069件目 ▲レオンハルトの心▲
大聖堂から出たレオンハルトは、副長官のケビンの席に委任状を置いてから三番街へ急いだ。
星渡門を使って北へ行き、クホイへ行く。大公の研究室で見つけたメモは、「北の辺境にて、神々より力を授けん」とあった。
北の辺境とは、ダクウィンとの国境の事だろう。そう判断したレオンハルトは、旧友のルベルが村長を務めるロテインへと向かった。
クホイから馬に乗って、野を駆ける。二時間ほど走り続けると、ロテインが見えてきた。
馬を村の厩舎に預け、ルベルのもとへ行く。
「レオンじゃないか! 久しぶりだな。どうした」
「ルベル。この付近にある神殿の場所を知らないか」
「神殿? 何だ、それは。そんな立派な建物があったら、ロテインはもっと発展していると思うぞ」
「そうか……」
「訳ありか」
国立魔法師養成学校で、星渡人の事を学ぶ。だからルベルには伝えても良いだろうが、神々との契約の事は伏せなければいけない。
どうするべきかと悩んでいると、お腹の大きな女性が大量の焼き菓子を持ってやってきた。
「ルベル……って、ごめんなさい。お客様がいたのね」
「ポアル。またそんなに作ったのか」
「だって、ものすごく食べたくなるんだもの。この子はきっと、甘い物が大好きなのね」
「ルベル、もしかして……?」
「ああ、そうだった。レオンには紹介しておこうか。おれの嫁の、ポアルだ。もう少しで子供が産まれる」
「それは、おめでとう」
「サンキュー。あ、そうだ。なあ、レオン。ポアルのお腹に触ってやってくれないか」
「何故だ」
「呪いみたいなもんだよ。レオンに触ってもらったら、健康な子に育つかもしれないだろ?」
「そうか、ルベルの言い分はわかった。問題ないか?」
ルベル以外の男に触られるなんて嫌だろうとポアルに確認すると、にっこりと微笑んだ。
「失礼する」
焼き菓子が入った籠を受け取ったルベルが横にずれ、レオンハルトが近づく。そしてポアルの腹部に手を当てた。
「あ……動い、た?」
「おお、さすがはレオンだな。おれが触る時は滅多に蹴らないのに」
「蹴る? それは母堂の身体は大丈夫なのか」
「問題ない。むしろ、そうやって蹴るのは元気な証拠なんだってさ」
「なるほど。人体の神秘だな」
感心しながらレオンハルトが触り続けていると、ポアルが半歩退いた。顔を見れば、笑顔の硬さを確認できる。許可されたとはいえ、触りすぎたとすぐに手を離した。
「ポアル。もう少しレオンと話すから、もう少し待っていてくれ」
「わかったわ。失礼します」
ルベルは焼き菓子が入った籠を持ち、一礼したポアルと一緒に一度奥へ消える。
戻ってくると、レオンハルトを応接室へ通してくれた。
「それで?」
「……今、星渡人関連で動いている。神殿を知らないならば、他に何か知らないか」
「何か、ねえ……。例えば、特別な力を感じるとか?」
「! それだ! それは、どこだ!?」
レオンハルトが前のめりになって聞くと、ルベルは驚いたように瞬く。
それから両手を軽く振って座るように促す。
「落ち着けよ。レオンが声を荒げるなんて珍しいじゃねえか。星渡人は国賓っつっても、レオンがそこまで世話をしなくちゃいけないのか」
「母上から、アンネ殿を任されている」
「ふぅーん……その子って、レオンとどういう関係だ?」
「どういうも何も、私は王族だ。星渡人のアンネ殿を守護しなければいけない」
「本当にそれだけか?」
「どういう事だ?」
「レオンが女子の名前を呼ぶなんてそうそうないだろ? それなのに呼び方が板に付いているように感じた」
「それは別に、何も難しくない。アンネ殿とは長く一緒にいるからな」
「なるほどねえ……それで、その子がピンチって事か? こうして傍を離れている理由は」
「それは……」
「何だ、違うのか?」
ルベルから自分の至らなさを指摘されたようで、身体がカッと熱くなる。
「まあ、レオンが冷静さを欠くなんて珍しいよな。それだけ切羽詰まっているって事なんだろう。神殿かどうかわからねえけど、さっき言ったみたいに特別な力を感じる所はあるぞ」
「それは、どこだ」
「ロテインの収入源、塩獣の狩り場があるんだが、その先の洞穴から何か感じる時があるんだ」
「毎回じゃないのか」
「洞穴の近くまで塩獣を狩りに行った時だけな。普段は、そこまで深追いしなくてもあいつらは出てくるから」
「なるほど。そこへの行き方は」
「案内してやるよ」
「いや、お前は奥方についていてやれ。場所だけ教えてくれれば良い」
こうしてレオンハルトは塩獣の巣穴までの道のりを聞いた。馬で入ると逆に動きづらくなると追加の情報も得て、ロテインを出た。
+ + +
「暗いな」
塩獣が出てくる洞穴にたどり着いたレオンハルトは、未知の危険に対応するため壁際に寄る。火属性は持っていないため、明かりを用意しなければいけない。
が。身勝手な行動をしている自覚はある。時間はなるべく節約しないといけない。
「逆に、今後の事を考えると備えた方が早いか……ん?」
肌寒さも感じていた所に、風の流れを感じた。まるでレオンハルトを誘うかのように動くその風は、足下を回っているような気がする。
風の分析をするため触れようとすると、グッと引っ張られる感覚があった。あまりにも急で強かったため、レオンハルトは思わず転びそうになる。両手をついてそれを免れた。
しかし立ち上がってその場から退こうとすると、またグッと引かれる。
「何だ……? この先に進めと言う事か?」
暗く、肌寒い洞窟内。不安要素は多いが、レオンハルトは何かに導かれるようにして洞窟内を進んでいく。
白い開けた空間に出ても風の導きは続き、やがて地底湖にたどり着いた。
