第14話:丘の上の騒音と、金属の犬
丘へと続く石畳の坂道を登るのは、ひどく骨の折れる作業だった。
四つ足であれば、重心を低くして地面を蹴るだけで
難なく軽快に駆け上がれるというのに、この無駄に長く
不安定な二本足では、一歩ごとに体重を押し上げなければならず
ひどく効率が悪い。
「……本当に、よくこんな不便な体で生きているものだ」
僕は溜息をつきながら、片腕に抱えた獣人の子供の重さを少し直した。
子供はすっかり安心しきっているのか
僕の服の布地をギュッと握りしめたまま
僕の胸元に顔を擦り付けて、規則正しい微細な『喉鳴り』を続けている。
……その後ろを、ミアが小走りでついてきていた。
「バースト様、まもなく領主の館の正門です……!
門前には、おそらく重装兵が……」
ミアの緊迫した声を裏付けるように
坂を登り切った先にある巨大な石造りの建物の前に
物々しい集団が立ち塞がっているのが見えた。
……分厚い鉄の門の前。
そこには、頭の先から足の先まで
鈍く光る『分厚い金属の殻』を被った人間たちが横一列に並んでいた。
彼らの手には、自分たちの身長よりも長い先端に刃のついた棒が握られている。
ガシャ、ガシャ……
彼らが少し動くたびに、重苦しい金属音が響く。
その姿を見た僕は、前世の記憶にある生き物を思い出した。
縄張りの端にある大きな家で、太い鎖に繋がれていた『番犬』だ。
彼らもまた、無駄に体が大きく、やたらと大きな声で吠え
少しでも近づけばガチャガチャと鎖を鳴らして威嚇してきた。
目の前にいる金属の殻を被った人間たちも
あのやかましい犬どもと全く同じ匂いがする。
「止まれ! 貴様、何者だ!」
……ほら、やはり吠えた。
「ここは領主様の館である!
それ以上近づけば、賊とみなして容赦は……なっ!?
その腕に抱えているのは、逃げ出した獣人のガキか!」
僕が歩みを止めずに近づいていくと
金属の犬たちは一斉に長い棒の先端をこちらに向けた。
「バースト様……っ!」
背後でミアが息を呑む音が聞こえた。
「……うるさい」
僕は不機嫌に眉をひそめた。
こんな分厚い金属の殻を被って、一体何から身を守ろうというのか。
動きが鈍くなるだけで、完全に的ではないか。
「構えっ! 殺せ!」
金属の犬の一匹が吠え、こちらに向かって突進してきた。
その手にある長い棒が、一直線に僕の胸元を突き刺そうと迫り来る。
が……やはり遅い。あまりにも遅すぎる。
僕は足を止めることすらせず、向かってくる棒の先端を
空いている方の手で軽く横に払い落とした。
『カンッ!』という軽い音と共に、金属の犬の姿勢は大きく崩れ――
「なにっ!? 」
――前のめりになったその分厚い胸当てに向かって
僕は、開いた手のひらを無造作に押し当てた。
猫だった頃、生意気な犬の鼻先を『ポンッ』と押し返してやるのと同じ力加減で。
だが、直後――
『ドゴォォォォォォォォンッッ!!!!』
――空気が弾け飛ぶような轟音が、丘の上に鳴り響いた。
僕に手のひらを当てられた金属の犬は
間抜けな声を漏らす間もなく、自らが被っていた分厚い殻を
大きくひしゃげさせながら、凄まじい速度で後方へと吹き飛んだ。
そしてそのまま、後ろにあった巨大な鉄の門の中心に激突。
厚さ数十センチはあろうかという鉄の門扉は折れ曲がり
つなぎ目から千切れて館の内側へと派手に吹き飛んでいった。
……舞い上がる土埃、その後には
完全にひしゃげた鉄の門と、地面にめり込んで動かなくなった
『金属の犬』の姿だけが残された。
「……は?」
残された数十匹の『金属の犬』たちが
手に持った棒を取り落とし、石のように固まっていた。
……無理もない。彼らが頼りにしていた分厚い殻も
守るべき頑丈な巣箱の入り口も
たった一度の『押し出し』で完全に消し飛んだのだから。
「ふぅ……これで、通れるな」
僕は手のひらに付いた金属の嫌な匂いを服で拭い
ぽっかりと空いた門の跡地を通り抜けようとした。
高い壁を飛び越えることも考えたが、片手が塞がっているし
後ろの『ポンコツ(ミア)』は絶対に登れないだろうから
正面から入るしかなかったのだ。
「あ、あ、あああ……」
金属の犬たちは、僕がすぐ横を通り過ぎても
恐怖で膝をガクガクと震わせるだけで、誰一人として動こうとしなかった。
「お、恐ろしい……」
背後についてきていたミアが、ワナワナと震える声で呟いた。
「あの分厚い鋼鉄の鎧と城塞の門を、たった一撃の『掌打』で……!?
しかも、魔力による爆発ではなく
純粋な物理的な破壊力だけで粉砕するなんて……!
あれこそが、いかなる防御も無に帰す伝説の武技『鎧抜き』……っ!」
嗚呼……また仰々しい名前がついている。
ただの『犬の鼻先押し』なのだが、いちいち訂正するのも面倒だ。
「ミア……遅れるな。
さっさと一番うるさい親玉を黙らせて、昼寝の続きをするぞ」
「へっ? ……は、はいっ! どこまでもついて行きます、バースト様!」
直後、僕は。腕の中の湯たんぽ(子供)の落ちついた体温を感じながら
土足のまま、やかましい騒音の巣箱(館)の中へと足を踏み入れた――




