068件目 究極の選択肢②
藍色の扉の中は、漆黒の闇の中にいるみたいだった。視界は暗く、自分の位置を把握しようと手を伸ばしても何も掴めない。
でも。
ソゾン様が言っていた。ここでは想像が力になると。「ここ」って言うのは、金色の扉の先の事だけじゃないと思うんだ。
たぶん、「ここ」は「神殿の中」という意味だ。それなら、この暗闇の中でも視界を確保できる想像をすれば良い。
「ニャーンと猫の目を借りよう。気配探知もお手の物!」
より強い効果を得られるように、猫の手ポーズをつけた。名付けて、猫目魔法改。
詠唱が終わった瞬間から、パッと視界が変わる。
狭い部屋の中にいたみたいで、すぐ目の前にレオンハルトさんがいた。まるで誰かを説得するように座った状態で両手を前に出している。
憔悴している様子のレオンハルトさんに駆け寄ろうとしたら、透明な壁みたいなやつに行く手を阻まれてしまった。
「ちょっ、何これ!?」
ドンドンと叩いても、ビクともしない。
「レオンハルトさん!!」
透明な壁の外から呼びかける。一瞬だけ、ピクッと反応したような気がした。でも、次の瞬間。
レオンハルトさんがわたしに向けて風魔法を放ってきた。竜巻が当たって、ビリビリと透明な壁が震える。
その後も何度か、水や風、複合の攻撃魔法が放たれた。
試練の最中だから近づくな、という忠告じゃない。本気で倒そうとしているかのような鋭さだった。
ここは、想像が力を得る世界。
それならいっそ、あの壁を違う物質に変えて……。
「ちょっと待った!」
強引に助け出そうとすると、焦ったようなソゾン様の声が聞こえてきた。そして指を鳴らす音が聞こえると、レオンハルトさんの攻撃対象が他の方向へ移る。
「何をしたんですか?」
「今、恐ろしい選択をしようとしただろう? 何故だ」
「なぜって……想像でどうにかできるなら、強引にいけると思って」
わたしの答えを聞くと、ソゾン様は盛大に溜息をこぼした。
「星渡人よ、貴殿の命を安く見積もるな」
「そんなつもりはありません。レオンハルトさんは、なぜあそこに閉じこめられているんですか」
「試練を与えているからだ」
「でも、わたしの時と全然違うじゃないですか」
「それはそうだろう。あやつはただの責務を背負った王族。替えのきかない貴殿とは違う」
「レオンハルトさんだって、替えのきかない唯一の人です!」
「まあ、そう騒ぐな。星渡人以外の人間が試練を受ける時は、肉体と精神を強制的に離している。途中で止めると、肉体か精神のどちらかに支障をきたすぞ」
ソゾン様から忠告を受け、サッと血の気が引いた。神様が言うくらいだ。例え肉体的な傷でも生活ができなくなるのかもしれない。
「まあ、そう心配するな。あやつは……四日も粘っているだと!? 相当な精神力だな」
感心するように唸るソゾン様の声が遠い。
四日も経っているなんて、レオンハルトさんが飢えで死んじゃう。
「そんな……何か、レオンハルトさんを助ける手立てはないんですか」
「どうだt……」
縋るようにソゾン様に訴えると、今の状況を楽しんでいるかのような笑みを向けられた。そんなソゾン様に、ルーナント様からまた鉄槌が下されたらしい。
その衝撃で飛んでいったソゾン様が、よろよろと立ち上がる。神様を飛ばしちゃうなんて、ルーナント様はもしかしたらソゾン様よりもお強い方なのかもしれない。というより、尻に敷かれている感じ?
「星渡人よ……勘違いするな。我とルーナントに上下はない。対等だ」
ふらふらとした足取りで戻ってきたソゾン様は、その顔色に覇気がないような気がする。
じっと見ていると、頭をかきながら教えてくれた。
「貴殿も見ただろう? 扉は二つ。どちらか一つではなくどちらもこなさなければいけないのだ」
「二つの試練を乗り越えるって事ですか? それなら、わたしがもう一つの試練を乗りこえたらレオンハルトさんを救えますか!?」
「良いのか? あやつは、力を得るためにここへ来たのだろう?」
「そ、それは……」
透明な壁の向こうで、レオンハルトさんが戦っている。わたしが二つ目の試練をクリアしちゃうと、レオンハルトさんの意思を無視する事になるよね。
「待つのも自由。貴殿が試練を受けるのも、また自由。ただこれまで、責務を背負った王族が試r……」
ソゾン様は、どうやらまた鉄槌を下されたらしい。
それにしても、よく窘められているよね。どんな時に注意されていたんだっけ。
レオンハルトさんの姿でわたしに迫ってきたり、言葉遊びをしたり。そして今の感じから推測すると、話が滞っている時かな?
