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婚約破棄された悪役令嬢の魔導列車 〜揺れる馬車旅が嫌なので、【白銀列車】という走る豪華ホテルで暮らします〜  作者: あゆと
第4章 冷製スープとガラス器編 〜海風の港町マリーノ〜

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42/84

042 白い壁の港町を、薄いカーテン越しに眺めながら昼寝しますわ

港町の階段で、

足を休める大切さを学びました。


次に気になったのは、

日差しです。


景色は見たい。


でも、

眩しすぎるのは困ります。

 マリーノの昼は、今日も白かった。


 白い壁、白い石段、白い帆。そこへ南の太陽が当たると、町全体が光を返してくる。

 とても美しい。

 かなり美しい。

 けれど、長く見ていると少し目が疲れる。

「……綺麗なのに、強いですわね」

 私は右ソファで果実水のグラスを持ちながら、窓の外を見ていた。

 昨日、石段で疲れた足はもう戻っている。冷たい布と薄いクッションは大変よく働いた。

 ただ今度は、光である。

 窓の向こうの海は青い。町は白い。帆船はゆっくり揺れている。

 見ていたい。

 でも、そのまま受け止めるには少し眩しい。

 ノアが窓側で小さな布を広げていた。

「これくらいならどうです?」

「それは?」

「薄い日除けです。完全に遮るんじゃなくて、光だけ少し落とします」

「景色は見えますの?」

「たぶん。ちょっと試しましょう」

 ノアが窓の内側へ、薄い布を下ろした。


 ふわり。


 白すぎた光が、少しだけやわらかくなる。

 海の青は残っている。白い壁も見える。けれど、目に刺さるような強さが抜けた。

「……まあ」

 私は思わず背を起こした。


「これは、よろしいですわ」


「お、正解ですか」

「正解です」

 景色が消えたわけではない。

 むしろ、見やすくなった。

 白い町が、薄い布を一枚通したことで、少しだけ優しい顔になっている。

 外の明るさをそのまま入れない。

 かといって、閉じ込めすぎない。

 ちょうどよい距離で受け取る。


 たいへん白銀列車らしい。


   ◇


 ラウンジの空気は、涼しく整えられていた。

 冷房は強すぎない。薄い布越しの光と合わせると、昼なのに少し眠くなるような温度だった。

 私はガラスのグラスを手に取る。

 淡い黄色の果実水。

 薄い柑橘。

 小さな氷。

 厚手のガラス器に入れると、やはり冷たさが綺麗に見える。

 からん。

 氷が鳴った。

 その音まで涼しい。

「ガラス器、完全に馴染みましたわね」

 ノアがカーテンの端を調整しながら言った。

「昨日買ったばかりなのに、もう昔からありましたみたいな顔してますね」

「良い生活道具とは、そういうものですわ」

「名言っぽい」

「事実です」

 私は果実水をひと口飲んだ。

 冷たい。

 けれど、昼寝の邪魔をするほどではない。

 柑橘の酸味が少しだけ舌に残り、喉の奥へ涼しさが落ちていく。

 窓の外では、港が動いている。

 人影。

 帆船。

 魚市場。

 遠くで女船長らしき人が腕を振っていた。たぶん誰かに指示を出しているのだろう。

 防音ガラスと薄いカーテン越しなので、声はほとんど届かない。

 動きだけが見える。

 それがちょうどよかった。

「外は今日も元気そうですわね」

「見に行きます?」

 ノアが聞いた。

「行きません」

「即答」

「今は見る時間です。歩く時間ではありません」

「ティア式観光、徹底してる」

 徹底は大事である。

 昨日は足を休めた。今日は目を休める。

 同じ港町でも、日によって快適の整え方は違うのだ。


   ◇


 ルークが、右ソファの横に薄いクッションを置いた。

