第4話「この列車、かなり快適ですわ 」
朝。
食堂車には、
焼きたてパンの香りが満ちていた。
じゅわ、とバターが溶ける音。
ことこと煮えるスープ。
暖炉の火。
窓の外では吹雪が荒れているのに、
ここだけ別世界みたいだった。
「……しあわせですわ」
私は椅子へ沈み込みながら呟いた。
目の前には、
アベル特製の朝食。
ふわふわ卵。
厚切りベーコン。
焼きたてクロワッサン。
湯気の立つスープ。
そして、
香り高い紅茶。
完璧だ。
「もっと食べろ」
アベルが追加のパンを置く。
「えっ、まだありますの?」
「細すぎる」
「王城基準では普通でしたわ」
「王城が終わってる」
即答だった。
私は思わず笑ってしまう。
「アベル、最近遠慮なくなりましたわね」
「ちゃんと飯食わせるって決めたからな」
当然みたいに言う。
この人、
かなりオカン気質では?
向こうでは、
ルークが窓際に立っていた。
いつもの位置。
いつもの警戒。
でも。
前より空気が柔らかい。
アベルを完全に敵認定から外したらしい。
「ルークも座ればいいのに」
「見張りがあります」
「この列車へ近づける魔物なんていませんでしょう?」
「魔物以外もいます」
「この吹雪で来る人なんていませんわよ」
「油断はできません」
真面目だ。
真面目すぎる。
アベルが呆れた顔をした。
「こいつ、
ずっとあんたの護衛してるぞ」
「仕事です」
「飯くらい食え」
「問題ありません」
「問題ある。
見てるこっちが落ち着かねえ」
アベルがスープ皿を持ち上げる。
「冷める前に座れ」
「……」
「命令だと思え」
ルークが小さく眉を寄せた。
でも、
動かない。
私は紅茶を置いた。
「……なら、
この列車の主の命令ですわ」
「?」
「ルークも座りなさいな」
「…………」
「これは命令です」
少し沈黙。
それから。
「……かしこまりました」
ルークが静かに席へ着いた。
アベルが呆れた顔で、
彼の前へスープを置く。
「やっと座ったか」
「見張りは」
「今は俺が気にする」
「……料理人が?」
「包丁持ってるから十分だろ」
ルークが小さく息を吐いた。
でも。
少しだけ、
肩の力が抜けていた。
私はなぜか、
ちょっと嬉しくなる。
「これで完璧ですわね」
「何がだ」
「暖かい部屋、
美味しいご飯、
静かな列車、
ふかふかのベッド」
私は指を折る。
「かなり理想の生活では?」
「……家みたいだな」
アベルがぽつりと呟いた。
「家」
私はその言葉を繰り返す。
不思議だった。
王城にいた頃は、
一度もそんな風に思ったことがない。
でも。
暖炉の音。
温かいスープ。
誰にも怒鳴られない朝。
安心して座れる食卓。
――たしかに、
家みたいだった。
「家ではありません」
ルークが静かに言う。
「あなただけの、
走るホテルです」
「…………」
一瞬。
なぜか胸が熱くなった。
でも。
気恥ずかしくて、
私は紅茶へ逃げる。
「……ホテルなら、
もっとクッション増やしたいですわね」
「増やせばいい」
「あと、
読書室も欲しいですわ」
「作れるのか?」
「当然ですわ」
私が胸を張ると、
アベルが吹き出した。
「本当に何でもありだな、この列車」
「快適さのためですもの」
「そこだけ一貫してるよな」
「当然ですわ」
私はスープを飲む。
温かい。
優しい。
身体の奥まで、
じんわり熱が広がっていく。
窓の外では、
吹雪が荒れていた。
魔物の唸り声も遠く聞こえる。
なのに。
この食堂車だけは、
別世界みたいに暖かい。
誰も怒鳴らない。
誰も奪わない。
無理に笑わなくていい。
眠たければ眠っていい。
ただ。
温かいご飯があって。
安心して座れる場所がある。
私はぼんやり思う。
……ああ。
帰る場所って、
こういうことなのかもしれない。
その時。
アベルが真顔で追加のパンを置いた。
「ほら」
「また増えてますわ!?」
「幸せそうに食うからだ」
「太りますわよ!?」
「幸せ太りならいいだろ」
「良くありませんわ!」
アベルが笑う。
ルークが小さく目を細める。
暖炉がぱちりと鳴った。
列車は今日も、
静かに雪原を走り続けていた。
本日もご乗車いただき、ありがとうございました!
不器用な護衛騎士の「走るホテル」宣言に、オカン気質な料理人の美味しい朝食。
この列車が主人公にとって、最高に快適な『帰る場所』になりつつあります。
さて、辺境の列車が幸せな朝を迎えている頃……。
明日の21時は、主人公を追放した【王都の王太子たち】の視点をお届けします。
どうやら主人公が抜けたせいで、消えた帳簿と結界の魔力不足により、お城はとんでもない大パニックになっているようで……?
王太子たちがどう自滅していくか、ぜひ画面下の【ブックマークに追加】を押して、明日のダイヤ(運行)をお待ちください!
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