066件目 辺境の神殿
湖底神殿に向かうためにはどうすれば良いかと周囲を探る。でも、僅かな光に揺れる水面があるだけで何もヒントはない。
「泳げない事はないはずだけど……」
前世では、人並みに泳げていた。だから問題ないとは思う、けど。記憶があるだけで、身体は別物だ。
この世界の人は、前世と同じような人体構造だよね? 魔法があるファンタジーな世界だ。人は沈むと言われても不思議じゃない。
「魔法で身体を覆って……あ、そうだ。今は魔法が無効だった」
湖底に見える神殿は、かなり深い場所にあるような気がする。
「神殿だし、レオンハルトさんは行っているみたいだし……身体に害はないと思うけど」
見たところ、地底湖に生き物はいないみたい。水草みたいなものも見えないから、捕らわれて溺れる事もなさそう。
問題は、深さだ。それほど肺活量が多くないから、たどり着くまでに息が切れちゃいそう。
水のないただの崖なら、石を投げて地底に当たるまでの時間で深さを測るって聞いた事がある。でも湖じゃその方法を使えない。
「ーーだ!」
「レオンハルトさん……今、向かいます!」
またレオンハルトさんの叫び声が聞こえた。まごまごしていても、何も変わらない。ひとまず潜ってみる事にした。
何度か深呼吸をして、湖の中へ入る。腰の辺りまで水に浸かるようになってから、大きく息を吸い込んで潜った。
水の中へ入ると、一気に視界が悪くなる。外で見た時よりも暗い。なるべく直線距離を行くようにして、バタ足で進む。でも地底神殿は思ったよりも深くて、入口までたどり着けそうになかった。冷静に捜せば何か違う方法があるかもしれない。
そう、思った瞬間。
「ッ!? ベボンバルドざん!?」
目の前に、レオンハルトさんらしき人物が映った。でもそれに驚いて空気を逃がしてしまい、口を塞いで慌てて湖から出る。
「ヵハッ……はぁ……はぁ……」
危なかった。もう少し遅かったら水の中で呼吸するところだったよ。
湖岸まで戻り、息を調える。
「さっき見えたのは……??」
湖底の様子を探るように、四つん這いになってまた地底湖に近づく。でも、ここからじゃさっき見たやつは欠片もわからない。
神殿に入ろうとしてわたしが見たのは、レオンハルトさんの姿。何かを叫びつつ憔悴しきっているかのような、そんな姿だった。
あんな姿を見せられたら、早く向かわないとと焦る。あの姿は、レオンハルトさんの今の状況なのかな。
急いで向かうにしても、湖底神殿までの距離が遠かった。ここでは魔法も使えないし、どうしようか。
わたしは星渡人だし、ここは神殿の力が漏れ出ている所。それなら、わたしにしか行けない方法で何かあると思うんだけど。
そう考えた時に、岩塩坑に入った時の事を思いだした。壁にあった小さな岩塩が、わたしの魔力に反応していた事を。
+ + +
立てた仮説の答えとしては、違う結果になった。
小石を捜して壁の岩塩を掘り出したけど効果はなくて、波打つ紐みたいなやつとふわふわに見える地面のやつが答え。二つを同時に手に持つと、それぞれがまるで磁石のように引き合って形を変えたんだ。ぐにぐにしているそれは、粘土をこねている感じ。
もしかしたら神々の恩恵かもしれないと思って、その不定形になった軟らかいやつにわたしのイメージを注ぐ。そしたら、口元を覆う布のマスクみたいになった。
「よし。準備万端」
鼻と口周りに余裕があるようなマスクをつけて、地底湖に潜る。水の中に入ってもマスクの中の空間はなくならなくて、不思議と呼吸もできた。
今回はレオンハルトさんの姿も見なくて、今度こそ地底神殿に到着する。
「わぁ……すご……」
太い柱に支えられていた入口を抜けると、水がなくなった。それに濡れていた服も一瞬で乾いたみたい。マスクを外してポケットに入れた。
神殿の中は白一色。見たところ光源はないみたいなのに、眩しくて目を開けられない。
そうか、あれだ。雪原にいるみたいな感じだ。白すぎて、光を反射して眩しいみたいな。