「お嬢様、少し横になられますか」

「横に?」

「光がやわらいでおりますので」

「なるほど」

 光がやわらぐ。

 空気は涼しい。

 足元は麻ラグ。

 手元には果実水。

 窓の外には、薄い布越しの海。

 この条件で横にならないのは、少し失礼かもしれない。

「では、少しだけ」

「はい」

 私は右ソファに身体を横たえた。

 背中を預けると、クッションがちょうどよく支えてくれる。ルークが薄い布を一枚、腰から足元にかけてくれた。

 毛布ではない。

 重くない。

 風を通すような軽い布だった。

「冷えすぎませんように」

「ちょうどいいですわ」

 冷房の中で、薄い布が体温を守る。

 外の眩しさはカーテンでやわらぎ、海の青だけが残っている。

 私は目を細めた。

 白い壁の町が、少し遠くなる。

 港の人影が、ゆっくり動いている。

 帆船の白が、布越しにぼんやり揺れる。

 とても静かだった。

 実際には外は賑やかなのだろう。魚市場では声が飛び、船では荷が動き、石段では人が行き来している。

 でも、ここでは全部が少し遠い。

 だからよい。

 外の活気を、そのまま受け取らない。

 少し布を通す。

 少し音を落とす。

 少し冷やす。


 そうすると、港町は昼寝に向いた景色になる。


   ◇


 アベルが厨房側から顔を出した。

「寝るのか?」

「少しだけですわ」

「昼飯前だぞ」

「昼飯前だからです」

「分からん」

「お腹が重くなる前の昼寝ですわ」

「余計分からん」

 失礼である。

 食後の昼寝も良い。けれど食前の短い昼寝には、また別の軽さがある。

 とくに今日は、果実水だけ飲んで、体が少し涼しくなっている。この状態で少し目を閉じれば、たいへん気持ちよいはずだ。

 ノアが窓側で小さく笑った。

「ティアさん、昼寝に理屈つけるの上手いですよね」

「昼寝は理論化すべき生活文化ですわ」

「また文化になった」

「白銀列車は文化を積み重ねる場所です」

 私は目を閉じかけた。

 薄いカーテン越しの光は、瞼の裏でもやわらかい。

 真っ暗ではない。

 眩しくもない。

 浅い昼寝にちょうどいい明るさだった。

 耳には、遠い車内の音が聞こえる。

 アベルが器を置く音。

 ノアが魔導具の留め具を閉じる音。

 ルークが布の端を直す気配。

 窓の外の港の音は、ほとんど届かない。

 けれど景色だけは、薄く残っている。

「……このカーテン、採用ですわ」

 私は目を閉じたまま言った。

「早いですね」

 ノアが答える。

「一瞬で分かりました」

「また快適判定が早い」

「快適は、体が先に判断します」

 そのまま私は、ゆっくり息を吐いた。

 涼しい。

 軽い。

 明るい。

 でも眩しくない。


 これは、眠れる。


   ◇


 どれくらい眠ったのかは、よく分からない。

 深く寝たわけではない。でも、意識がふわりと沈んで、また浮かび上がってきた感覚があった。

 目を開けると、薄いカーテン越しに、まだ海が見えた。

 白い壁。

 青い水面。

 遠くの帆。

 寝る前と同じ景色なのに、少しだけ角度が変わっている。

 太陽が動いたのだろう。

「……よく寝ましたわ」

 私が呟くと、ルークがすぐそばで答えた。

「二十分ほどでございます」

「短いですわね」

「ちょうどよろしいかと」

 たしかに、体は軽い。寝すぎた時の重さはない。目の疲れも少し取れている。足も楽だ。

 そして、まだ昼である。

 得をした気分だった。

 ノアが窓側で帳面に何かを書いている。

「何を書いていますの?」

「カーテンの透過率と角度です。昼寝用設定」

「そんな名前ですの?」

「仮です」

「よろしいと思います」

 昼寝用設定。

 たいへん分かりやすい。

 雨の日読書用設定に続いて、海辺昼寝用設定が増えた。


