第3話:『伝説の戦士』空腹には勝てない。
ザッ、ザッ、ザッ。
……僕が歩く後ろを、規則的な足音がついてくる。
嗚呼、鬱陶しい……さっきからずっと、あの『人間の少女』が
一定の距離を保って僕の後ろをついて来ているのだ。
追い払おうと何度か振り返って睨みつけてみたものの
彼女はその度に「ははーっ!」と平伏するばかりで
全く引き下がる気配がない。
「……なぜついてくる」
たまらず立ち止まり、低い声で訊ねる。
「バースト様の側付きとして、お仕えするためです!」
「頼んだ覚えはない。僕は一人で静かに過ごしたいんだ」
「ええ、伝説の戦士であられるバースト様は
常に孤独と隣り合わせ……しかし、このミアの命は
バースト様に救われたもの。
たとえ邪険にされようとも、この身を盾にしてお守りいたします!」
『ミア』……と名乗った少女は
胸の前で両手をギュッと握り締め、目をキラキラと輝かせている。
……嗚呼、話が全く通じない。
そもそも『盾になる』と言っても
犬ころ一匹に腰を抜かしていたあの気の弱さで
一体どうやって……いや、まぁ良い。
人間の考えることは昔からよくわからない。
……溜息をつきながら、再び歩き出すと
やっぱり『ミア』は付いて来る。
本当なら、適当な木の上にでも登ってやり過ごせばいいのだろう。
だが、この二本足の体では上手く枝を飛び渡れる気がしないし
何より――
きゅるるるる。
――そんな、なんとも情けない音が僕の腹の辺りから鳴り響いたのだ。
しまった、と顔をしかめたが背後にいる『ミア』には
僕の顔は見えていなかった様で一安心だ。
しかし……猫だった頃は、数日ろくなものを食べられなくても平気だった。
だが、この無駄に大きな人間の体は、恐ろしく効率が悪いらしい。
『威嚇』で一気にエネルギーを使ったせいか
目が回りそうなほどの空腹感に襲われているのが何よりの証拠だ。
「はッ!? ……バースト様!
もしかして、お腹が空いていらっしゃるのですね……!?」
ミアがパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「ち……違う。腹が鳴っただけだ」
「この森を抜けた先に、小さな宿場町がございます。
そこで私が、バースト様に極上の食事をご用意させていただきます!」
『人間の街』……瞬間、僕の背筋に不快なものが走った。
騒がしくて、臭くて……石を投げてくる様な奴らがうじゃうじゃいる場所。
そんなところへ行くくらいなら、その辺の草でも齧っていた方がマシだ。
「行かない。人間が大勢いる場所など御免だ」
「えっ……? あ、そうですよね!
伝説の戦士であるバースト様が、安易に人前に姿を現せば
街中が大騒ぎになってしまいますものね……」
……また勝手に納得している。
だが、空腹はどうにもならない。
今の僕の体には、獲物を裂く鋭い爪も牙もないのだ。
狩りの仕方も分からないまま森を彷徨えば
いずれ行き倒れるのは目に見えている。
「チッ……飯だけだ。腹を満たしたら、すぐに静かな場所へ移る」
「はいっ! ありがとうございます、バースト様!」
嬉しそうに微笑む『ミア』を見て居て、僕はふと不思議な感覚に囚われた。
先ほどから気にはなっていたが
彼女の歩き方は奇妙なほど静かだった。
人間特有の『ドタドタ』……と踵を打ち付けるような
そんな無粋な足音が一切しないのだ。
……僕に人間の『服』と呼ばれる物の作りなど詳しくは判らないが
半歩先を歩く彼女の服装は、大抵の人間が着ている様な
ゴワゴワとした物とは少し違っていた。
強いて言えば、あのイケメンボス猫を可愛がっていた
近所の『変わり者の老婆』がよく着ていた
『着物』や、動きやすい『袴』というやつに近い。
足元も、僕の命を奪ったあの硬くて重いブーツではなく
足音を殺せる『草履』に似た柔らかい履物だ。
……その身軽な装いのせいもあるかもしれないが
布擦れの音すら極力抑えられた滑らかな歩き方は
まるで僕たちが獲物に忍び寄る時の足運びにそっくりだった。
それに、彼女から漂う『陽だまりのような匂い』が
どういう訳か、苛立つ僕の神経を少しだけ落ち着かせていた。
『人間は嫌い』だ……その考えは今も全く変わらない。
だが、とりあえず腹の虫を黙らせ
誰にも邪魔されない安全な寝床……出来れば
日当たりの良い屋根の上を確保するためには
しばらくこの奇妙な少女を利用するのも悪くないかも知れない。
僕は再び重い溜息を吐き、彼女の背中を追って歩き始めた――




