070件目 二人で帰還
レオンハルトさんの重みを、両腕で感じる。
「レオンハルトさん! レオンハルトさん!!」
「喚くな。そやつはただ魔力が切れただけだ」
「魔力切れ!? それは大変じゃないですか! 魔力は、人にとって身体を支える大事な力ですよ!? それに、ンンッ!?」
四日も食べていないのにと訴えようとしたら、指を鳴らしたソゾン様に口を塞がれた。
「星渡人よ。我は貴殿を気に入っているが、うるさいのは好まん」
「んん!」
「貴殿は星渡人だ。そして、試練を乗りこえるためには何が必要か、教えたばかりだろう?」
想像力、って事だよね?
もしかしたら、こうして口を塞がれている事もわたしの想像しだいで解決できるって事かな。
それなら解決してみよう。
わたしは今、何かで口を塞がれている。べったりとしているのは、まるでお餅をつけられているみたい。それなら、その接着部分を外せば良いんだ。
唇に、ソゾン様の力を上回るような保護魔法をかける。
ピタッとくっつく唇解除。二度と魔法にかからない!
指先に込めた魔力で唇をなぞるように動かし、ソゾン様からかけられた魔法を解除する。想像力と自信が鍵だったみたいで、わたしは無事口を開けられた。
「ソゾン様。レオンハルトさんがこんなに衰弱しているのは、ソゾン様に責任があると思います。レオンハルトさんを回復させて下さい」
「そやつが勝手に試練に挑んだのだろう」
「わたしの時みたいに、試練に挑むと宣言した後にその先への道を示したんですよね? それなら勝手にってことじゃないと思います」
「だg……」
ルーナント様から鉄槌が下される。
ありがとうございます、ルーナント様。ここにはいらっしゃらないみたいですが、感謝します。
ルーナント様に窘められたソゾン様は、衝撃があったらしい後頭部を擦って溜息まじりに言う。
「試練を望んだのは、そやつ自身だ。だから全ての回復というわけにはいかない。代わりに、神殿の外へ運んでやろう。その後の回復は、そやつ次第だ」
「ありがとうございます」
「神にも恐れぬその態度。星渡人よ、貴殿はなかなか肝が据わっているな」
「好きな人のためですから」
「……ふっ。面白い」
第二の試練を終えてから、わたしは自分の気持ちに正直になった。そんなわたしをさらに気に入ってくれたらしく、ソゾン様が相好を崩す。
そして、指をパチンと鳴らすと身体が浮いた。
「そやつをしっかりと支えてやるのだぞ。我の移動は、少々揺れるからな」
「えっ……!!」
言うや否や、浮いた身体がぐらぐらと揺れ始めた。両腕で支えていたレオンハルトさんを離さないように、ぎゅうっと抱きしめる。
「貴殿の願いが叶う事を見守っているぞ」、そんな声が聞こえたかと思うと、一瞬で岩塩坑の外に出ていた。
「レオ……っく」
岩塩坑から牛の塩獣が出てきた。すぐに道を開けようとしたけど、全ての魔法が解除されている状態のまま。
急いで身体強化と盾魔法を自分にかける。レオンハルトさんの腕を引き、塩獣に道を譲った。
「……ふぅ。身体強化を最大限に活用するためにも、元々の筋力を上げないといけないよね」
産婆さんを背負って行けたのは、鍛冶場の馬鹿力ってやつだと思う。それにレオンハルトさんは、しっかりと鍛えている人。筋肉は重いから、さすがに抱き上げられないや。
「レオンハルトさん。聞こえますか」
呼びかけると、わたしの声は聞こえているみたいだった。ぐったりとしているけど、しっかりとわたしの方を見た。
「レオンハルトさん。ロテインに向かいます。抱き上げる事は難しいので、代わりにわたしの肩をお貸しします」
「……ない」
「いいえ。気にしないでください。ロテインに行って、ひとまず回復しましょう」
四日も飲まず食わず。そしてそんな状態で、神々からの試練を受けた。途中で邪魔をした訳じゃないから肉体的にも精神的にも支障はないはず。
でも、それはソゾン様の見立て。実際のレオンハルトさんは、自力で歩くのも困難なくらいぐったりしている。
「ゆっくりで良いですからね。ずっと支えますよ」
レオンハルトさんの腕を肩に回し、ロテインへ進み始める。
意識はあっても思うように身体を動かせない彼を支えながらの移動は大変で、何度か転びそうになった。でもその都度ぐっと堪えて、どうにかレオンハルトさんに土をつけないですんだのは幸い。
ロテインに着く頃には雨が降り始めたけど、ルベルさんがいてくれて助かった。何も聞かず、レオンハルトさんを肩に担ぎ上げて宿屋のベッドに運んでくれる。
「簡単なもので良いか」という問いに頷くと、少し時間を置いてから野菜がたっぷり入ったスープを持ってきてくれた。湯気が立つその鍋を見て、ルベルさんに食器をお願いする。
「ふーふーと少しの熱冷まし。猫舌OK、すぐ食事」
鍋から立っていた湯気が、よく見ないとわからないくらいになった。これで、レオンハルトさんも食べられるはず。
「持ってきた……あれ? そんなに時間が経ったか? 宿屋の厨房を借りたんだが」
「わたし、猫舌なんです」
「そうなのか? でもレオンは」
「レオンハルトさんも、出来たてすぎると胃がびっくりしちゃうと思いますし!」
「そ、そうか?」
「そうです!」
「まあ、それならそれで良いか。ポアルを寝かせてやりたい。アンネに、レオンを任せても良いか」
「はい! あれから、産まれたんですね?」
「ああ、そうだ。ポアルに似た、可愛い女の子だ」
目尻を下げて行ったルベルさんは、宿屋の室から出て行った。
「レオンハルトさん。身体を起こせますか? ルベルさんがスープを持ってきてくれましたよ」
