075 硝子職人の工房は暑すぎますが、灯りは見たいですわ
灯り屋で受け取った木札を手に、運河の奥の硝子工房へ向かいます。
霧の町は寒いのに、工房の中だけは冬を忘れるほど暑いようです。
「外は寒いのに、暑い場所へ行くというのは、少し納得がいきませんわ」
翌日のルミエラは、朝から霧が薄く残っていた。
夜ほど濃くはない。
けれど、運河の水面から白い息のようなものが立ち上がり、石橋の下をゆっくり流れている。濡れた石畳は、昼の光を受けても乾ききらず、黒くしっとりしていた。
白銀列車の中は、いつも通り暖かい。
いつもの席には灰緑の毛布があり、そばには蜜蝋の木箱があり、低卓には朝の茶が置かれている。
窓越しに見るルミエラは、今日も美しい町だった。
ただし、外へ出ると袖が湿る。
「お嬢様、工房までは運河沿いを少し歩きます」
ルークが外套を整えながら言った。
「少し、とはどのくらいですの?」
「お嬢様のお足元を優先して歩く場合、十分から十五分ほどかと」
「霧の町の十五分は、普通の町の三十分くらい袖を湿らせそうですわね」
「そのため、外套は昨日より湿りを弾くものにしております」
「頼もしいですわ」
「工房に入れば、今度は暑くなるそうです」
「外套の存在が、急に迷子になりますわね」
ノアは、灯り屋から渡された木札を見ていた。
木札の端には、小さな硝子灯りの印が押されている。裏には、運河沿いの道順と、工房名が彫られていた。
「炉を使う工房なら、かなり面白いと思いますよ。硝子の濁りをどう作るのか見られるかもしれません」
「ノアは昨日から楽しそうですわね」
「光をまっすぐ出さないための硝子ですよ。普通は透明にしたがるのに、わざと濁らせるんです。面白いに決まってます」
「透明なものを、わざと透明にしない」
「はい」
「少し分かる気がしますわ。夜も、はっきり見えすぎると疲れますもの」
アベルは厨房の方から、小さな水筒を二つ持ってきた。
「冷たい茶だ。工房でのぼせる前に飲め」
「まだ行く前から、のぼせる前提ですの?」
「炉は舐めるな」
「料理人の顔になりましたわ」
「火は火だ。鍋でも炉でも、近づけば暑い」
「硝子を見に行くのであって、火に焼かれに行くのではありません」
「近いところに立てば、だいたい同じだ」
私は水筒を受け取った。
冷たい茶が入っているらしい。ルークがすぐに、もう一本を自分の荷物へ入れた。
準備が早い。
そして、少し不安になるほど実用的だった。
白銀列車の扉が開くと、霧の冷えが入ってきた。
昨夜の灯り市ほど人は多くない。
けれど、昼のルミエラは静かすぎるわけでもなかった。水路のそばでは魚の箱を運ぶ人がいて、橋の上では濡れた布を担いだ職人が歩いている。夜の硝子灯りはまだ火を落とし、店の軒下で眠っていた。
夜に美しかった町は、昼にはよく働く町になるらしい。
「足元、気をつけてください」
ノアが言った。
「昨日滑りかけたので、今日は慎重です」
「慎重なティア、珍しいな」
アベルが言う。
「霧の石畳には、少しだけ敬意を払うことにしました」
「敬意というより警戒だな」
「似たようなものですわ」
運河沿いの道を歩く。
外套の裾が、わずかに湿った空気を撫でる。石畳の隙間には、細い水が残っていた。橋を一つ渡るたび、運河の冷たい気配が足首へ触れる。
やがて、霧の奥から赤い光が見えてきた。
灯り市の赤ではない。
赤い硝子の灯りでもない。
もっと奥から、熱そのものが漏れているような色だった。
「あれが工房ですか」
ノアの声が明るくなる。
「光というより、炉ですわね」
「炉ですから」
「正論ですけれど、あまり近づきたくない赤です」
アベルが工房の煙突を見上げた。
