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第24話:余った肉と、四角い木の箱

太陽が森の木々の向こうへ沈み、周囲が薄暗くなり始めた頃。

腹の下の『岩座』がすっかり冷たくなってきたのを感じ

僕は、ゆっくりと目を覚ました。


「……ふぁ~っ」


あくびをしながら岩から飛び降りると

周囲には松明が焚かれ、里の獣人たちが広場に集まっていた。

その中心には、僕の顔の何倍もある巨大な獣の丸焼きが

大きな葉の上に鎮座している。


「おお……王がお目覚めになられたぞ!」


『灰色のボス』が、うやうやしく進み出て丸焼きの前に片膝をついた。


「バースト様……我ら一族を救っていただいた感謝の印として

森で一番の美味とされる『角之豚ホーンピッグ』を仕留めてまいりました。

どうか、一番美味しい腹の肉からお召し上がりください」


……獣人たちが期待に満ちた目で僕を見つめている。

彼らにしてみれば、群れのボスに一番良い獲物を献上するのは

当然の儀式なのだろう……直後、僕は丸焼きの前に歩み寄り

鼻を近づけて匂いを嗅いだ。


嗚呼あぁ……香ばしい脂の匂いがする。

悪くはない……だが、僕は数時間前

あの川で丸々と太った大きな魚を食べたばかりだ。


そもそも、この『器』は燃費がデタラメに良いらしく

まだ全くと言って良い程、腹が減っていない。


「ありがとう……だが、今はいらない」


僕たち猫は、腹が減っていない時に食べ物を出されると

それを『後で食べるために隠す』或いは

『その匂いで他の外敵を引き寄せないため、偽装工作を施す』


……という習性がある。

前世でも、キャットフードが気に入らない時や

満腹の時などは、皿の周りをカリカリと引っ掻いて

砂をかけようとしていたものだ。


……僕は丸焼きから顔を背けると、その横の地面に向かい

両手で交互にシャッ、シャッ……と土を掻き寄せた。


「……ん」


人間の手では上手く土をかけられないが、まあ『気分の問題』だ。

僕は少しだけ土を丸焼きの方へ飛ばすと、プイッと背を向けた。


「「「……えっ?」」」


水を打ったように静まり返った広場……獣人たちは

僅かに土のかかった丸焼きと僕の背中を交互に見比べて硬直している。


「ば、バースト様……? お口に合いませんでしたでしょうか……?」

『灰色のボス』が、青ざめた顔で震える声を絞り出した。


「ああ……なんということっ……!」

一方、ミアは両手で顔を覆いその場に崩れ落ちながら続けた。


「……バースト様は

『満腹だから手をつけなかった』わけではありません。


……彼は、この里に『飢えている子供たち』がいることを見抜き

一番美味しく、一番栄養のある肉を

我先にと貪るような浅ましい真似をされなかったのです……っ!」


「な、なんだと……!?」


「それだけではありませんっ!」

ミアは立ち上がり、土をかけられた丸焼きをビシィッ! と指差した。


「あの『土をかける』動作……!

あれは、食料が乏しいこの森において

肉をすぐに食べ尽くすのではなく

土中の冷たい場所で『保存』する知恵を我々に示されたのです!

『未来の備えを怠るな』という、王からの無言の教え……っ!」


「おおお……っ!!」


ミアの言葉を受け『灰色のボス』は雷に打たれたような顔になり

深く、深く頭を下げた。


「……我らのような獣風情に、己の食欲を抑えてまで

弱者への慈悲と部族の未来を説いてくださるとは……!


承知いたしました……お前達っ!

この肉は、一族の子供たちと老人たちに分け与えよ!

そして残りは、王の教え通り土室つちむろへ運べェッ!」


「「「うォォォッ!!! 王の深き慈愛に感謝をォォォッ!!」」」


……背後でまたしても大合唱が起きているが、僕は完全に無視した。

ただ満腹だったから砂をかけただけなのだが

まぁ、彼らがそれで納得するなら勝手に肉を分配すればいい。


「それよりも……寝床だ」


……岩の上は夜になると冷える。

どこか風を凌げて、暖かく眠れる場所が必要だ。


「バースト様! 寝所でしたら、あちらにご用意しておりますっ!」


すっかり僕の『側近』のような顔をしているミアが

広場の奥にある一際大きな布張りの小屋(天幕と言うらしい)を指差した。

中を覗くと、毛足の長いフカフカの獣の皮が何枚も敷き詰められ

広く、豪奢な空間が広がっていた。


「……バースト殿のため、我ら一族が持つ最高の毛皮を集め

最も広い空間をご用意いたしました!」


……『灰色のボス』が誇らしげに言う。

僕はその広大な天幕を無言で見つめ、そして。

すぐ『隣』に視線を移した……天幕の入り口の横に

毛皮を運んでくるのに使ったのだろう、空っぽになった

『四角い木の箱』が無造作に置かれていたのだ。

大きさは……人間一人がなんとか丸まって入れそうなくらいだ。


嗚呼あぁ……これだ」


僕は迷わずその四角い木の箱に近づくと

狭い縁を跨いで中に入り込み、体をギュッと丸くして収まった。


……背中と膝、そして頭に、硬い木の壁がピタリと密着する。

この『四方から適度に圧迫されている感覚』

暗くて、狭くて……外からの視界が遮られる空間。


「……完璧だ。最高の寝床だ」


広くて風通しの良い天幕など、落ち着かなくて眠れるわけがない。

猫にとって、自分の体がジャストフィットする四角い箱こそが

至高の安息地なのだ。


……僕は、箱の中で丸まりながら満足し目を閉じた。


「ゴロゴロゴロ……」


「……なっ!?」


外から聞こえた『灰色のボス』の絶句する声。


「て……天幕を一瞥しただけで捨て置き

ただの荷箱に身を収められるとは……」


「族長殿っ……お分かりに……なりませんかっ……!」

直後、ミアの涙声の囁きが聞こえてきた。


「……バースト様は、贅沢を良しとされないのです。

豪華な寝所で安寧に浸ることは

戦士としての牙を抜かれることと同義……いかなる時も戦場を忘れず

己を律するために、あえてあのような過酷な環境を選ばれたのです。

我々に対し『驕り高ぶるな』と背中で語りかけておられるのです……っ!」


「おおお……我らが王は、どこまでも気高く、そして厳しい……っ!

我らもその精神に倣い、決して贅沢に溺れぬよう心に誓おうぞ!」


……箱の外で

獣人たちがまたしても感動の涙を流し、勝手に士気を高めている。


「だから……やかましい」


僕は箱の中で低く唸り、自分の尻尾……にあたる服の袖で耳を覆った。

唯、狭い箱が好きなだけだというのに……いちいち騒がしい連中だ。

まぁ、ともあれ……この箱のフィット感は素晴らしい。


……僕は外のざわめきを適当に聞き流しながら

四方を囲まれた絶対の安心感の中で、深い眠りへと落ちていった――

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