第5話「王都がパニックらしいですが、私はパンのおかわりを頂きますわ 」
王城の朝は、
凍えるほど寒かった。
「……寒い」
王太子が苛立たしげに肩を抱く。
隙間風。
弱々しい暖炉。
冷え切った廊下。
以前なら、
ありえなかったことだ。
「まだ暖房結界は復旧しないのか!」
「む、無理です……!」
役人が半泣きで叫ぶ。
「魔力炉の循環制御が崩壊しています!」
「寒冷地輸送も止まりました!」
「燃料備蓄が尽きます!」
「だからなぜだと言っている!!」
王太子が机を叩いた。
ばんっ!!
「たかが女一人いなくなっただけだろう!」
怒号が響く。
しかし。
誰も反論できなかった。
老齢の文官だけが、
死んだ目で帳簿を見つめている。
机の上には、
分厚い資料の山。
びっしり書き込まれた数字。
物流経路。
結界維持計算。
燃料消費。
寒波予測。
「…………」
王太子が苛立った声を出す。
「何とか言え」
老文官は、
ゆっくり顔を上げた。
「……無理です」
「は?」
「我々では、
もう王都を維持できません」
「なぜだ!」
「すべて、
あの方がお一人で管理しておられたからです」
王太子の顔が引きつる。
「またその話か!」
「事実です」
老文官の声は、
乾き切っていた。
「暖房結界。
物流管理。
寒冷地輸送。
燃料備蓄。
王家予算」
「…………」
「すべて、
あの方が完璧に維持しておられました」
沈黙。
部屋の空気が冷える。
王太子が歯を食いしばった。
「なら私がやる!」
「殿下……」
「たかが帳簿だろう!」
王太子は資料を掴む。
しかし。
「……なんだこれは」
顔色が変わった。
複雑すぎる。
数字が異常だ。
物流と結界維持が、
秒単位で連動している。
しかも。
「なんで予算書に、
寒波予測まで書いてある!?」
「事前に、
物流迂回と燃料配分を調整していたのです」
「意味が分からん!」
「我々もです」
老文官が呟いた。
「ですが、
あの方は十年以上、
これを一人で」
「……っ」
王太子の額へ、
汗が滲む。
その時だった。
「報告です!」
若い文官が飛び込んできた。
「北方の宿場町が閉鎖!」
「商人ギルドも抗議を!」
「物流停止で食料価格が暴騰しています!」
「…………」
「さらに――」
文官が青ざめる。
「“走る豪華ホテル”の噂が、
北部一帯へ広がっています!」
「……は?」
「吹雪の中を走る、
巨大な白銀の列車だと……!」
王太子が目を見開いた。
「なんだそれは」
「避難民や商人が、
次々そこへ向かっていると……」
「馬鹿な」
「しかも、
暖房完備。
食事付き。
防御結界ありとの噂です」
「…………」
老文官が、
ゆっくり目を閉じた。
「……あの方だ」
「何?」
「間違いありません」
王太子の顔が歪む。
「ふざけるな……」
机を叩く。
「追放した令嬢が、
なぜそんな真似をしている!」
老文官が死んだ目で答えた。
「快適に暮らしたかったのでしょう」
「は?」
「……あの方は、
ずっとお疲れでしたから」
王太子が絶句した。
「い、今すぐ連れ戻せ!」
「殿下」
「早くしろ!!」
しかし。
文官たちは、
互いに顔を見合わせた。
「それが……」
「列車の行方が、
誰にも追えません」
「は?」
「雪原を高速移動しており……」
「結界のせいで、
追跡魔法も通りません」
「…………」
「既に、
“奇跡の豪華ホテル”として、
各地で噂になっています」
王太子の顔が、
みるみる青ざめていく。
「そんな……」
その頃。
私は暖かい食堂車で、
焼きたてパンを食べていた。
「……さくさくですわ」
「今日はバター増やした」
アベルが得意げに言う。
ルークは私の向かいで、
静かに外を警戒しながらも、
温かい紅茶を飲んでいた。
暖炉の火。
紅茶の香り。
ふかふかの椅子。
窓の外は吹雪なのに。
車内だけ、
別世界みたいに暖かい。
「……今日もダラダラできて最高ですわ」
私は幸せそうに、
二個目のパンへ手を伸ばした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
自分たちで追放しておいて勝手にパニックに陥る王都をよそに、お嬢様は今日もふかふかの椅子でパンのおかわり(バター多め)にご満悦です。
さて、明日は【12:00】と【21:00】の豪華2話更新を予定しております!
お昼の休憩時間と、夜のリラックスタイムに、ぜひまた魔導列車へお越しくださいませ。
少しでも「この列車に乗ってダラダラしたい!」「王都ざまぁw」と思っていただけましたら、
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それでは、明日の12時にまた暖かい車内でお待ちしております!