「いい火だ」
「料理人として言っていますの?」
「火を見る目として言っている」
「同じでは?」
工房は運河から少し奥へ入った場所にあった。
石造りの低い建物で、屋根には太い煙突が二本ある。扉の上には、硝子の覆いをかぶせた小さな灯りの印。壁際には、砂袋と木箱が積まれ、使い込まれた鉄の道具が立てかけられていた。
扉を開ける前から、熱が分かった。
ルミエラの霧は、布へ入る。
工房の熱は、頬へ来る。
ルークが扉の前で私を見る。
「お嬢様、暑さを感じられましたら、すぐにおっしゃってください」
「入る前から、もう少し感じております」
「では、長居は避けましょう」
「灯りは見たいです」
「承知しております。無理のない範囲で」
「白銀列車へ帰る前提の外出は、たいへん心強いですわね」
扉を開けると、冬が一歩で消えた。
熱い。
思わず、私はその場で止まった。
外では袖を湿らせていた霧が、工房の中では一瞬で遠いものになった。頬が熱い。鼻の奥も熱い。木と鉄と灰と、焼けた砂のような匂いがする。
炉があった。
奥の大きな炉の中で、橙色の火が揺れている。
火というより、口を開けた太陽の欠片のようだった。周囲の空気がゆらゆら歪み、鉄の道具の縁が赤く照らされている。
「……冬を入れ忘れた建物ですわ」
私が言うと、低い声が返ってきた。
「冬なんぞ入れたら、硝子が固まる」
炉の横に、一人の老人がいた。
背はあまり高くない。
けれど肩と腕が太く、手の甲には細かな火傷の跡がある。白い髪は後ろで雑に束ねられ、眉は濃く、目は炉の火よりも鋭かった。
革の前掛けをつけ、長い鉄の棒を片手に持っている。
この人が、灯り屋の言っていた硝子職人らしい。
私は木札を差し出した。
「灯り屋の方から、こちらへ伺うようにと言われました」
老人は木札を見て、鼻を鳴らした。
「あの女が寄こしたのか」
「はい」
「面倒な客だと言っていたか」
「それに近いことは言われましたわ」
「なら、合っている」
初対面から、ずいぶん遠慮のない人である。
ノアはすでに炉と道具に目を奪われている。
「この炉で覆いを作るんですか?」
「見るだけなら、そこに立て。近づくな。硝子は綺麗な顔をして、触ると皮を持っていく」
「はい」
「返事が早いやつは、だいたい後で近づく」
「気をつけます」
「ルーク、ノアを捕まえておいてくださいませ」
「承知いたしました」
アベルは炉を見て、短く言った。
「この火なら、肉も焼けるな」
老人の眉が動いた。
「硝子を見に来たのか、肉を焼きに来たのか」
「火が良かった」
「火は良いに決まっている。悪い火で硝子は溶けん」
「料理もそうだ」
「ほう」
なぜか、老人とアベルの目が少し合った。
火を見る者同士、通じるものがあるのかもしれない。
「私は焼かれに来たわけではありませんわ」
私が言うと、老人は私を一瞥した。
「なら、炉の正面に立つな」
「もう少し早く言ってほしかったですわ」
「言われる前に熱いと分かれ」
「分かりましたので、一歩下がります」
ルークがすぐに私を炉の正面から少し外した。
それだけで、熱の当たり方が違う。頬の熱は残るが、息が少ししやすくなった。
「お嬢様、水を」
「ありがとうございます」
冷たい茶を少し飲む。
喉を通る冷たさが、工房の熱の中でやけにありがたかった。
老人は、作業台の上に小さな硝子片をいくつか並べた。
透明なもの。
琥珀色のもの。
乳白色に濁ったもの。
薄く蜂蜜色が流れたもの。
細かな泡を含んだもの。
「灯り屋から聞いている。客に見せる灯りじゃない。席の横に置く灯りだそうだな」
「はい」
「部屋の真ん中に置く灯りは、客に見せる灯りだ」
老人は、透明な硝子片を摘まみ上げた。
