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第12話:見えない連撃と、一番臭い羽虫

舞い上がった木屑と土埃が晴れると

そこには尻餅をつき、間抜けな顔でこちらを見上げる人間たちの姿があった。


「な、なんだ……!? 爆発魔法か!?」

「いや、あいつだ! あの路地裏でうちの連中をやったっていう……!」


十数人の黒服と、その後ろで下品な声を上げている『ならず者』たち。

水車小屋の前の狭い路地は、不愉快な羽虫どもで完全に埋め尽くされていた。


僕は鼻先を軽く押さえながら、その集団の中心を真っ直ぐに見据えた。

十数人いる人間の中で、一際嫌な臭いを放っている男が一人いる。


ひどく派手な装飾のついた黒服を着た、小太りの男。

あいつが、あの吐き気のする甘い花のにおいの発生源だ。


「……お前か。

僕の寝床に、一番キツい悪臭を撒き散らしているのは……」

「ひっ!?」


僕の冷たい声と視線に射抜かれたかのように

小太りの男はカエルが潰れたような悲鳴を上げた。


「なっ……何をしているお前たち!

たかが男一人だ! さっさと殺せ! 串刺しにしろォッ!!」


直後、男が金切り声で叫ぶと

黒服の兵士たちが一斉に『代用の爪』を構え

僕に向かって斬り掛かってきた――


「死ねェッ、化け物!!」


――左右から、そして正面から。

複数の刃が、僕の急所を狙って同時に振り下ろされる。


だが……相変わらず、ひどく鈍重な動きだ。

とは言え数は多いから、いちいち一発ずつ払いのけていては面倒だ。


軽く息を吐き少しだけ腰を落とす、そして

迫り来る刃の群れに向かって両腕を構えた。


前世で目の前を飛び回るハエを叩き落とす時に使っていた

あの『連打』の出番だ――


――手首を柔らかく使い、左右の腕を交互に

弾くようにして前方へ素早く押し出す……ただ、それだけ。

縄張り争いの時などに多用される、僕たちの必殺技だ。


『パパパパパパパンッッ!!!!』


一瞬の出来事だった。

僕の両手から放たれた無数の衝撃波は

目にも留まらぬ速さで空間を叩き打った。


「がはァッ!?」

「ぐべッ!?」


刃が僕に届くよりも遥かに早く

皆、見えない壁に全身を滅多打ちにされたかのように

先陣を切っていた黒服たちは次々と空中に跳ね飛んだ。


……ある者は石壁にめり込み、ある者は

地面をバウンドしながら後方の『ならず者』たちを巻き込んで倒れ伏す。


「な……」


たった数秒……その場で数回引っ叩いただけで

路地を埋め尽していた羽虫の群れの大半は

ピクリとも動かなくなってしまった。


「ば、ばかな!? ……どうして詠唱もなしに……っ!!

いや……そもそも今の魔法はなんだ!? 空間が、弾け飛んだぞ!?」


残された数人が、恐怖でガチガチと歯を鳴らしながら後退りする

そんな中、腰を抜かし地面に座り込んでいた小太りの男。


「ひ、ひぃぃぃっ!!! く、来るなぁっ!!

わっ……私はっ! 領主の血を引く由緒正しき……! 」


『一番臭い羽虫』の騒がしい声に苛立ちつつも

歩み寄った僕は、直後――


「うるさい」


――男の胸ぐらを掴み、持ち上げた。

男の足が地面から離れ空中で無様にジタバタと暴れる。

甘ったるいにおいはさらに強烈に鼻を突き

僕は、限界まで不機嫌になった。


「よく聞け。二度と言うつもりはない」


――僕は男の顔に自分の顔を近づけ、低い声で唸った。


「その吐き気のするにおいを、今すぐ洗い流せ。

そして二度と、僕の縄張りにその悪臭を持ち込むな……わかったか?」


「ヒィッ……!?」


ただ、言葉で脅しただけではない。

僕は苛立ちのあまり、無意識のうちに喉の奥から

『シャアァァッ』という、威嚇の息をわずかに漏らしていたのだ。


だが、この規格外の『器』から放たれたその『威嚇』は

ただの息の音では終わらず……周囲の空気を震わせ

目に見えない圧倒的な『捕食者の殺気』となって男の精神を直接殴りつけた。


「あ、あぁぁ……ぁ……」


男は白目を剥き、口から泡を吹いて完全に意識を失った。

同時に、股間あたりから生温かい液体が染み出し

別の不快な臭いが漂い始める。


「……チッ」


僕は心底うんざりして、男をその辺のゴミのように放り投げた。


「ひ、ヒィィィィッ!!」

「あ……悪魔だ! あの男は、息を吐いただけで隊長を殺したぞッ!?」


……いいや、恐らく『死んでは』居ない。


ともあれ、此処までの状況を見ていた残りの人間たちは

完全に正気を失ったように悲鳴を上げ、我先にと逃げ出していった。

這いつくばりながら、仲間を踏み蝨ってでも逃げようとするその姿は

やはり僕には滑稽な羽虫にしか見えなかった。


……やかましい足音が完全に遠ざかり、路地に再び静寂が戻る。


「……ようやく、静かになった」


僕は服についた埃と、悪臭を払うようにパパンと両手を叩き

木っ端微塵になった扉の枠を跨いで、水車小屋の中へと戻った。


「おい……終わったぞ。目を開けていい」


……薄暗い小屋の奥。干し草の陰で

ミアが言われた通りに両手でしっかりと耳を塞ぎ

目を固く閉じてうずくまっていた。

僕の声を聞き、彼女は恐る恐る目を開け、外の様子を窺う……そこには

無残に吹き飛んだ扉と、外の路地で気絶して転がっている

十数人の人間たちの姿があった。


「……っ!」


ミアは息を呑み、信じられないものを見るような目で

僕と外の光景を交互に見比べ続けた……そして

ワナワナと震える唇を開き、ひどく掠れた声で呟いた。


「わ、私……言われた通り、ちゃんと目を閉じていました。

でも、音は聞こえていました……バースト様。

貴方は一体どれほどの『高位魔法』をお使いになられるのですか……?」


……また、適当なことを言っている。

僕は、ただ連続で手を出して

最後に少し強めに息を吐いただけだ。


だが、訂正するのはやはり面倒だった。

僕は彼女の言葉を完全に無視して

干し草の上で毛布に包まったまま

まだ少し怯えたように僕を見上げている獣人の子供の隣に

ドカッと腰を下ろした。


「……さあ、寝るぞ『湯たんぽ』の再開だ」


僕がそう言って腹を叩くと、子供は目を瞬かせた後

ふにゃりと顔を綻ばせ、再び僕の腹の上に乗っかってきた。

ゴロゴロゴロ……喉の奥を細かく震わせる心地よい音が

再び小屋の中に響き始める。


外には気絶した人間が山程転がっているが

そんなのは僕の知ったことではない。

僕は、取り戻した平穏な『日向』と極上の『湯たんぽ』を堪能するため

ゆっくりと目を閉じた――

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