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第16話:匂いの主と、無駄なキラキラ

階段を登りきった先にある廊下は

エントランスよりもさらに悪趣味な装飾が施されていた。


……壁には人間が獣を刺している様子の描かれた物(油絵というらしい)が並び

床にはこれまた動物の皮を剥いだものが無造作に敷かれている。


「気分が悪い……なぜ人間は、死んだ生き物をわざわざ飾る?」


不快感から、僕は足元の虎皮の頭を睨みつけた。

こんな死臭と花のにおいが混ざったような空間で

よくもまあ平気で生活できるものだ。

僕なら一刻も早く外に出て、土や草の匂いを嗅ぎたい。


「ひっ……!」


……廊下の曲がり角で

逃げ遅れた数人の兵士たちが僕を見て悲鳴を上げた。

彼らは武器を構えることも忘れ、壁に背を向けてガタガタと震えている。


僕は彼らを完全に無視して進んだ。

一度『威嚇』をして、それでも向かってくるなら掃除するが

最初から戦意のない羽虫を追いかけるほど、僕は暇ではない。


……甘ったるい花のにおいは、廊下の突き当たりにある

一際巨大で煌びやかな両開きの扉から漂っていた。


このにおいの濃さからして、間違いなく

この巣箱の『親玉』はこの向こうにいる。


「……ミア。お前とこいつは、ここで待っていろ」

「えっ? で、ですが、この奥にはおそらく領主が……!」

「このくささが分からないのか?

その子供に、これ以上この悪臭を嗅がせるな……『湯たんぽ』の温度が下がる」


僕はミアの手元に、抱えていた獣人の子供をそっと下ろした。

子供は僕の服の裾を離そうとしなかったが

僕がじっと見つめると、渋々といった様子でミアの手を握り直した。


「大丈夫だ……すぐ戻る」


僕はそれだけを言い残すと、目の前の巨大な扉に向き直った。

鍵がかかっているようだったが、そんなものは関係ない。


……僕は軽く右足を上げ、扉の中心に向かって無造作に踏み出した。

猫だった頃、閉まったドアを

鼻先で少しこじ開ける時のあの程度の力加減で。


『ドォォォォォォンッ!!!!』


轟音と共に、金ピカの装飾が施された厚さ数十センチの木扉が

枠ごと壁から引きちぎれ、部屋の内側へと派手に吹き飛んでいった。


……舞い上がる埃と、部屋の奥から溢れ出す殺人的な花のにおい。

僕は顔をしかめ、手で鼻を覆いながら

その悪臭の根源へと足を踏み入れた。


……部屋の中は、此処までの道のりが可愛く見えるほどの

凄まじい煌びやかさだった……壁も天井も金で埋め尽くされ

上には無数の光る水晶がぶら下がっている。


そして部屋の至る所に、色とりどりの花の入った壺が置かれ

そこからもあの悪臭が大量に放出されていた。


「……ッ、鼻が、鼻がどうにかなりそうだ……!」


あまりの臭さに、僕は頭痛さえ覚えてきた。

人間は鼻が利かないから、これほどのにおいを

『良い香り』と勘違いできるのだろうか?

本当に愚かで哀れな生き物だ。


「だ、誰だ貴様ァッ!

領主である私の神聖なる自室に、土足で踏み込むとはァッ!!」


……部屋の奥

フカフカの巨大な椅子に座っていた男が金切り声を上げた。


小太りで、顔中が脂肪でテカテカと光っている。

そして何より、此奴自身が着ている服が一番キツい花のにおいを放っていた。

以前路地裏で喚いていた小太りの羽虫を

さらにデカく、とてつもなく臭くしたような。


……間違いなく、この巣箱の親玉だ。


「お前か……この悪臭の元凶は」


僕は『領主』とやらを冷たく睨みつけた。

ただの掃除のために来たが、このにおいのせいで

僕の苛立ちは頂点に達していた。


「あ、悪臭だと!? ……無礼なッ!

これは東方の国から取り寄せた、最高級の香水だぞッ!?