「よく光る。よく目立つ。店には向く。広い部屋にも向く」
次に、琥珀色の硝子を取る。
「椅子の横に置く灯りは、帰ってきた者の灯りだ」
私は、その言葉に息を止めた。
「帰ってきた者の灯り」
「そうだ。明るすぎると休まらん。暗すぎると役に立たん。目立ちすぎると邪魔だ。弱すぎると寂しい。面倒な場所だ」
「面倒ですわね」
「だから、面白い」
老人は、硝子片を炉の光へかざした。
琥珀色の中で、白い濁りがふわりと浮いた。
「お前さんが欲しいのは、これに近い」
「分かりますの?」
「灯り屋が書いて寄こした。茶の湯気、毛布、顔色、飯、本、眠気。注文が多い」
「やはり多いですのね」
「多い。だが、悪くない。使う場所を言えない客よりずっといい」
老人は、作業台を指で叩いた。
「灯りは、光を作る仕事じゃない」
「違いますの?」
「影を作る仕事だ」
ノアが目を輝かせた。
「影を?」
「そうだ。全部明るくしたら、ただの昼だ。夜の灯りは、見えるところと見えないところを決める。何を柔らかく見せて、何を夜に残すか。それで落ち着くかどうかが決まる」
「なるほど……」
ノアが本気で聞き入っている。
私も、かなり本気で聞いていた。
何を照らすか。
何を照らさないか。
それは、白銀列車の夜にとても似合う考え方だった。
「では、硝子の濁りは、夜を残すためですの?」
「少し違う。濁りは、光を急がせないためだ」
「光を急がせない」
「透明な硝子は、光をそのまま出す。強い光なら強いままだ。濁りを入れると、光が中で少し迷う」
「迷子の湯気と似ていますわね」
「何だそれは」
「昨日、灯りのそばの湯気が綺麗でしたの」
「そうか。茶を飲む灯りか」
「はい」
「なら、光も少し迷った方がいい」
老人は鉄の棒を炉へ差し入れた。
炉の奥で、棒の先が赤くなる。
やがて、先端にどろりとした硝子が巻き取られた。溶けた硝子は、橙色に光っている。蜜のようでもあり、火のしずくのようでもあり、小さな月を炉から取り出したようでもあった。
「……月が溶けていますわ」
私が思わず言うと、老人がちらりと見た。
「詩を言う客は苦手だ」
「感想ですわ」
「なら短くしろ。硝子は冷める」
老人は棒を回した。
溶けた硝子が、棒の先で丸くなっていく。少し傾ければ垂れそうなのに、落ちない。火の色をしているのに、ゆっくり形を持ち始める。
ノアが小声で言った。
「すごい……温度が下がる前に形を作ってる」
「当たり前だ」
老人が言う。
「硝子は待たん。待たせるなら、こっちが手を早くする」
「でも、急ぎすぎると?」
「歪む」
「なるほど」
「分かった顔をするな。十年早い」
「はい」
アベルが炉を見たまま呟いた。
「火が強いだけじゃ駄目なんだな」
「強いだけの火は、だいたい下手だ」
老人が即答する。
「料理もそうだ」
「やっぱり同じではありませんの?」
私が言うと、アベルと老人が同時にこちらを見た。
少しだけ、似た顔だった。
老人は溶けた硝子に、白い粉のようなものを少し加えた。
それから、薄い琥珀色の硝子片を重ねる。
棒を回すたびに、橙色の中へ白い筋がゆっくり入っていった。
「その白いものが、濁りですの?」
「そうだ。入れすぎると眠い灯りになる」
「眠い灯りは、悪くない気もします」
「寝るだけならな。読むなら駄目だ」
「確かに」
「薄すぎると、光が尖る。濃すぎると、茶の湯気が死ぬ」
「湯気が死ぬ」
「見えなくなるという意味だ」
「表現が強いですわ」
「職人は弱い言い方をしない」
ルークが、私の顔を見た。
「お嬢様、頬が赤くなっております」
「炉のせいです」
「少し下がりましょう」
「ですが、今が」
「見えます。こちらへ」
