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第21話:尖った棒と、一番大きな岩

「我らの聖域に何用か……それ以上近づくなら容赦はしない」


……鋭く削られた木槍の切先が、僕の目の前に突きつけられた。

数人の獣人たちが、毛を逆立てて低い唸り声を上げている。

彼らの瞳には、人間に対する強い警戒心と

種族を守ろうとする必死の覚悟が宿っていた。


だが、僕にとってそんな事情はどうでもよかった。


問題は、僕の目の前で、細長くて尖った棒が

小刻みにプルプルと震えながら突き出されている事だ。


……僕を含め、猫という生き物は

目の前で棒状のものをチラつかせられると

どうにも『ちょっかいを出したくなる』本能があるのだ。

魂に刻まれた猫の習性にはどうしても逆らえない。


……直後。僕は心の赴くまま、スッと右手を伸ばし。

目の前にある木槍の先端をチョイチョイッと軽く叩いてみた。


パキッ、ボロッ……「えっ?」


瞬間、乾いた音と共に

獣人の男が必死に握りしめていた木槍の先端は

まるで腐った枯れ枝のようにあっさりと折れ

地面に転がり落ちてしまった。

武器を失った獣人の男は、目を見開いて固まっている。


「驚くほど脆いな……おもちゃにもならない」


僕が不満げに呟き、残りの獣人たちが持っている木槍に視線を移すと

彼らは「ひっ」と短い悲鳴を上げて一斉に後ずさった。


「ば、化け物め……!

鉄のように硬い『鋼鉄樹』の槍を……み、皆怯えるな!

我らの命に変えても集落を! ……」


「お待ちなさいっ! このお方は敵ではありません!」

緊張が頂点に達しようとしたその時

背後からミアが身を乗り出して叫んだ。


「……このお方は伝説の戦士、バースト様!

領主の館をたった一人で壊滅させ、そこに囚われていた

あなたたちの同胞を救い出してくださったのです!」


ミアの言葉に、獣人たちが動揺したように顔を見合わせる。

僕は面倒くさくなり、腕の中に抱えていた獣人の子供を

そのまま地面にポンと下ろした。


「ほら、お前の『縄張り』だろう? ……さっさと行け」


僕が背中を軽く押してやると、子供はトテトテと前に進み出た

そして、警戒し立ち尽くす獣人たちの中

一人の女性目掛け一直線に走り寄り――


「マ……ママっ!」

「ル、ルーク……!? ああ、ルークっ!!」


――直後、女性の獣人は武器を投げ捨て

泣き叫びながら子供を強く抱きしめた。

他の獣人たちにも安堵とどよめきが広がる。


「ほ、本当だ……領主軍に攫われたルークだ! 」

「怪我も治っている……ま、まさか

この人間が助けてくれたのか……?」


「……その通りですっ! バースト様はルーク君を抱いて温め

ご自身の服を破って顔の泥を拭い、更には

魔獣と言う脅威からも身を挺し護ったのです! ……バースト様は

種族の垣根を越えた慈愛を持たれる真の強者なのですっ!」


ミアがここぞとばかりに大げさな演説を打っている。

身を挺して守った覚えはないし、泥を拭いたのは

寝床が汚れるのが嫌だっただけなのだが

まぁ、彼らが大人しくなるなら好きに言わせておけばいい。


「騒ぎは収まったか……

……敵では無いと理解したのならそれでいい」


直後、僕は彼らの感動の再会に背を向け

獣人たちの背後『隠れ里』の内部へと足を踏み入れた。


……木々に囲まれたすり鉢状の開けた土地。

その中央に、周囲の木々よりも一段高く

太陽の光をたっぷりと浴びて白く輝く

『巨大で平らな岩』が鎮座していた。


嗚呼あぁ……完璧だ」


さっきの『領主』の館の屋上は人間が多すぎて最悪だった。

だが、ここは違う……静かな森の空気、適度な獣の匂い

そして何より、岩の上の日当たりは

どう見ても、この縄張り一番の『極上の日向』だ。


僕は、迷わずその巨大な岩に向かって歩き出した。


「あっ! ま、待て、人間! そこは……!」


……背後で獣人の一人が慌てて声を上げるが、僕は無視した。


岩の前に着くと、僕は軽く膝を曲げ岩の頂上へと跳躍した。

そして、太陽の熱をたっぷりと吸い込んだ

岩の表面を確かめるように、その場でクルクルと三回ほど回り

一番『収まりの良い』場所を見つけて、ドカッと丸く腰を下ろした。


……じんわりと伝わってくる岩の熱。

風通しも良く、周囲の地面を見下ろせる完璧なポジションだ。


嗚呼あぁ……最高だ」


僕が満足げに喉を鳴らし掛けた、その時――


「……まさか。

我が部族の『族長』だけが座ることを許される

『聖なる陽光の岩座』へと、斯様に自然に

一片の躊躇いもなく腰を下ろすとは」


――獣人たちの群れが割れ、中から

灰色の毛並みをした、年老いた獣人がゆっくりと進み出てきた。

その顔には深いシワが刻まれているが

歩く姿勢には隙がなく、周囲の獣人たちは

彼に対して深く頭を下げている。

どうやらこの群れの『ボス』らしい。


……この『灰色のボス』は、岩の上にいる僕を見上げ

そして目を細めて鼻をヒクヒクとさせた。


「感じる……わかるぞ。

お主から漂う、森の獣たちすら道を譲る圧倒的な『捕食者の気配』

そして、我らの同胞を守り抜いた『強き庇護者の匂い』が」


灰色のボスはそう言って、ゆっくりとその場に膝をついた。


「我ら『牙の氏族』は、力ある者を尊ぶ。

人間の姿をしておられようと、その圧倒的な武威と

一番高い岩座を占拠する『王の器』


……我々は、あなたを新たなる『客将』として

最大級の敬意をもってお迎えいたしましょう」


灰色のボスが膝をついたのを見て

周囲にいた獣人たちも一斉に、僕に向かって深く頭を下げた。

ルークと呼ばれた子供も、母親に抱かれながら

僕に向かって嬉しそうに小さな手を振っている。


「おお……バースト様。

人間の街だけでなく、誇り高き獣人たちの里すらも

その器の大きさで平定してしまわれるとは……っ」


ミアが岩の下で、またしても両手を合わせ咽び泣いている。

だが……聖なる岩座? 王の器?

全く意味がわからない……僕はただ

一番日当たりが良くて寝心地の良さそうな場所を見つけて

そこに座っただけだ。


だが、まぁ。この心地よい日向の縄張りを

提供してくれるというのなら悪い話ではないだろう。


「好きにしろ……ただし、僕の昼寝の邪魔だけはするな」


僕が岩の上から短く言い放つと

獣人たちは「ははっ!」と力強く応えた。


何だが大げさだが、少なくとも

人間たちにそうされた時の様な嫌な感じがしない。


……とは言え、まさか

人間に崇められ街を去ったわずか数時間後に

獣人たちの隠れ里でも崇められることになるとは思わなかった。

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