表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4話「この列車、かなり快適ですわ 」

 朝。


 食堂車には、

 焼きたてパンの香りが満ちていた。


 じゅわ、とバターが溶ける音。


 ことこと煮えるスープ。


 暖炉の火。


 窓の外では吹雪が荒れているのに、

 ここだけ別世界みたいだった。



「……しあわせですわ」



 私は椅子へ沈み込みながら呟いた。


 目の前には、

 アベル特製の朝食。


 ふわふわ卵。


 厚切りベーコン。


 焼きたてクロワッサン。


 湯気の立つスープ。


 そして、

 香り高い紅茶。


 完璧だ。



「もっと食べろ」



 アベルが追加のパンを置く。



「えっ、まだありますの?」


「細すぎる」


「王城基準では普通でしたわ」


「王城が終わってる」



 即答だった。


 私は思わず笑ってしまう。



「アベル、最近遠慮なくなりましたわね」


「ちゃんと飯食わせるって決めたからな」



 当然みたいに言う。


 この人、

 かなりオカン気質では?



 向こうでは、

 ルークが窓際に立っていた。


 いつもの位置。


 いつもの警戒。


 でも。


 前より空気が柔らかい。


 アベルを完全に敵認定から外したらしい。



「ルークも座ればいいのに」


「見張りがあります」


「この列車へ近づける魔物なんていませんでしょう?」


「魔物以外もいます」


「この吹雪で来る人なんていませんわよ」


「油断はできません」



 真面目だ。


 真面目すぎる。



 アベルが呆れた顔をした。



「こいつ、

 ずっとあんたの護衛してるぞ」


「仕事です」


「飯くらい食え」


「問題ありません」


「問題ある。

 見てるこっちが落ち着かねえ」



 アベルがスープ皿を持ち上げる。



「冷める前に座れ」


「……」


「命令だと思え」



 ルークが小さく眉を寄せた。


 でも、

 動かない。



 私は紅茶を置いた。



「……なら、

 この列車の主の命令ですわ」


「?」


「ルークも座りなさいな」


「…………」


「これは命令です」



 少し沈黙。


 それから。



「……かしこまりました」



 ルークが静かに席へ着いた。



 アベルが呆れた顔で、

 彼の前へスープを置く。



「やっと座ったか」


「見張りは」


「今は俺が気にする」


「……料理人が?」


「包丁持ってるから十分だろ」



 ルークが小さく息を吐いた。


 でも。


 少しだけ、

 肩の力が抜けていた。



 私はなぜか、

 ちょっと嬉しくなる。



「これで完璧ですわね」


「何がだ」


「暖かい部屋、

 美味しいご飯、

 静かな列車、

 ふかふかのベッド」


 私は指を折る。



「かなり理想の生活では?」


「……家みたいだな」



 アベルがぽつりと呟いた。



「家」



 私はその言葉を繰り返す。


 不思議だった。


 王城にいた頃は、

 一度もそんな風に思ったことがない。



 でも。



 暖炉の音。


 温かいスープ。


 誰にも怒鳴られない朝。


 安心して座れる食卓。



 ――たしかに、

 家みたいだった。



「家ではありません」



 ルークが静かに言う。



「あなただけの、

 走るホテルです」



「…………」



 一瞬。


 なぜか胸が熱くなった。



 でも。


 気恥ずかしくて、

 私は紅茶へ逃げる。



「……ホテルなら、

 もっとクッション増やしたいですわね」


「増やせばいい」


「あと、

 読書室も欲しいですわ」


「作れるのか?」


「当然ですわ」



 私が胸を張ると、

 アベルが吹き出した。



「本当に何でもありだな、この列車」


「快適さのためですもの」


「そこだけ一貫してるよな」


「当然ですわ」



 私はスープを飲む。


 温かい。


 優しい。


 身体の奥まで、

 じんわり熱が広がっていく。



 窓の外では、

 吹雪が荒れていた。


 魔物の唸り声も遠く聞こえる。


 なのに。


 この食堂車だけは、

 別世界みたいに暖かい。



 誰も怒鳴らない。


 誰も奪わない。


 無理に笑わなくていい。


 眠たければ眠っていい。



 ただ。


 温かいご飯があって。


 安心して座れる場所がある。



 私はぼんやり思う。



 ……ああ。



 帰る場所って、

 こういうことなのかもしれない。



 その時。


 アベルが真顔で追加のパンを置いた。



「ほら」


「また増えてますわ!?」


「幸せそうに食うからだ」


「太りますわよ!?」


「幸せ太りならいいだろ」


「良くありませんわ!」



 アベルが笑う。


 ルークが小さく目を細める。



 暖炉がぱちりと鳴った。



 列車は今日も、

 静かに雪原を走り続けていた。



本日もご乗車いただき、ありがとうございました!

不器用な護衛騎士の「走るホテル」宣言に、オカン気質な料理人の美味しい朝食。

この列車が主人公にとって、最高に快適な『帰る場所』になりつつあります。


さて、辺境の列車が幸せな朝を迎えている頃……。

明日の21時は、主人公を追放した【王都の王太子たち】の視点をお届けします。

どうやら主人公が抜けたせいで、消えた帳簿と結界の魔力不足により、お城はとんでもない大パニックになっているようで……?

王太子たちがどう自滅していくか、ぜひ画面下の【ブックマークに追加】を押して、明日のダイヤ(運行)をお待ちください!

また、「面白かった!」「この列車の朝食が食べたい!」と思っていただけましたら、

下の評価ポイント(☆☆☆☆☆を★★★★★に)で応援していただけると、クルー一同の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