067件目 究極の選択肢①
大きな扉を、グッと押し開けた。重たすぎて力負けしてちょっと戻されたけど、どうにか中に入る。
すると、標準的な大きさの扉が二つ用意あった。その先は特別な空間に繋がっているのか、その場に扉が浮いているようにふよふよと動いている。
レオンハルトさんはどっちの扉から入ったんだろう。そう考えていると。
「選択セヨ?」
まるで見えない壁に文字が刻まれるように、扉の上部に言葉が現れた。鏡文字になっていないから、これはレオンハルトさんも見たと思う。
浮いている扉は二つ。金色と藍色の組み合わせは、壁画でも見た。モルルモア大陸は夫婦神と言われる二柱が治めているとされる。この色はたぶん、その二柱を象徴する色なんだと思う。
「太陽神ソゾン様と、月女神ルーナント様……。ソゾン様は生まれ持った性質を、ルーナント様は個別のスキルを与えるとされているんだよね、確か」
今ある力に、新たに加える。そう考えると成人の儀で力を与えてくれるルーナント様を象徴するような藍色にすべきだ。
でも、生まれ持った性質を強化すると考えるとソゾン様の方の金色の扉にすべきか。
「どうしよう……。どっちに行けば、レオンハルトさんを助けに行ける??」
選択肢を迫られるようになってから、レオンハルトさんの声が一切聞こえなくなった。それはこの場所がすでに隔絶されているからなのか、レオンハルトさんが倒れてしまっているのか。
後者ではないようにと願いつつ、金色の扉を開けて中に入った。
星渡門を使っている時のような、空間の歪みを感じる。もしかしたら時間の流れ方も違うのかもしれない。白だけの空間は、広さも平衡感覚さえも狂う。
でも星渡門とは違って、進むのは自分の足しかない。向かう先しか見れないように身体を操作され、どんどん進む。
そして、小さな黒い点がぱぁっと広がった。
「ここ、は……?」
試練という言葉から、ゴツゴツとした岩場みたいな殺伐とした場所を想像していた。
でも出た先は、まるで正反対。野花が咲き誇り、遠くには山の尾根が続いていた。春先の少しひんやりとした、でも心地良い風が吹いている。
高原って、こんな感じなのかな。
「あっ、兎だ」
ぴょんっ、ぴょんっと、見覚えのある兎が跳ねて近づいてきた。前世でよく見た色合いの、普通の白い兎。くりっとした赤い瞳をわたしに向ける。
「ねぇ、ここはどこだかわかる? レオンハルトさんを捜しているんだけど、近くにいるのかな」
兎に問いかけた所でわからないよね。
そう思っていたら、その兎が突然高速でわたしの足下を回るように走り始めた。
「な、何!?」
兎の挙動に驚いていると、白一色だった兎の毛色がどんどん変化していく。
金色が増え、徐々に藍色も追加されていった。そして真ん中できっちり分かれた二色の兎になる。瞳の色も、毛色とは逆の色味になった。
金色と藍色は、二柱を象徴する色。それなら、この兎は神々から与えられたヒントなのかもしれない。
二色の兎に視線を合わせるようにして腰を落とす。
「レオンハルトさんは、どこにいますか」
「私ならここだ」
「えっ!?」
兎に質問した瞬間、その奥から聞き馴染みのある声がした。驚いて顔を上げると、いつものように青い髪を撫でつけているレオンハルトさんがいる。
すぐに立ち上がり、駆け寄った。
「レオンハルトさん! 良かった……水の中で見せられた姿は憔悴していたから、心配していたんですよ」
「それはすまない。神々との契約の茶項目、『申請された願いを自分達の力だけで叶える』を実行するためにここまで来た」
「そうだったんですね。こうして会えたという事は、もう力を得られたんですか」
「ああ。貴殿も試練を乗り越えるのならば、選択しないといけない」
「選、択……?」
レオンハルトさんと話していて、違和感を覚えた。最初こそ貴殿呼びだったけど、最近では名前を呼んでもらっている。
それに、流されそうになったけど。
わたしは、誰にも自分の願いを伝えていない。だって、言えないから。
それなのに、願いを叶えるとは。
ザッと、数歩下がる。警戒心を込めた目でレオンハルトさん――いや、幻影を見た。
「どうした?」
「……あなたは、試練を乗り越えたんですよね? どんな選択をしたんですか」
「簡単な事だ。力を得るために、貴殿が大切なものを捧げればいい」
「大切な、もの?」
「そうだ。この場所は、貴殿の心が反映される。つまりは、私だ。貴殿の心を占める人物が私だから、こうして現れた」
幻影はわたしの反応を見て、偽物だと言う事を隠そうとしない。レオンハルトさんだったら絶対にしない、人を小馬鹿にするような笑い方をする。片側の口角だけ上げるその笑い方は、レオンハルトさんの顔でしてほしくない。
「分析不足だな。貴殿が好む顔は、こっちか?」
「――ッ!!」
そう言って、花がほころぶような柔らかな笑みを見せてきた。その笑みは、まるで愛しい恋人を見るかのようで、妄想劇場の中のレオンハルトさんみたいだ。
だから、不覚にもその笑顔に心臓が早鐘を打つ。
「さ、捧げるってどういう事ですか」
「どういうって、こういう事だ」
幻影が指をパチンと鳴らすと、金色と藍色の二色の幻獣達が現れた。猪、牛、兎、鶏、羊。塩獣の色違いの動物達が、わたし達を囲んでいる。
まだ捧げるという言葉の意味を計りかねていると、突然猪が幻影に突進した。抵抗する事なく倒された幻影に、他の幻獣達も襲いかかる。