貧乏人のよそ者にはわからぬ高貴な……」


「黙れ……やかましい」


僕は領主の言葉を遮り、一歩踏み出した。


「お前が何を体に塗りたくろうが、勝手だ。

だが、その悪臭を外に撒き散らした挙げ句、お前は僕の縄張りを汚した。


……それは許されない事だ」


「な、縄張り……? 何を言っているのだ、貴様は……!

へ、兵士っ! 兵士はいないのかッ! ……誰か、この狂人を捕らえろッ!」


『領主』が慌てて周囲を見回すが、誰も現れない。

あのシワだらけのオスが倒され、他の兵士たちも逃げ出した後だということを

こいつはまだ知らないらしい。


「無駄だ。お前の羽虫どもは、皆逃げた」

「ば、馬鹿な……ゼノスが、私の軍が……っ」


……顔面から恐怖で血の気が引いていく。

オスは立ち上がり、椅子をなぎ倒しながら部屋の奥へと後退った。


「く、来るなッ! ……私はこの街の領主、ヴァイルマント男爵だぞッ!?

わ、私を殺せば王国軍が黙っては……!」


「殺す? ……そんな面倒なことはしない」


僕は、領主が後退った壁際にあった一際巨大な花の壺を見つけた。

背丈ほどもある、巨大な壺だ……直後、僕は

その壺を、片手で持ち上げ――


「お前が好きな、その『最高級のにおい』だ。

骨の随まで堪能させてやる……」


――領主に向かって真っ直ぐに投げつけた。

前世で、高い場所にある目障りなものを

前足で無造作に払い落としていた時の様な感覚で。


『ドシャァァァァァァァンッッ!!!!』


壺はオスの顔面に直撃し、凄まじい音と共に粉砕された。


大量の割れた陶器の破片、そして

壺になみなみと注がれていた『むせ返るような匂いの濁り水』と花の残骸が

そいつの頭から全身にかけて、これでもかと浴びせかけられた。


「あ、ぶっ、ぐ、がァァァァァァッ!!」


オスは、割れた陶器の衝撃と

自分自身が愛したはずの臭い花と濁り水の嵐に包まれ

悶絶しながら床に転がった。


……部屋中に、これまで以上にむっとするような匂いが充満する。


「本当にくさいな……だが、少しは綺麗に出来た」


僕は服についた陶器の破片と水滴をパパッと払い

大きな溜息をついた……これで、悪臭の源は沈黙した。

あとは、この巣箱に染み付いた臭いが消えるまで

換気をすればいいだけだ。


「……え?」


不意に、部屋の入り口から声がした。

見ると、ミアが獣人の子供を抱えたまま

木っ端微塵になった扉の枠のところで、ポカンと口を開けて固まっていた。

子供も何が起きたかわからないといった様子で、目を瞬かせている。


「ミア……来るなと言っただろう。ここが一番臭いのだと」


僕は不機嫌に眉をひそめた。


「ば、バースト様……」

一方のミアは、粉砕された壺と、その下でうめき声を上げている

『領主』の姿を見てわなわなと震え始めた。


「わ……私、外で待つつもりでした。

でも、ものすごい音がしたから……それで、心配で……」


彼女はゆっくりと部屋の中に入ってくると

床に転がるオスを見下ろし、そして僕を

畏怖と感動が入り混じったような目で見つめた。


「伝説の戦士であられるバースト様は

領主をただ殺すのではなく、彼が最も愛し

権力の象徴としていたもので彼自身を窒息させるという

これ以上ないほど冷酷で、完璧な鉄槌を下されたのですね……っ!

なんという、深い計略……っ!」


……また始まった。

ただの手っ取り早い掃除だ。


「……なんか色々とやかましい。

それより、この街で一番静かで、日当たりの良い場所へ案内しろ」


僕はミアを完全に無視して、部屋の窓を開け放ち

外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


……土と草の匂い。悪くない、実に悪くない。


まぁ、なにはともあれ……こうして、この街の悪臭の巣箱の掃除は

僕のただの『縄張りへの執着』と『においへの不快感』によって

完璧に完了したのであった。

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