私は名残惜しく思いながら、一歩下がった。
それでも、炉の光は十分に見える。熱も、十分すぎるほど届く。
頬が熱い。額にも少し汗が浮いてきた。
「冬の町にいるはずなのに、顔だけ夏ですわ」
私が言うと、老人が鼻で笑った。
「硝子の夏だ」
「季節を勝手に作らないでくださいまし」
「炉の前は一年中こうだ」
ノアは目を離さない。
老人の手元、棒の回し方、硝子の膨らみ、白い筋の入り方を追っている。
アベルは火の色を見ている。
ルークは私の体調を見ている。
それぞれ、見る場所がまったく違った。
老人は、棒の先の硝子を少し膨らませた。
息を入れたわけではない。道具で押し、回し、支え、形を整えていく。
丸く、低く、少し裾の広い覆い。
卓上灯にかぶせた時、光が下へ落ちすぎず、横へ逃げすぎず、手元と湯気を包むような形。
「これくらいだ」
老人が言った。
「もうできましたの?」
「まだだ。形が見えただけだ」
「灯りも、すぐには持ち帰れませんのね」
「熱い硝子を持ち帰りたいなら止めん」
「遠慮します」
「冷ます。歪みを抜く。合わせる。明日の夜だ」
「明日の夜」
「急がせるな。急がせた硝子は割れる」
私は、まだ橙色に光る硝子を見た。
今は熱くて、触れられない。
光も強く、夜を柔らかくするどころではない。
けれど、冷めて、色が落ち着き、白い濁りが静かになれば、きっと昨日の見本よりも白銀列車に合う覆いになる。
「では、これは待つ灯りですわね」
私が言うと、老人は少しだけ口元を歪めた。
「待てる客なら、いい灯りになる」
「待つ場所なら、あります」
「白い列車か」
「はい」
「なら、そこで待て。ここで待つと干からびるぞ」
「その通りですわ」
ルークがすぐに冷たい茶を差し出した。
私はありがたく飲んだ。
冷たさが喉を落ちていく。工房の熱の中では、ただの茶までごちそうになる。
老人は、作りかけの硝子を慎重に別の炉へ入れた。
先ほどの大きな炉よりも穏やかな光の箱だった。
「そこは?」
ノアが尋ねる。
「冷まし炉だ。ゆっくり冷ます」
「一気に冷ますと?」
「割れる」
「やっぱり」
「硝子は急に変わるのが嫌いだ」
「人みたいですわね」
私が言うと、老人がこちらを見た。
「人より正直だ。嫌ならすぐ割れる」
「分かりやすくて、怖いですわ」
工房の奥から、別の職人が細い硝子管を運んでいった。
壁際の棚には、作りかけの灯りの覆いが並んでいる。透明なもの、青いもの、赤いもの、乳白色のもの。どれも美しいが、昨日の店で見たように、置く場所によって合う合わないがあるのだろう。
私は、冷まし炉の中の琥珀硝子をもう一度見た。
まだ熱い色をしている。
だが、その中に白い筋がゆっくり沈んでいるようだった。
「この硝子が冷めたら、夜を柔らかくできますのね」
「硝子だけでは駄目だ」
老人が言った。
「台座も、魔石の強さも、置く場所もいる」
「分かっています」
「ならいい」
「けれど、硝子が一番大事に見えます」
「今回はな」
「今回は?」
「灯りは、誰がどこで何をしたいかで、主役が変わる」
「深いですわね」
「当たり前だ。浅い灯りはすぐ飽きる」
ノアが感心したように息を吐いた。
「これ、客室用に応用できそうですね」
私はすぐに首を振った。
「それは違いますわ」
「早いですね」
「この灯りは、たくさん並べる灯りではありません。帰ってきた場所のそばに、一つあるからよいのです」
「なるほど」
「客室全部に同じものを置いたら、たぶん急に宿の備品になります」
「それは嫌ですね」
「嫌です」
老人が満足そうに頷いた。
「分かってるじゃないか」
「褒められました?」
「少しな」
「ありがとうございます」