「ちょ、ちょっと!? どうして抵抗しないんですか!? 戦ってくださいよ!!」
目の前の幻影は、レオンハルトさんじゃない。そんな事はわかっている。
でも、同じ顔の背格好の幻影を放っておけるわけがない。戦う意思を決めると、わたしの手に木の棒が現れた。
「来るな! 散れ! レオンハルトさんに近づくな!!」
棒をがむしゃらに振り回す。幻獣達は尻込みするように後退るけど、撤退はしない。
「良いぞ、もっとやれ。ここでは、想像が何よりの力になる」
「はぁ!? 想像、が……」
幻影の言葉にハッとなる。
思えばレオンハルトさんの事を考えて幻影が現れた。表情の事を考えたら変えてきて、戦う意思を持ったら木の棒が出てきている。
なるほど、想像の力。それならわたしの得意分野だ。
わたし達を守るようなものを想像する。
「すくすく育て茨の籠! 近づくやつらを絡め取れ!」
わたしと幻影を守るように茨の籠が作られ、その周囲にいた幻獣達がバタバタと暴れているような音がきこえる。
「さすがだ」
そう言った幻影がパチンとまた指を鳴らすと、茨の籠の外の音がなくなった。
言い方が、本当にレオンハルトさんみたいで困る。レオンハルトさんはこっちにいないとわかっているのに、怪我だらけの身体が心配になるから。
「わかった。貴殿の望み通り、綺麗な身体にしよう」
幻影が指を鳴らすと、シュルシュルシュルッと回転する煙に包まれた。何でそんなに大仰な感じにするのかと思っていたら。
「な、何て格好をしているんですか!!」
「何を恥じらう? 貴殿が求めた姿だろう?」
「違います!!」
幻影が、レオンハルトさんの顔のまま傷一つない綺麗な身体――つまりは、大事な部分は辛うじて煙に保護されている状態を晒した。
わたしはすぐに体ごと目線をそらす。でも防御しながら周囲を攻撃するのつもりで出した攻防魔法は、中が広くない。
目線をそらしただけじゃ、物理的距離は取れなかった。すぐ後ろに、幻影がいる。
「どうした? このような関係を望んでいるのだろう?」
「そ、それは……」
「否定しないとは可愛いy……」
不自然な所で声が途切れる。
不審に思って振り返ると、そこにはまるでギリシャ神話のようなくるくるとした金髪の人物がいた。茨の籠に寄りかかるように気絶しているその顔は、全然レオンハルトさんに似ていない。
ここは、神々が用意した試練の間。それなら、この人は。
「……太陽神、ソゾン様ですか」
「い、いかにも……我がソゾンである」
わたしが背を向けている間に襲撃されたのか、ソゾン様は後頭部をさすっている。たんこぶでもできたのかな。
「あ」
わたした想像してしまったせいで、ソゾン様の後頭部に漫画で見たようなたんこぶができてしまった。
か、神様はやっぱりすごいね。一瞬で服を着替えている。
「星渡人よ。貴殿が想像した結果から目を背けるでない」
「そ、そういえば、どうしてわたしの願いがわかったんですか」
「神殿に招き寄せるまでは、不明だったさ。ただ、貴殿は妄想をしただろう?」
「え……あの妄想劇場を見たんですか!!」
「うるさい。声を荒げるな。貴殿の思念を読み取ったまで。全てを読み取るのは良くないとルーナントから言われている」
ソゾン様の後頭部には、まだたんこぶができている。今の話を聞いた感じだと、暴走したソゾン様をルーナント様が止めた感じなのかな?
「左様。神殿内部はルーナントとの精神的共感作用がある。あ、左様と作y……」
言葉遊びに気づいたらしいルーナント様から、愛の鉄槌が飛んできたらしい。スコーンと何かが当たったかのように、ソゾン様が倒れた。
「あ、ルーナント様と繋がっているって事は、もしかしてレオンハルトさんの状態もわかりますか!!」
「それは、貴殿がその目で確かめて見るが良い」
「えっ……??」
ソゾン様が指を鳴らし、わたしにその指先を向けた。
その瞬間、浜辺で波に足が攫われるような感覚になる。思わず目を瞑っていたら、その感覚が収まった。
恐る恐る目を開ける。
「え……?」
最初の二択の選択肢、金の扉と藍色の扉の前にいた。直接行かせてくれないのかと内心で抗議しながら、藍色の扉を開けて中に入る。
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「教皇様、報告に上がりました」
「うむ。シュパル子爵よ、ご苦労だった」
「待て。私は枢機卿だぞ。なぜ挨拶しない」
「それはすみませんでした、ガッドム枢機卿」
「こらこら。仲間内で揉めるんじゃない」
睨み合う両者を止める教皇は、注意を受けても尚敵意を隠さない二人を見て溜息をつく。
ガッドム枢機卿は、立場こそあるが貴族的な身分はシュパル子爵と同じ。だからこそ、教皇の側近のガッドム枢機卿に当たるのだろう。
(これも全て、人望のあるわしが悪いのじゃな)
微塵も悪いと思っていないような満足げな笑みを浮かべ、教皇はシュパル子爵から各使徒達の動きの報告を受けた。
武器良し、人数も確保。食糧も充分な蓄えがあり、資金も着実に集まってきている。星渡人を陥れるための策も進んでいるから、計画の穴も見つからない。
(近い! 近いぞ! わしが国のトップになる時が!!)
ふは、ふは、ふはははは。
子爵の二人がいがみ合う中、教皇の高笑いが響いた。
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