「……あ……」
「失礼しますね」
前世のテレビで見た事がある、介護する人の体勢を真似る。脇の下から手を入れて背中を支え、レオンハルトさんの身体を起こした。食べやすいように、ベッドから足を下ろす。
「手に力は入りますか」
「……まない」
「大丈夫ですよ。では、身体に栄養を入れた方が良いと思うので、口を開けてください」
器に装ったスープを掬った木匙を、レオンハルトさんの口元へ近づける。体調不良よりも羞恥が勝るのか、彼はギュッと眉を寄せた。でも、目を力強く閉じて顔を赤くしながら口を開ける。
「はい、では入れますよ」
こぼさないように、慎重に木匙を傾ける。でもどんなに気をつけても、わたしが食べているわけじゃない。だからどうしても、木匙を引くタイミングがずれちゃう。
「あっ……待ってくださいね、今拭きます」
木匙を引くのが遅れ、スープがレオンハルトさんの唇の端を伝って顎へ落ちた。急いで拭こうとして、ポケットに入れたままだったマスクを取り出した。
「ごめんなさい。ハンカチじゃないですけど、たぶん布なの、で――ッ!!」
拭いている最中、レオンハルトさんの唇に触れてしまった。むにっとした柔らかい手触りに、すぐに手を引こうとする。
でもスープが入ったままの器を持ったままだったから、慌てずに冷静を装って器を机に置いた。
「こ、これはですね、実は優れものなんですよ。地底湖に潜る時に使ったもので、これをつけていると水中でも呼吸の心配がないんです……ッ!」
指先にじんわりと残っている手触りのせいで、聞かれてもいない事をつらつらと話す。
そんなわたしを、レオンハルトさんは穏やかな目で見ていた。ぐわっと身体が熱くなって、赤くなった顔を見られないように背を向ける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。二口目を掬うので……」
バックバックと心臓が飛び跳ねる。今にも心臓が口から飛び出しそう。
すーはー、すーはー。
何度か深呼吸を繰り返して、ようやく少し落ち着いた。
「じゃ、じゃぁ、二杯目をどうぞ」
「……、する」
感謝する、って言ったのかな?
レオンハルトさんは耳まで赤くしながら、ぎゅっと目を閉じて小さく口を開けた。
「――――ッ!!」
レオンハルトさんの方が体格も良いし身長も高いけど。
まるでひな鳥がエサを待つような仕草に、胸がぎゅぅぅんと掴まれる。衝動的に暴れ出したくなる欲求をどうにか堪えて、彼にスプーンを運ぶ。
あぁ、今のわたしは、ものすごく変な顔をしているんだろうな。緩んだ顔を見せられないから、何度も目を瞑るし唇もどんどん内側に吸い込んでしまう。仮面魔法は、レオンハルトさんの前じゃできないし。
頬に力が入って、自然と口角が上がっていく。
器で二杯目くらいになると、レオンハルトさんが少々挙動不審な動きをし始めた。
目をカッと開いては、うつらうつらと瞼が重たそうに閉じる。何度か繰り返しているその様子を見て、わたしは器を置いた手で頬をつねった。
……痛い。
という事は、今見ている光景はわたしの妄想劇場じゃなくて現実だね!?
なん、この、レオンハルトさんは!?
可愛すぎやしないか!!
コホンと咳払いをして、気持ちを抑える。
「神々からの試練を受けて、レオンハルトさんも疲れたと思います。支えるので、今はしっかりと休んでください」
足をベッドの上に戻し、背中を支えながらレオンハルトさんに寝てもらう。上掛けを動かすと、レオンハルトさんがトロンとした目で何か呟いた。でもその言葉は、睡魔に呑み込まれちゃったみたい。
すぐに整った寝息が聞こえてくる。
「っく、はぁぁ……」
寝ぼけているレオンハルトさんの、殺傷力の高さに萌え死にそう……。
わたしもスープを頂こうと思った矢先、ルベルさんを恨む事になる。
「な……えっ?? 嘘でしょ??」
鍋とお玉と、器と木匙。それはそれぞれ一つずつ。
つまり、レオンハルトさんが使った木匙を使わないといけないという事。
「っく、今がわたしの試練か」
厨房に行けば、別に何の問題もないと思う。木匙を一つ貸して下さいって言えば、すぐに解決する話。
……でも。
想定外の事故として、渡された木匙だけを使えという悪魔の囁きが聞こえる。
「……レオンハルトさんが、使った……」
グッと握った木匙から、スープが手の平に流れていく。その汁の行方をボーッと見守りつつ、無意識に右手が自分の唇へ行く。
「ッ!!!! ダメ、だ!! ……ダメだ。わたしはまだ、変態になりたくない」
レオンハルトさんの唇の柔らかさを思い出した瞬間、ぶわっと全身に熱が広がった。思わず大声を出してしまってからハッとなり、レオンハルトさんを見る。
少しくらいの物音では起きないくらい、ぐっすり眠っていた。そんな姿を見て、わたしはようやく平静を取り戻す。
そして、厨房へ行って木匙と器を一つずつ借りた。
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「我ら、新時代を作る団体『暁を望む会』は、これより星渡人及び魔女を守護する王族を討つ!!」
「おおーー!!」
「国を取り戻す!!」
教皇より表の指揮役として選ばれたクルウェイ侯爵は、集まった面々を前に演説していた。
拳を突き上げ、人々の士気も充分高まっている。
教皇の計画のための進軍が、始まった。
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