表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

第28話:高い場所と、沈黙の儀式

黒布を着た人間たちを追い払った事で里のざわめきは漸く収まった。

だが、僕に対する獣人たちの視線は

以前にも増して熱烈で、そして『畏れ』を感じる物に変わっていて……


「う~ん……鬱陶しいな」


……広場を歩けば、誰もが足を止め

地面に伏せて僕が通り過ぎるのを待つ。


これでは、静かに昼寝をする場所も探せない。

僕は、彼らの視線から逃れるように

里の中央にある、一際高く。そして

滑らかな表面を持つ巨大な岩……『灰色のボス』が

『聖なる陽光の岩座』と呼んでいた場所の上へとひと跳びで飛び乗った。


「……ふぅ」


岩の頂上は、ちょうど僕が丸くなるのに適した広さがあり

沈みかけた夕日の熱を微かに残していた……何より

ここなら誰からも見下ろされることはない。


僕は岩の縁に腰を下ろし、眼下に広がる里の様子を眺めた。


「おお……見ろ、バースト様が……」

「我らの里を、あの高い場所から見守ってくださっている……」


下から獣人たちのひそひそ声が聞こえるが、無視だ。

僕は彼らを見ているわけではない。

ただ、高い場所が落ち着くから座っているだけだ。

猫にとって、高い場所は縄張りを監視し

安全を確保するための最適なポジションなのだ。


……夕日が完全に沈み、里に松明の火が灯り始めた頃。

僕は自分の服の汚れが気になり始めた。


館での戦闘、森の移動……そして先ほどの威嚇。

この『器』は頑丈だが、服の汚れは普通につく……だが

猫にとって、毛並みを整える『毛づくろい』は

体を清潔に保つだけでなく、精神を安定させるための重要な儀式だ。


……僕は岩の上で、おもむろに右手を口元に運び

舌で手の甲を湿らせた、そして……その手で顔の横、耳の裏

首筋を念入りに何度も何度も擦り始めた。


ガリッ、ガリッ


静寂に包まれた里に、僕が顔を擦る音が微かに響く。


「ん……?」


ふと気付くと、下からのざわめきがピタリと止んでいた。

僕は毛づくろいの手を止め、真顔で眼下を見下ろした。

すると――


「……ッ!!」


――『灰色のボス』をはじめ、里中の獣人たちが広場に集まり

一言も発さずに僕を見上げていた。

皆、誰もが呼吸すら忘れたかのように硬直している。


「なんだ? ……」


僕は不気味になり、毛づくろいを中断し彼らをじっと睨み返した。

これは、ボス猫としての『矜持』だ。

売られた『沈黙の喧嘩』から、目を逸らすわけにはいかない。


と、思っていたら……直後、岩の直ぐ下に控えていたミアが

震える声で『沈黙』を破った――


「バ、バースト様が……ご自身を

『聖なる唾液』で清め魔力を練り上げているっ……! 」


「は? ……」


「……その、全てを見透かすような『眼差し』

これは、王だけに許される『精神統一』の儀式……バースト様は

獣人たちの魂の重さを量り、里の未来を予見されているのですね……っ!

皆さんっ! 決して……決して声を立ててはなりません!

儀式を邪魔すれば、その瞬間に里は崩壊するでしょう……っ!!」


「おぉ……なんという、なんという厳かなる儀式なのだっ!」


……ミアの発言を受け『灰色のボス』は雷に打たれたような顔になり

大粒の涙を流しながら、地面に額を擦り付ける様に平伏した。


周囲の獣人たちも、涙と鼻水を流しながら

ミアの言葉に深く頷き、さらに深く頭を下げ……里全体が

不気味なまでの静寂と異常な熱気に包まれたこの瞬間

僕は、一連の流れ全てを不愉快に感じていた。


……僕たち猫は『見つめ合う』事が『喧嘩の合図』にも成っているし

実際、目を外した方が負けなのだ。

もし『敵意が無い』と言うのなら

時々目を閉じるなり、俯くなりと言った

わかりやすい行動を取らなければ成らない。


何れにせよ……このポンコツ娘の思考回路は

僕には一生理解出来そうにない。


「だから……やかましい」


……僕は内心で毒づき、彼らの勘違いを放置し

毛づくろいの続きを始めた。


手が届かない背中は……まぁ、後でミアに掻かせるか。


……夜が深まり、空には満月が輝き始めた。

里の獣人たちから『儀式』だと思われている『毛繕い』を終えた僕は

猛烈な空腹感と、快適な寝床への欲求を感じ始めた。


「おい、ミア」

「ははっ! ……儀式は終わられたのですか? 王よ!」


岩から飛び降り、呼び付けた俺に対し平伏したような態度を取ったミア。


「腹が減った。何か持ってこい……出来ればさっきの魚がいい」

「魚? ……ああっ、承知いたしました!

『ヌシ』ですね! ……かれら獣人と共に総力を挙げて捕らえてまいります!」


「……そんな大層な相手じゃないが。

それと寝床だ……この里にある中で構わないから

一番『四角くて、体がギュッと収まる』木の箱を用意させろ」


「バースト様……戦士としての己を律するための

棺桶のような寝所をっ!? ……ああ、どこまでも気高く、己に厳しいっ!

す、すぐにご用意いたします!」


……ミアが嬉々として走り去っていく。

彼女の背中を見送りながら、僕は

『棺桶ってなんだ?』と首を傾げていたのだが……まあいい。


この後、運ばれてくるであろう新鮮な魚と

最高のフィット感を持つ四角い箱が、ちゃんとしていれば。

僕は、多くを求めない――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