「……この先か」
風は地底湖に潜るようにして気配を消した。
湖面を覗けば、ぼんやりと建物のような物が見える。恐らく、あれが神殿だろう。
「大気を舞う風のマナよ、風属性魔法師レオンハルト・ヴァランタンが命じる。私の周囲に風を纏わせ……ッ!?」
呼吸の確保のために詠唱をしたが、それを邪魔するように地底湖から水鉄砲が飛んできた。おかげで、全身ずぶ濡れだ。
「……なるほど。すでに試練は始まっているのか」
洞穴の入口からここまで導いてきたのも、先程の水鉄砲も、恐らくは神の意志。それならば、その意志に従うまで。
覚悟を決めたレオンハルトは、大きく息を吸い込んで湖に入った。
+ + +
選択の扉で藍色を選んだレオンハルトは、何もない空間で突如として現れた幻影を見て身構える。
これが試練か。そう思いつつ、表面上は警戒している様子を見せないように装う。
「……アンネ殿。なぜここへ?」
「レオンハルトさんを助けたくて」
「私を? どういう事だ」
「レオンハルトさんが急にいなくなって、わたし、ようやくわかったんです」
「わかったって、何を?」
「わたしにとって、どれだけレオンハルトさんの存在が大きいかって事です」
幻影はぐっと距離を詰めると、レオンハルトの胸に手を置いてきた。
「レオンハルトさんは、わたしの事……どう思っていますか」
「アンネ殿の事は、守護すべき相手だと思っている」
「そんな……わたしは、レオンハルトさんからしたら対象外ですか?」
「どういう意味だ?」
幻影が顔を上げる。相手はアンネ本人ではないとわかっているのに、その上目遣いに思わず息を呑む。
「わたし……わたし、レオンハルトさんを助けたいです! 神様から聞きました。レオンハルトさんを助けるためには、わたしが必要だって」
「どういう意味だ」
「レオンハルトさんは、力が欲しいんですよね? ここでわたしが身を捧げれば、その力を得られるんですよ」
「身を、捧げる……?」
幻影の言葉に疑問を持っていると、どこからか金色と藍色の幻獣が現れた。その数は一目ではわからないほど大量で、その全てが幻影に視線を向ける。
目の前にいるのは幻影。そうわかっていても、その姿はアンネだ。その先の展開を良しとはできない。
「止めろ!」
「どうしてですか? わたし、レオンハルトさんの力になりたいです」
「自分の身を犠牲にするな」
「力が、欲しいんですよね?」
幻影は、やはりアンネではない。その証拠に、星渡人の自主性を重んじていなくても左手の甲は痛まなかった。
それから、レオンハルトは幻影と対峙する事となる。
+ + +
「駄目だ! それはできない……」
「どうしてですか?」
もう、何度目の攻防かわからない。幻影は、変わらず自分を犠牲にしろと言ってくる。その内に魔法が使えるとわかり、何度も幻獣達を消してきた。
しかし、何度も何度も現れる。まるで、レオンハルトに選択を迫るように。今もまた、幻獣達は攻撃の意思を幻影に向けていた。
一度詠唱すれば、何度でも使える。それはレオンハルトにとって自信に繋がっていた。しかしそれは、事が終わればという話。
魔法の使いすぎで、そろそろ魔力が尽きそうになってきた。足の力さえ入れづらくなり、ふらりと身体が揺れる。
グッと堪えてはみるものの、このままではいけないと理解できた。
「レオンハルトさん。わたしを捧げると言ってください。そうすれば、力を得られるんですよ?」
「駄目だ……。そんな事、できるわけがない……」
「どうしてですか? 力が欲しいんですよね?」
幻獣達から守るように背に庇っていた幻影が、レオンハルトの手を握る。不意の接触に、思わずビクッと肩をふるわせた。
背後から囁かれるその声は、まるで悪魔の囁きのように甘い。それでも、レオンハルトは意思を曲げなかった。
「私はアンネ殿を犠牲にはしない」
宣言すると、ついっとどこかへ視線を投げるような幻影の動きを感知する。その視線に釣られてしまってから戻すと、幻影が正面に来ていた。
すぐに離れようとする。しかし、右手を絡め取られて叶わない。それでも尚後退しようとして、膝の力がガクッと抜けた。尻餅をつき、両手を前に出して幻影を止める。
『レオンハルトさん』
声が重なったように聞こえた瞬間、また新たに幻獣が現れた。牛と猪をすぐに排除したが、同じ方向から次々と現れてくる。
何度も何度も幻獣達から幻影を守った。魔力が、底を突こうとしている。それでも立ち上がり、幻影を背に庇う。
「どうして、わたしをそんなに守ろうとするんですか」
「それは……?」
「――レオンハルトさん――」
幻影からの質問を投げられた瞬間、アンネの声が聞こえた気がした。幻影ではなく、聞き慣れた耳触りの良い、春の日だまりのような声。
その声に釣られて視線を向けると、幻影も幻獣もいつの間にか消えていた。
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教皇のもとへ、一人の使徒がやってきた。
「ツーツグ伯爵か。何事だ」
「教皇様の計画実行の日が近いと思います。万が一に備え、逃走ルートを確保しました」
「何? ツーツグ伯爵は、わしの計画が失敗すると?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「逃走ルートなんぞ、いらんいらん。わしの計画には成功しかあり得ん!」
「そうですとも!」
教皇の発言に、ガッドム枢機卿が乗る。
そんな二人を見て、ツーツグ伯爵は自分の出る幕ではなかったと潔く身を引いた。
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