「調子に乗るな。まだ硝子は冷めてない」
「厳しいですわ」
アベルが工房の扉の方を見た。
「そろそろ出た方がいい。ティアの顔が赤い」
「そんなに?」
「焼き菓子みたいになってきた」
「人を菓子にしないでください」
ルークがすぐに頷く。
「お嬢様、一度外へ出ましょう。急に冷えすぎないよう、外套は羽織ってからに」
「外は霧、中は炉。体が忙しいですわね」
「はい。白銀列車へ戻りましたら、すぐに休めるようにいたします」
私は老人へ頭を下げた。
「ありがとうございました。明日の夜、また伺います」
「取りに来るのは灯り屋でもいい」
「自分で見たいです」
「暑いぞ」
「今日は分かりました」
「分かった上で来るなら、好きにしろ」
老人はそれ以上、愛想のよいことは言わなかった。
けれど、冷まし炉の中の硝子へ目を戻す手つきは、とても丁寧だった。
工房の扉を出ると、今度は霧が冷たかった。
外の空気が頬に触れる。
さっきまで暑すぎたはずなのに、今度は首元がひやりとする。ルークがすぐに外套を直し、湿った風が入らないよう襟を整えた。
「生き返りますわ」
私が言うと、ノアが笑った。
「でも、すぐ寒くなりますよ」
「ルミエラは加減を知りませんのね」
「霧と炉の町ですから」
「その二つを一日に味わうと、白銀列車のありがたみが増しますわ」
運河沿いを戻る途中、私は何度か振り返った。
工房の窓から、橙色の光が漏れている。
あの中で、琥珀色の硝子がゆっくり冷めている。
外の霧は冷たい。
足元の石畳は濡れている。
頬には、まだ炉の熱が残っている。
白銀列車へ戻ったら、きっとその全部がほどける。
そして明日の夜には、あの硝子が灯りになる。
「楽しみですわね」
私が言うと、ルークが静かに答えた。
「はい。お嬢様の夜に、よい灯りになるかと」
「まだ灯っていないのに?」
「お嬢様が、すでに楽しみにしておられますので」
「それは、かなりよい兆しですわ」
アベルが短く言った。
「戻ったら冷たい茶だな」
「さっき飲みました」
「今度は座って飲め」
「それは必要です」
「軽い菓子も出す」
「透け飴ですの?」
「まだ買ってない」
「では、別の軽い菓子」
「ある」
「帰ればすぐ座れる場所があるのは、たいへん頼もしいですわね」
ノアは木札の裏を見ながら、まだ工房のことを考えているようだった。
「光を急がせない硝子、か……いい言い方でしたね」
「ええ」
「夜を硬くしないための濁り」
「ノア、好きそうですわ」
「好きです」
「私は、暑すぎない工房ならもっと好きでした」
「そこは無理ですね」
白銀列車の扉が見えた。
白い車体は、霧の中でもきれいに見える。
灯りはまだ昼用の穏やかな明るさで、扉の向こうには乾いた床と、いつもの席と、灰緑の毛布が待っている。
私は工房の熱を頬に残したまま、白銀列車へ戻った。
扉が閉まる。
霧の冷えが切れる。
外套をルークへ預ける。
靴の湿りを落とす。
いつもの席へ沈む。
灰緑の毛布が膝へ戻った瞬間、工房の熱も、外の霧も、どちらも少し遠くなった。
低卓に置かれた冷たい茶の表面が、淡く揺れている。
今はまだ、そこに琥珀色の灯りはない。
けれど私は、そこに灯るはずの光を、もう想像していた。
硝子職人の工房は暑すぎた。
頬も熱くなった。
冷たい茶がやたらとおいしかった。
それでも、あの炉の奥で生まれる灯りは、見に行く価値があった。
白銀列車の夜は、炉の奥でゆっくり冷めている。
硝子職人の工房で、琥珀硝子の覆いを作ってもらうことになりました。
外は霧で冷たく、工房は炉で暑すぎる町です。
琥珀硝子は、明日の夜までゆっくり冷まされます。
それまで、白銀列車で待つ時間です。