自分なりの答えを出すと、ソゾン様は少々面倒そうに頭をかきながら言う。
「貴殿の反応が良く、遊んですまなかった。王族が試練に成功した試しがないというのは、かつて王族が試練に挑んだ事がないからだ」
「それなら、レオンハルトさんが初めての挑戦者って事ですか」
「そうなるな。王族というのは、自分が苦労せずに下々の者に苦労を強いる事が当たり前なのだろう」
「少なくても、今のヴァラタンの王族の方々は、違うと思います」
「そうだな」
ソゾン様が、まるで子供を見守る親のような視線をレオンハルトさんに向ける。
「あやつは、よほど守りたいものがあるのだろう。あやつが戦っているのは、貴殿に見せたものと同じ。心を占める人物が犠牲になると自己申告し、力を得よと言ってくるものだ」
ザワッと、心が騒ぐ。
あの場所へ行けたら、レオンハルトさんの心を占める人物は誰かわかる。
「あの場にいるのは幻。試練を受けている本人にしか見えない」
「ここへ来るまでに、レオンハルトさんは拒否しているような言葉を言っていました。それは、どういう事ですか」
「それなら、あやつは幻影に向けてお前を犠牲にしないと言っているのだろうな。力を得るために来ているのなら、正しい選択だ。もし幻影を供物として捧げれば、あやつの心は壊れ、永遠に外へ出られないからな」
「そんなっ……」
「そう焦るな。何度か攻撃されただろう? あれは供物を捧げない選択をした事で幻獣達に襲われているだけだ。そなたがいる方向に出現させるようにしていた」
「だけって……わたしはソゾン様と話せたので終わりましたけど、それなら、レオンハルトさんは? どうやったら試練が終わるんですか!?」
「喚くな。これは試練だ。ようは、我ら二柱にあやつの事を認めさせれば良いのだ」
「だから、それをどうやって……」
「ここで答えを教えてしまっては、試練になるまい?」
確かに、それはそうだ。自分で考えて答えを出すから、試練になる。
待って? もしそうだとしたら、違う扉に入ったわたしも今、試練の最中なんじゃない?
ソゾン様を見た。わたしがどう動くかと観察しているように、手に顎を置いている。
「王族にとっての試練はわかりました。では、星渡人にとっての試練は?」
「我々は、何も人間を困らせたいわけじゃない。それが答えだ」
「(どういう事……?)」
ソゾン様の言葉を、噛み砕いてみる。
神々にとって、人間は子供みたいなものだと思う。だから、困らせたいわけじゃない。むしろ、王族の事を話題に出しながらもその顔に嫌悪はなかった。
そもそも、星渡人という制度自体が神々から人間へ贈るプレゼント。
星渡人は、この世界の人々が繁栄するために異世界から召喚される存在。それぐらい、特別なもののはず。だから気にかけるし、手助けもする。
神々は、人間に慈悲を持っていると思う。だからこそモルルモア大戦争なんてものが起こっても、人間を見捨てなかった。
むしろ、罪を償う機会を与えてくれている。神々との契約は、その証拠。
そしてその契約は、主に星渡人――つまりはわたしの、幸せを願うもの。
まさか、と思ってソゾン様を見る。
「どうだ、試練の内容はわかったか」
「えっと……その、ソゾン様達はもうわかっていますよね?」
「どうだろうな? 大切な事は口で言わなければわからないぞ」
わたしに願いを言わせようとするソゾン様に、ルーナント様から鉄槌が下されないかと期待してしまう。
でも、ルーナント様もわたしの口から聞きたいみたいだ。この間は、話を滞らせていると判断されない。
ちら、とレオンハルトさんを見る。今も、試練をクリアすべく奮闘していた。
でも、最初に呼びかけた時、僅かに反応があったはず。それなら、憔悴しているように見えてもこちらからの声は届くんだ。
ソゾン様の様子を窺う。
ワクワクを隠しきれないような、期待で目を輝かせている。
わたしは耳まで熱くなるのを感じながら、目をぎゅっと閉じて叫ぶ。
「……わ、わたし、星渡人のアンネはっ、レオンハルトさんと恋人同士になりたいですっ!!」
「叶うと良いな」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください!? どうしてそんな他人事なんですか??」
「長く人間を見てきた。人間というものは、自らが願い、叶える事で充足感を得るのだろう?」
ソゾン様の口角が、大きく上がる。まるで「その反応を待っていたぞ」と言わんばかりの悪戯っぽい笑みだ。
神々との契約、茶の項目。『星渡人が再来したら、申請された願いを自分達の力だけで叶える事』。
この、「自分達の力」。これはてっきり王族の人達だけだと思っていたけど、これはわたしも入るんだ。だから、赤の項目に『星渡人の自主性を重んじる事』がある。
「人に与えられた幸せなど、真の幸せとは言わない」
「そ、それなら、わたしは告白し損じゃないですか!!」
「そうでもないぞ? 貴殿の心意気を大層気に入った我は、あやつも認めてやろうではないか」
ソゾン様が、パチンと指を鳴らす。
その、瞬間。幻影が消えたのか、張り詰めていた緊張の糸が切れたみたい。
「レオンハルトさん!!」
足が勝手に動き出す。
倒れていく彼の身体を、両手で必死に支えた。
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「星渡人は、世界を貶める魔女です!」
「使徒様、星渡人とはどのような方ですか」
「星渡人とは、千百年前――モルルモア大戦争を引き起こした極悪人の事!」
「モルルモア、大戦争?」
昔の事を知らない村人達に、ミエニスタ伯爵が滔滔と嘘の歴史を語った。その歴史を聞いた村人達は、かつて国が貶められたと聞いて憤慨していく。地団駄を踏む者、拳を強く握る者と反応は様々だ。
「許さねえ! おら達の国を何だと思っているんだ!」
「その純粋な怒りはごもっとも。その怒りをぶつけ、我らの新しい世界を勝ち取ろうではないか!」
「でも、星渡人なんて昔の人間だろ?」
「それが今、城に我が物顔で滞在しているのだよ。レオンハルト殿下を誑かしてな!!」
「な、何だって!?」
市井でも顔を知られているレオンハルトの名前を出す事により、集まっていた村人達の内、女性陣の目に殺意が籠もった。
(馬鹿な奴らだ。正しい歴史なんて知ろうともしないで)
教皇が国のトップに立ち、そのおこぼれに預かる。これほど楽な将来設計はない。
ミエニスタ伯爵は自分の輝かしい未来のため、こうして各地の士気を高めていく。
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