表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢の魔導列車 〜揺れる馬車旅が嫌なので、【白銀列車】という走る豪華ホテルで暮らします〜  作者: あゆと
第1章 王都決別編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/84

013 王都からの追手が到着したようですが、私はフレンチトーストに蜂蜜をかけますわ

 氷海の港町に、朝が来た。

 とはいえ、空は白く濁り、風は刃物みたいに冷たい。ごうっ、と吹雪が港の石畳を叩き、凍った埠頭には白い雪煙が流れていた。

 その雪の中を、王都の騎士団が進んでいる。

 王太子直属の騎士団。本来なら、王都の民が道を開ける存在だ。けれど港町の商人たちは荷を守るのに忙しく、港夫たちは凍った縄をほどくのに必死で、誰も彼らへ道を譲らなかった。

 騎士たちの鎧には雪が積もり、外套は凍りつき、馬たちも疲れ切っている。

「進め……!」

「止まるな……!」

「白銀列車は、この港にいるはずだ……!」

 掠れた声が吹雪に削られていく。

 騎士団長は、凍えた息を吐きながら港の奥を睨んだ。

 吹雪の向こうに、白い車体が見える。暖かな灯りを抱えた、異様なほど静かな列車。氷海の港に停まる白銀列車だった。

「やっと見つけた……」

 騎士団長は奥歯を噛んだ。

「王都は混乱している。商人は流れ、物流も乱れ始めた。それもこれも、あの列車のせいだ」

 白銀列車を見上げ、彼は声を張り上げた。

「こちらは王太子直属騎士団である! 列車の主へ伝えろ!」

 吹雪の中で、王家の紋章が入った外套がばたばたと揺れる。

「王命により、帰還命令が出ている! 速やかに扉を開け、我々を迎え入れよ!」


   ◇


「……ん」

 私は、ふかふかの布団の中で目を覚ました。

 静かだった。

 とても静か。

 外ではきっと吹雪いているのだろうけれど、客室の中には何も聞こえない。暖炉の火が、ぱちりと小さく鳴るだけだった。

 木の香り。清潔なシーツ。少し温かな空気。

 最高の朝である。

「……よく寝ましたわ」

 もぞもぞと布団から出る。身体が軽い。頭もすっきりしている。八時間、きっちり眠れた。

「毎日こうあるべきですわねぇ」

 窓の外は真っ白だった。

 でも、部屋の中は春みたいに暖かい。


   ◇


 食堂車へ向かうと、甘い香りがした。

 バター、卵、焼けたパン。そして蜂蜜。朝から人を幸せにする匂いが、食堂車いっぱいに満ちている。

「起きたか」

 アベルが振り返った。

「今日は、極上のフレンチトーストだ」

「まあ……!」

 私は思わず目を輝かせた。

 皿の上には厚切りのパンがある。表面はこんがり焼け、中はふわふわ。湯気がやさしく立っていて、バターの香りが甘く広がっていた。

「お早うございます、お嬢様」

 ルークが静かに椅子を引いてくれる。

「昨夜はよく眠れましたか?」

「ええ。とても」

「何よりです」

 彼は柔らかく微笑み、膝掛けをそっと整えた。

「足元が冷えますので」

「ありがとうございます」

「当然です」

 私は席についた。

 目の前には、焼きたてのフレンチトースト。アベルが蜂蜜の瓶を置く。

「好きなだけかけろ」

「なんて素敵な言葉でしょう」

 私は、とろりと蜂蜜を垂らした。金色の蜂蜜が、熱いパンの上をゆっくり流れていく。甘い香りとバターの香りが重なった。


「幸せですわ……」


 その時、ノアが窓の外を見て固まった。

「……あの」

「どうしましたの?」

「なんか、外に鎧の人たちがいますけど」

「鎧?」

「はい。たぶん王都の騎士団です」

「まあ」

 私はフレンチトーストを切った。ナイフが、ふわりと入る。柔らかい。すごく柔らかい。


   ◇


