぽくて地味だったのに対し

今日湧いてきた連中は、太陽の光を反射する様な

金属の殻を身にまとっていて、ひどくチカチカする。


中でも、群れの先頭で

獣に跨っている一匹は群を抜いて『チカチカ』していた。



……頭の先から爪先まで、全身が白く輝き

異常にピカピカに磨かれた『硬そうな殻』で覆われている。


「あ、あれが王国最強の矛『白銀の聖騎士団』の団長か……くっ! 」


……『灰色のボス』が唇を噛み締め、そう言った直後

白銀の殻に包まれた男は、大きく息を吸い込み

声を張り上げ――


「……野蛮なる獣どもよ!

そして、我が王国の兵を傷つけた逆賊の人間よ!


貴様らの命運はここまでだ! ……降伏は許さん。

我が『白銀の聖騎士』の誇りにかけて、貴様らを一匹残らず――」


――偉そうに剣を天に掲げた。

その瞬間だった……朝の強烈な太陽の光が

ピカピカに磨き上げられた男の白銀の殻と剣に激しく反射した。

その反射光は、一本の強い光の筋となって

柵から顔を出していた僕の足元の地面に

ピトッ……と落ちたのだ。


「……ん?」


僕の視線が、地面に落ちた『光の点』に釘付けになった。


白銀の男が動くたびに、地面の光の点も

チラチラと不規則に動き回る……右へ、左へ。

スッと動いたかと思えば、ピタッと止まる。


「……ッ」


僕を含め、猫という生き物は

壁や床に落ちた『チラチラ動く光』を見ると

それが実体のないものだと分かっていても

『本能』で捕まえようとしてしまうのだ。


……前世で、腕時計の反射光を床に照らし僕をからかった

あの忌々しい飼い主の顔が脳裏をよぎる。


嗚呼あぁ……腹が立つ。


絶対に……捕まえてやる。


「ケケケケケヶヶヶッ……!」


僕は口を半開きにして歯を打ち鳴らし

姿勢を極端に低く落とした……そして

地面で揺れる『光の点』に向かって、両手をバッと飛びつかせた。


バンッ!


だが……当然

光は僕の手のひらをすり抜け、少し先の地面へと逃げる。


「……チッ」


白銀の男が動くたびに

光の点は僕をからかうように少しずつ遠ざかり

やがて柵の外、人間たちの群れのど真ん中へと移動してしまった。


「逃さない――」


僕は光の点を追いかけるため丸太の柵を飛び越え

三千の軍勢のど真ん中へと着地した。


「な、なんだ貴様は!?」

「一体何処から……そ、空から降ってきたぞ!?」


目の前に現れた僕を見て、兵士たちがどよめき槍を構える。

だが、僕の目にはそんな有象無象の羽虫など全く映っていない。

僕の視線は、地面を這う『光の点』と……その大元である

『白銀の甲殻虫』だけに狙いを定めていた。


「貴様が、我が部隊をコケにしたという……」


……『白銀男』は僕を見下ろし、剣を構え直した。

その動作で、また光の点がチラチラと揺れる。

嗚呼あぁ……鬱陶しい。


「これ以上……僕の視界で鬱陶しい光を撒き散らすな」

僕は大地を蹴り、男に向かって一直線に跳躍した――


「愚かな! この白銀の聖鎧は

いかなる刃も魔法も通さぬ絶対の! ……」


――男が何か喚いていたが、知ったことではない。

僕は空中で身を捻り、一番光を反射してチカチカと鬱陶しい

『頭の殻』に向かって渾身の力を込めた右手を振り抜いた。


肩の関節を柔らかく使いしならせる様な平手打ち――


ゴアァァァァァンッッッッッ!!!!


――前世で、あの忌々しい飼い主が

台所と呼ばれる場所で一番大きな鉄の鍋を床に落とした時以上の

鼓膜を劈くような耳障りな大音響が響き渡った。


「グェブァッ!?」


僕の手が『頭の殻』に直撃した瞬間

白銀の甲殻虫は弾き飛び、悲鳴を上げながら

『チカチカ集団』の頭上を越え、はるか後方の森の奥へと飛んでいった。


ドスゥゥゥンッ……!!


遠くで、木が何本もなぎ倒される嫌な音が聞こえた。


「「「……え?」」」


三千の『チカチカ共』と柵の向こうで見守っていた獣人たち

皆がポカンと口を開け、時が止まったように

完全に硬直していたこの直後、僕は

『白銀男』が吹き飛んだ方向を見つめ、満足げに頷いた。


「……よし」


一番チカチカして鬱陶しかった

大元の『甲殻虫』を弾き飛ばしたおかげで

ようやく目障りな反射光が消えた。


直後……泥汚れを払い、振り返り

未だに硬直している三千の兵士たちに対し問うた。


「……まだ何か用か?

僕は今から二度寝をする……これ以上騒ぐなら

お前たちも全員……『白銀男あれ』と同じにしてやる」


威嚇のため、低く唸りながら牙を見せたその瞬間――


「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「だ、団長が、たったの一撃で……!?」

「ば、化け物だ! 逃げろォォォォォッ!!」


――最前線にいた『チカチカ共』が

武器を放り出して悲鳴を上げたのを皮切りに

三千の軍勢は完全にパニックに陥り

我先に、と背を向けて逃げ出し始め

あっという間に、丘の上には僕一人だけが取り残された。


「バ……バースト様っ!!」

柵の向こうから、ミアが顔をクシャクシャにして駆け出してきた。

「ほ、本当にご無事で良かった……っ」


「チカチカして鬱陶しかった……それだけだ」


「ご謙遜を! ……三千と言う圧倒的な物量に対し

一切の迷いなく敵陣のど真ん中へ単騎で突入し

ただの一撃で、敵の象徴たる総大将の首を打ち取るだなんて……っ!」


そう、称賛するミアに遅れる事、僅か『灰色のボス』も

柵を乗り越え僕の前にひれ伏した。


「おおお……雑兵の命には興味さえ示さず

最も戦意を挫く効果的な者のみを

あの恐ろしい『古代の呪文』と共に実行されるとは!

これぞまさしく、戦を知り尽くした覇王の兵法……ッ! 」


そんな『灰色のボス』の発言に

獣人たちは一斉に歓喜の雄叫びを上げ、僕を取り囲んで踊り始めた。


嗚呼あぁ……まただ。

ただ光を反射して鬱陶しいから叩いただけなのに

またしても深読みされている。


……だが、あの五月蝿い羽虫たちが消え去り

『縄張り』に静寂が戻ってきたのなら、結果的には悪くない。


「ミア、僕は疲れた……もう、寝る」

「ははっ! 王の凱旋に相応しい

最高の箱を温めてお待ちしておりました!」


「温め? ……誰か入っていたのか?」

「へっ? いえそういう事では……兎に角、どうぞっ!」


……この後、僕は歓喜に沸く獣人たちを放置し

あの完璧なフィット感を持つ木箱の下へと戻ったのだった。

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