7、眠れる妹の逆襲
三十日目。十三時十五分、メンバメイ宙域。
あの絶望的な二十四日目からの五日間、僕は残骸スレスレの流星号にジャンクパーツを継ぎ接ぎし、文字通り騙し騙し宇宙を飛び続けた。装甲は焼け焦げ、コンソールにはエラーの警告灯が点灯している。
だが、それでも僕たちは約束の時間を守り抜いた。
そして今日、ついに最後の「時限爆弾」――三十本目のVC-M1を積み込み、流星号はルテティアに向けて発進した。追加の武装なんて買えるはずもなく機体は身軽だったが、その分、装甲は紙のように脆い。
出発から三分後。デブリ帯を抜ける前の静かな宙域で、コンソールのレーダーに、大きな影が三つ映し出された。
中央の一隻は最新型の中型輸送船。その左右に展開しているのは、見慣れた赤黒い鉄塊――旧クロノス製の違法改造機、CX-3型だ。こちらを包囲にかかっている。
流星号の公衆通信チャンネルが、強制的にこじ開けられた。
「宇都宮。……終わりだ」
スピーカーから響いた満鷹の声は、驚くほど落ち着いていた。
激昂も、罵倒もない。それは恐怖と保身の果てに狂気が行き着いた、奇妙な平静さだった。
「どうしてこんなことになったのか、ずっと考えていたんだ。でも、簡単なことだった。ノイズが混じっただけだ。本来の正しい世界に」
「満鷹……」
「お前が消えれば、すべては事故になる。俺のキャリアは、元に戻る。白兎のトップに。ただ、それだけのことだ。……お疲れ様」
彼にとっては既に、僕を殺すことは「業務上の修正作業」に過ぎないのだ。底知れない静かな狂気に、背筋が凍った。
直後、両翼のCX-3から放たれたレーザーの閃光と電磁加速砲の弾幕が宇宙空間を走った。
流星号の残り少ないシールドが悲鳴を上げて削り取られる。コンソールのGメーターが激しく上下し、積荷の制限値である〇・八Gの境界線を舐める。僕は冷や汗を流しながら微小スラスターを叩き、致命傷だけを辛うじて避けた。だが、回避の余地はもう、どこにもなかった。
レーザーの熱が機体を焼き、焦げた金属の臭いがコックピットに充満し始める。
『左舷装甲、貫通。推進剤漏洩。回避不能です』
ポチの無機質な声が、宣告を下した。
『三対一、完全包囲。敵艦の次弾装填まで三秒。……詰みです』
操縦桿を握る手から、すっと力が抜けた。
もう、手立てがない。機体は限界で、武装はなく、逃げ道は完全に塞がれた。三十日目の、あと少しだったのに。
(……ごめん、辺見さん。約束、守れそうにない)
目を閉じた。
なのに、まぶたの裏が、ほんの微かに、温かく光った気がした。
――違う。これは、閃光じゃない。
僕は弾かれたように目を開けた。
ダッシュボードの上、動かないはずのピンク色の球体――タマのランプが、勝手に点灯していた。
そして、もう一度。今度ははっきりと、脈打つように光を放つ。
『待ってください』
ポチの声から、いつもの平静さが消えていた。
『通信系に、私ではないアクセスがあります。信じられません、当機のシステムを迂回して、外部へ指向性電波が……』
「なんだって?」
答えを待つまでもなかった。
異常は、目の前の宇宙空間でも起きていた。
とどめを刺すはずだった満鷹の艦隊の砲門が、突如として沈黙したのだ。
『どうした、なぜ撃たない! CX機、応答しろ!』
通信チャンネルから、満鷹の静かな狂気が崩れ去る声が聞こえる。
『だ、駄目だ! 操縦桿が動かねえ! システムが……システムが勝手に……!』
海賊たちの悲鳴が交差する。二隻のCX-3は、推進剤を不自然に噴射させながら、その巨体を奇妙な角度へと歪め始めていた。
『解析完了』
ポチの声が、微かな震えを帯びてコックピットに響いた。
『旧クロノス社の保守用バックドアを利用した、強制オーバーライド。アクセス元……』
ポチは、ほんの一瞬だけ沈黙し、答えた。
『……「タマ」です』
「タマ……お前」
僕は隣を見た。ピンク色の球体は、旧世代の同胞たちの『中枢神経』に直接語りかけるように、静かに光り続けている。
『敵艦二隻の姿勢制御OSを、完全掌握』
タマの内部ランプが、最後にもう一度だけ、これまでで一番力強く点灯し、コンソールに一瞬だけメッセージが流れた。
『Nav-AI “TAMA” : Priority User…』
『UTUNOMIYA-SAN … confirmed.』
タマが下した絶対的なシステム命令に従い、海賊船二隻は一切の躊躇なく、指揮官機である満鷹の中型船へと機首を突っ込ませた。
音のない凄まじい衝撃。
三隻の船体は、宇宙空間で不格好にもつれ合うように激突し、装甲をひしゃげさせながら絡み合った。推進剤が漏れ出し、姿勢制御を完全に失った三つの鉄塊は、無様なスクラップとなって虚空へと流されていく。
同時に、宙域の公用・警察通信チャンネルに、一つのシグナルが自動発信された。
『警告。当該宙域内に、旧クロノス社廃棄船の違法改造機体、および違法サルベージ活動の証拠を確認。近隣警備艇へ緊急臨検を要請する。――発信者:ナビ7シリーズ、識別コード「TAMA」』
静寂が戻った宇宙。敵の自滅を見届けた直後、流星号の船体を激しい揺れが襲った。
三隻が衝突した際に発生した大型のデブリが、無防備な流星号の船体下部を容赦なく抉り取ったのだ。
『警告。メインエンジンの冷却器が完全に沈黙。熱暴走を開始しました』
ポチが素早く状況を再計算する。
『メルトダウンまで、残り十九分』
「ポチ、ルテティアまでの直線距離は」
『最短ルートで十七分。着けます。が、着いた瞬間にエンジンは死にます』
「上等だ。死ぬ前に届くなら、俺たちの勝ちだ」
僕は操縦桿を強く握り直し、ダッシュボードの小さな相棒に目を向けた。
「タマ……お前、最高のナビAIだよ。あと少し、ルテティアまで力を貸せ」
ピンクの球体は、返事の代わりに、もう一度だけ微かに、優しく光った。
――そして、それきり、二度と光ることはなかった。