 白銀列車は、順調に怠惰へ適応している。


 素晴らしいことである。


 私はグラスを手に取った。果実水は少しだけ残っていた。氷は小さくなっている。

 ひと口飲むと、さっきよりやわらかい冷たさだった。

 昼寝後には、このくらいがちょうどいい。

「……マリーノの昼は、これでかなり良くなりましたわね」

 ノアが頷く。

「外に出ない前提なら完璧ですね」

「外に出る時間と、出ない時間を分けるのです」

「朝は港。昼はカーテン越し」

「ええ。夜はまた別ですわ」

 言ってから、私は少し考えた。

 夜のマリーノ。

 昼の白い光とは違うはずだ。海風も少し涼しくなるだろう。港の灯り。波の音。ガラス器。冷たいものを少しだけ。

「……夜は、冷たいものも少量でよさそうですわね」

 アベルが厨房から顔を出す。

「聞こえたぞ」

「冷製スープを、少しだけ残しておくのはどうかしら」

「夜に冷たいものを飲みすぎるなよ」

「少しだけです」

「少しならいい」

 よし。

 次の快適が決まった。

 昼は光をやわらげて眠る。

 夜は海風を眺めながら、冷たいスープを少しだけ。


 マリーノという町は、時間ごとに冷たさの正解が変わるらしい。


   ◇


 午後の光は、少しだけ傾き始めていた。

 薄いカーテン越しの白い町は、昼前より少し穏やかに見える。

 私は右ソファから起き上がり、麻ラグへ足を下ろした。

 さらり。

 まだ涼しい。

 体は軽い。

 目も疲れていない。

 短い昼寝は成功だった。

「このカーテン、常設にしますの?」

 ノアが尋ねた。

「昼だけですわね」

「昼だけ?」

「朝の海は、そのまま見たいです。昼はやわらげたい。夕方はまた違うでしょうし」

「時間帯別ですか」

「景色にも、ちょうどよい受け取り方があります」

 ノアは少し笑った。

「マリーノ、どんどん車内用に調整されていきますね」

「良い町ですもの」

「良い町だから調整するんですか」

「ええ。長く楽しむために」

 嫌いな景色なら、窓を閉じればいい。

 でも、マリーノは見たい。

 海も白い壁も港も好きだ。

 だからこそ、眩しすぎる部分だけを少しやわらげる。そうすれば、もっと長く一緒にいられる。

 ルークがカーテンの端を整えた。

「夕方には少し上げましょう」

「お願いします」

 アベルが小さな皿を持ってきた。

 昼寝後用の、柑橘を少しだけ添えた白身魚の小皿だった。

「軽いやつ」

「ありがとう」

 私はひと切れ口に入れる。

 冷たい。

 軽い。

 昼寝後の体にちょうどいい。

 窓の向こうでは、女船長らしき人影がまた大きく腕を振っていた。今度は、こちらへ向けてではない。港の誰かへ指示を出しているのだろう。

 その姿を、薄いカーテン越しに眺める。

 元気な人だ。

 外から直接見れば、きっと声も日差しも強い。

 でもここから見ると、港町の一部としてちょうどいい。

 私は小さく笑った。


「……外の元気も、布越しなら心地よいですわね」


 ノアが苦笑する。

「ついに元気まで布越しに」

「直接浴びるには強いものもあります」

「ティアさんらしい」

 私は果実水をもう一口飲んだ。

 からん、と小さく氷が鳴る。

 薄いカーテン。

 青い海。

 白い町。

 涼しいラウンジ。

 短い昼寝。

 ガラス器の果実水。


 これは、マリーノの昼の正解だった。


 夜には夜の正解がある。

 私はカーテン越しの海を眺めながら、今夜の冷たいスープを少しだけ楽しみにした。

薄いカーテン昼寝回でした。

海辺の光は綺麗ですが、そのままだと少し強いです。


布越しにすると、昼寝向きになります。

夜には、少しだけ冷たいスープを残しておきます。

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