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第15話:煌びやかな巣箱と、鬱陶しい火の粉

分厚い鉄門の残骸を乗り越え、僕たちは館の中へと足を踏み入れた。


外観の無駄な巨大さもさることながら、内部もひどく悪趣味だった。

床にはフカフカとした赤い布(絨毯というらしい)が敷き詰められ

壁には金ピカの飾りが所狭しと並んでいる。


足の裏の感触が柔らかいのは評価できるが

空間全体にあの『吐き気がするほど甘い花のにおい』が染み付いていて

鼻がどうにかなりそうだった。

腕の中で丸まっている『湯たんぽ』も、不快な臭いに顔をしかめ

僕の胸元にさらに深く顔を押し付けている。


「ああ……早く済ませよう」


僕が苛立ちを隠さずにエントランスの大広間を進んでいくと

奥の階段の上から、数十人の兵士たちと共に

奇妙な格好をした人間が現れた。


……長い布を全身に巻きつけ、手には

先端が光る長い木の枝(魔法の杖というらしい)を持っている。

顔のシワの数からして、群れの中でも古株のオスだろう。


「愚かな賊め。我が大魔術師ゼノスの防衛陣を前に、生きて帰れると思うな」


シワだらけのオスが、杖をこちらに向けながら偉そうに吠えた。

そして、何やら甲高い声でブツブツと早口で喋り始めた

瞬間――


「……ッ!?」


――僕は思わず、両手で耳を塞ぎそうになった。

まぁ、片手には子供を抱えているので無理だったが。

このシワだらけのオスが発している声『呪文の詠唱』というやつは

僕たち猫の耳にとって最も不快な『高周波のノイズ』を含んでいたのだ。


窓を爪で引っ掻くような、あるいは

発情期の野良猫が威嚇し合う時の奇声のような

頭の芯を直接揺らす不快な音。


「や、やかましい……頭が痛くなる……」


僕が不快感に顔を歪めていると

後ろのミアが悲鳴のような声を上げた。


「バ、バースト様! あれは古代の炎魔術です!

あの魔力規模……ま、まさか館ごと吹き飛ばす気ですか!?」


……ミアの発言を裏付けるように

シワだらけのオスが持っている木の枝の先端へと

凄まじい熱量を持った『巨大な火の玉』が生まれ

メラメラと膨れ上がっていた。


広間の空気が一気に乾燥し

チリチリとした熱風が僕の前髪を揺らす。


「灰と化せ! 『獄炎の――』」


「……だから『やかましい』と言っている」


……僕は、その不快な甲高い音と

無駄に明るくて熱い火の玉に完全にキレた。


僕たちは、自分の顔の近くで大きな音を出されることと

熱風を吹き付けられること……人間の使う『毛を乾かす道具』のように

音と熱風を吹き出すような物のことが、死ぬほど嫌いなのだ。


……直後、オスの言葉が最後まで紡がれる前に

僕は、空いている方の手を

その巨大な火の玉に向かって真っ直ぐに突き出した。

そして、指先を軽く曲げた状態から

手のひらを弾くようにパッと開いた――


『パンッ!!』


――それは

あの忌々しい飼い主が飛ばしてきた『シャボン玉』と言う球を

空中で破裂させた時と同じ動きだった。


だが、この規格外の『器』が放ったその一撃は

凄まじい風の塊となって大広間を吹き荒れ――


「なっ……!?」


シワだらけのオスが間抜けな声を漏らした瞬間

恐らくは全身全霊で打ったはずなのだろう巨大な火の玉は

僕が放った空気の弾にど真ん中を撃ち抜かれ

まるで吹き消されるように『フッ』……と一瞬で消え去ってしまった。


……跡形もなく消え去った炎、大広間に残されたのは

ただの生温かい風と、静寂だけだった。


「あ……あれ? 私の、獄炎の……?」


シワだらけのオスが、自分の木の枝の先端と

僕の顔を交互に見比べながら、呆然と立ち尽くしている。


「あー耳障りだった……やっと静かになったな」


僕は、耳の奥に残る不快な音を散らすように首を軽く振った。


「ば、馬鹿な……」

シワだらけのオスが、木の枝を取り落としてへたり込んだ。


「あ、ありえない……無詠唱どころか

ただ手を振っただけで発生した衝撃波で

私の最大魔法の魔力構成を完全に粉砕しただと……!?

おっ……お前は一体、何百年の時を生きる魔神だというのだァァッ!?」


……魔神? 何を言っているのだろうか。

今のはただの『シャボン玉割り』だ。


「バ、バースト様……!」


背後で、またしてもミアが両手を胸の前で組み

拝むような体勢になっていた。


「……ま、魔法を魔法で相殺するのではなく

純粋な『力』で魔法そのものを消滅させるなんて……! バースト様の御力は

もはや、この世界のことわりすら凌駕しておられるのですね……っ!」


……ことわりも何も、熱くてうるさかったから消しただけだ。


「ヒィィィッ!! 大魔術師様が一撃で……!」

「に、逃げろォォッ!!」


頼みの綱だったシワだらけのオスが完全に戦意喪失したのを見て

階段に並んでいた兵士たちは武器を放り出し

我先にと奥の通路に逃げていった。


「……全く、どいつもこいつも騒々しい羽虫どもだ」


僕は大きな溜息をつくと、足取りも軽く階段を登り始めた。

あの鼻がひん曲がりそうになる甘いにおいの発生源――つまり

この巣箱の親玉だろう奴は、兵士たちが逃げていった通路の

さらに一番奥にいる筈だ。


「待っていろ。今、徹底的に掃除してやるからな」


僕は腕の中の『湯たんぽ』を少しだけ抱え直し

最も臭い悪臭の元へと一直線に歩を進めた――

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