「王命である!!」

 騎士団長が、吹雪の中で叫んでいた。

「速やかに扉を開けよ!!」

 彼は一歩前へ出て、列車の扉へ手を伸ばす。

 だが、その指先は扉に届かなかった。

 透明な壁のようなものに阻まれ、手袋の先が空中で止まる。

「……なに?」

 騎士団長の顔が強張った。

 押しても、叩いても、動かない。まるで世界そのものに拒絶されているみたいに、白銀列車は彼らを受け入れなかった。

「団長……」

「結界、ですか……?」

 騎士たちが息を呑む。

 白銀列車は、ただ静かにそこにあった。暖かな灯りを漏らしながら。


   ◇


「……触れないみたいですね」

 ノアが窓の外を見ながら呟いた。

「そうですの?」

「結界に阻まれてます。あれ、たぶん外部干渉を全部拒否してますよ」

 私はフレンチトーストを口へ運んだ。

 ふわっ、と甘い熱がほどける。

「~~~~っ」

 美味しい。

 卵がしみている。蜂蜜が温かい。表面は香ばしいのに、中はとろけるくらい柔らかい。

「美味しいですわぁ……」

「だろ」

 アベルが満足そうに頷く。

「焼き加減は完璧だ」

「完璧ですわ」

 窓の向こうでは、騎士団長たちが何か叫んでいる。でも防音のおかげで、声はほとんど聞こえない。

「騒がしいですわね」

 私は紅茶を飲んだ。

「カモメかしら?」

「いや、たぶん騎士団長です」

 ノアが疲れた顔で訂正する。

 ルークが窓の外を一瞥した。その目は冷たかった。

「お嬢様の朝食を邪魔する気なら、排除しますが」

「朝食が冷めますわ」


 私は蜂蜜をもう少しかけた。

「放っておきなさい」

「承知しました」

 ルークは即答した。

 ノアが頭を抱える。

「王都のエリート騎士団ですよね!? 扱い軽くないですか!?」

「フレンチトーストの方が大事だろ」

 アベルが次の皿を焼きながら言った。

「焼きたては今しか食えない」

「正論っぽく言わないでください」

「正論だ」

 じゅわっ、とバターの音が響く。

 甘い香りが、さらに広がった。


   ◇


 外では、騎士団長が白銀列車を見上げていた。

 暖かな灯り。曇った窓。内側に立ち上る湯気。

 まるで別世界だった。

「団長……どうされますか」

 部下の声も震えている。

 騎士団長は、しばらく黙っていた。吹雪が外套を揺らし、兜の縁に氷が張りつく。

「……待機だ」

 低い声だった。

「少なくとも、ここにいるのは間違いない」

 騎士たちは静かに頷く。

 白銀列車は、何も答えない。ただ、暖かな光だけが雪の港を照らしていた。


   ◇


「今日の蜂蜜、香りが良いですわね」

「港で仕入れたやつだ」

 アベルが言う。

「寒い土地の蜜は、香りが濃い」

「まあ。素敵ですわ」

 暖炉の火が、ぱちりと鳴る。

 ルークが紅茶を注ぐ。

 ノアは窓の外と食卓を交互に見ていた。

「……外、寒そうですね」

「そうですわねぇ」

「中、天国ですね」

「でしょう?」

 私は微笑んだ。

 外では、吹雪が荒れている。

 中では、蜂蜜がゆっくり溶けている。

 世界は今日も少し騒がしい。

 でも、白銀列車の朝は、とても静かで、とても甘かった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


さて、明日も【12:00】と【21:00】の豪華2話更新を予定しております!

お昼の休憩時間と、夜のリラックスタイムに、ぜひまた魔導列車へお越しくださいませ。


ページ下部の【☆】を【★】に変えて応援をしていただけますと非常に励みになります。

ぜひ、ブックマーク登録もぜひお願いいたします!


それでは、明日の12時にまた暖かい車内でお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