022 【閑話】白銀列車御用達と、凍える王都の商人
西方山岳地帯へ向かう旧式魔導列車は、最悪だった。
ガタン、ゴトン。
揺れる。
とにかく揺れる。
「ぐっ……」
王都御用商人ガレスは、硬い座席で顔をしかめた。窓の隙間から冷たい風が入り込んでくる。暖房用の魔導炉も弱く、吐く息は白かった。
「まだ着かんのか……」
「この先は終点です」
車掌が、うんざりした顔で答える。
「ユノハナへ行くなら、ここから先は馬車になりますな」
「……馬車だと?」
「西の山には、線路なんぞありませんので」
当然のように言われた。
ガレスは舌打ちした。
こんな辺境、本来ならわざわざ来る価値などない。だが最近、王都では妙な噂で持ちきりだった。
ユノハナの温泉卵。温泉蒸し菓子。山茸。
辺境の土産に過ぎなかったそれらが、異常な価格で取引され始めている。
理由は一つ。
白銀列車。
神の線路。
白銀列車の令嬢が気に入った品は、飛ぶように売れる。王都の貴族も大商会も、我先にと買い漁っていた。
「馬鹿馬鹿しい……」
ガレスは吐き捨てた。
「辺境の温泉卵など、買い叩けば済む話だ」
◇
その日の夕方、ガレスは猛烈に後悔していた。
「っ……寒ぇ……!」
吹雪だった。
雪山の道を、馬車が軋みながら進んでいく。
ゴトゴト、ガタン。
車輪が雪へ埋まるたび、身体が跳ねた。
寒い。
痛い。
揺れる。
しかも遅い。
「まだ着かんのか!?」
「この吹雪ですからねぇ!」
御者が怒鳴り返す。
「文句があるなら歩いてください!」
「くそっ……!」
ガレスは外套を掴んだ。
指先の感覚が薄い。鼻も痛い。耳が千切れそうだった。
王都では、温泉卵がどうだの、蒸し菓子がどうだの、軽く考えていた。
だが。
こんな場所へ、命を削って物を運んでいたのか。
辺境商人どもは。
◇
ユノハナへ到着した頃には、ガレスは完全に疲弊していた。
雪まみれで、腰は痛く、身体は冷え切っている。温泉街には硫黄の匂いが漂い、湯煙が吹雪の中で白く揺れていた。
だが、妙だった。
人が多い。
商人、馬車、荷車。辺境とは思えない熱気がある。
「急げ! 次の予約が埋まる前に押さえろ!」
「白銀列車御用達の札付きだぞ!」
「王都へ持ち帰れば十倍だ!」
怒号が飛び交う。
ガレスは眉をひそめた。
「……何だ、これは」
◇
「申し訳ありません」
若旦那は、にこやかに頭を下げた。
「今はもう、王都価格では卸せないんですよ」
「……何だと?」
ガレスは机を叩いた。
「こちらは王都御用商会だぞ!」
「ええ。存じております」
若旦那は穏やかだった。
だが、まるで動じていない。
「白銀列車の方がお気に召してから、注文が止まりませんでして」
「たかが一人の客だろうが!」
「ええ。昨日までは」
若旦那は帳面を開いた。
「今では、雪が降る前の三倍でも欲しがる商会が列を作っております」
「馬鹿な……! ただの温泉卵だぞ!?」
「ええ」
若旦那は笑った。
「ですが、あの方が召し上がった途端、“特別な品”になってしまいましたので」
ガレスは言葉を失った。
外では、吹雪の中でも商人たちが並んでいる。
順番待ちだった。
ただの温泉卵に。
「では、蒸し菓子をまとめて押さえる。王都へ出せばよい値がつく」
「そちらも予約で埋まっております」
「山茸は」
「今朝、白銀列車へ納めた分で評判が立ちまして」
「茶葉は」
「湯上がり牛乳に合う甘味の試作が始まりましたので、そちらも不足しております」
ガレスの口元が引きつった。
辺境の小さな温泉街のはずだった。
王都御用の名を出せば、向こうから頭を下げて品を差し出すはずだった。
それなのに今、品物の流れは王都ではなく、白銀列車を中心に回っている。
「……ふざけるな」
ガレスは低く呟いた。
「王都を差し置いて、たかが列車の客を優先するのか」
若旦那は、少しだけ目を細めた。
「たかが、ではございません」
声は穏やかだった。
「寒い中を来てくださったお客様が、美味しいと言ってくださった。その言葉を聞いて、ほかのお客様も欲しがった。ただ、それだけです」
「商売を知らん綺麗事だな」
「いいえ」
若旦那は帳面を閉じる。
「商売の話です。欲しい方が多く、数が少ない。ならば値は上がります」
正論だった。
ガレスは返せなかった。
◇
その帰りだった。
ガレスは、広場で足を止めた。
「……は?」
白い息が漏れる。
そこには、列車が停まっていた。
白銀だった。
吹雪の中で、静かに輝いている。
だが、あり得ない。
この場所に、線路など存在しない。ここまで来る間、馬車しか通れなかった。
なのに、白銀列車の下には美しい線路が伸びていた。
まるで雪原そのものから、線路が生えてきたみたいに。
「なんだ……あれは……」
吹雪が、列車の周囲だけ静かだった。雪が弾かれている。風すら近づけない。
異様だった。
窓の向こうには、暖かな琥珀色の灯りがぼんやり揺れている。暖炉の火。立ち上る湯気。柔らかそうな毛布。
そして、人影。
誰かがソファへ深く沈み込みながら、食事をしているのがぼんやり見えた。
声は一切聞こえない。
食器の音も、笑い声も、何も。
吹雪の中に立つガレスへ届くのは、風の音だけだった。
まるで、分厚い硝子一枚の向こうに、別世界が存在しているみたいだった。
ガレスは、凍えた指を握りしめる。
自分は、命を削ってここまで来た。寒さに耐え、揺れに耐え、雪山を越えた。
なのに、あの列車の中には、苦労そのものが存在していない。
ガタンゴトンという不快な音も、隙間風も、凍える夜も、一切届いていない。
白銀列車は、ただそこにあるだけで、王都の商会が喉から手を出すほど欲しがる品を生む。
ただ食べるだけで、辺境の土産を特別な品に変える。
ただ停まっているだけで、吹雪の中に別世界を作る。
ガレスは、ぽつりと呟いた。
「……勝てるわけが、ない」
白い吐息だけが、吹雪の中へ消えていった。
◇
その夜、ユノハナでは新しい噂が広がっていた。
神の線路。
吹雪を裂く白銀列車。
そして、その中で毎日ぬくぬくと暮らしている、謎の令嬢の話が。
その令嬢が気に入った温泉卵は、翌朝にはまた値を上げた。
蒸し菓子には炙りの注文が入り、山茸は鍋用として取り置かれた。
誰も白銀列車の中を知らない。
けれど、窓の向こうの暖かな灯りだけは、雪の夜にいつまでも残っていた。
ユノハナ外部視点回でした。
命がけで辺境へ来た商人から見ると、
白銀列車は完全に災害級の存在ですね。
次回は本編へ戻ります。
ティアは外の経済大騒ぎなど知らず、
いつも通りだらだらします。