それに、この神殿に入ってからというもの、魔力が漲ってきている気がする。神殿だから、神々から直接力を受け取っている感じなのかな。
そう自覚したら、眩しさを感じなくなった。
「レオンハルトさん、今行きます!」
入口から真っ直ぐ、さらに地下へ進む階段があった。両側には太い柱が天井まで伸びている。その間ををトトトンと軽快に降りていくと、何本目かの柱と柱の間に気になる壁画があった。
「何がしたいか……?」
鏡文字で書かれた文言と、その周囲に寝ていると思われる人間っぽい絵が刻まれている。その壁画だけ金と藍色で色が塗られていた。
でも神殿だからそういうのもあるんじゃないかな。そう思って、先を急ぐ。
続けて階段を降りていくと、先程の壁画から二つ目の柱の所にまた新たな壁画があった。書かれている文言は同じだけど、今度は何かを食べている。
それから先は、一つ柱を挟む度に壁画を見つけた。
二人の人間が抱きしめ合っている姿、大勢に傅かれているような姿、紙幣みたいなものをばらまいているような姿……。
人間の欲を体現したかのような人型の表情が、妙に生々しく浮かび上がっていた。文言は、どれも同じ。
「何がしたいか、か……」
神殿というぐらいだから、ここは星渡人の願いを叶える場所なのかもしれない。この先に進めば、自分の願いを言う場所があるんだと思う。
「……」
進む足が止まる。
わたしの願いは、ただ一つ。でもそれは、口に出してはいけない事。でも口にしないと、ヴァランタンに課せられている呪いの契約は解けない。
いくつもの壁画を見て……というか、見せられて、改めて自分の願いが他で代弁できないかと考える。
「……最終的には、レオンハルトさんが幸せならそれで良いんだけど」
わたしは、はっきりと自覚してしまっている。レオンハルトさんへの思いを。
レオンハルトさんが誰かと結婚して、子供ができて……そんな姿を想像するだけで心の奥から黒い塊が出てくる。喉から手が出るほど欲しいと思うその場所を、強く求めて壊してしまうかもしれない。
嫉妬に狂い、レオンハルトさんの奧さんを……。
「ダメだ。そんな事を考えたら……」
勝手に膨らんでいく悪い想像を断ち切るため、頭を振る。代わりに、妄想を引き出した。
# # #
今日はレオンハルトさんとお忍びデート。いつものようにエスコートされてしまうと立場がばれてしまうから、今日は手を繋いでいる。
変身魔法を使っているけど、顔はレオンハルトさんのまま。紫の髪は目立つし、何より人目を惹く容姿だ。街にいる女の人達が、こぞってレオンハルトさんを見る。
この人はわたしの彼氏だぞ、という牽制も込めてレオンハルトさんの腕を抱きしめた。
「アンネ? どうかしたのか」
「いいえ、何も。ただレオ君の事が大好きだなって」
「何だ、そんな事か」
当たり前のように言うレオンハルトさんが、わたしの頬を両手で包み込む。そして、熱を宿した目を細めながら、顔を近づけてきて――――――。
# # #
「こ、ここは人目があるので!!」
自分の声が神殿の中で反響して、耳まで熱くなった。慌てて左右を見回し、誰もいない事を確認する。
「ま、まぁ? ここにいるわけはないんだけど!!」
人がいるところで転んだ時のような恥ずかしさがある。近くに知り合いはいないかと捜しちゃうような、あんな心境。
でも、ここは神殿。それも岩塩坑の奥の奥。地底湖にある神殿だ。ここにいるのはわたしと――。
「レオンハルトさんの所へ行かなきゃ!」
神殿に入ってからというもの、その前に何回か聞いていたレオンハルトさんの声を一度も聞いていない。記憶に残っている、彼の姿が脳裏に浮かぶ。
何かを叫びつつ憔悴しきっているかのような、そんな姿だった。もしあれが今のレオンハルトさんの状況を示しているのだとしたら、妄想劇場を楽しんでいる暇はない。一刻も早く、駆けつけないと。
グッと拳を握って気合いを入れ直し、レオンハルトさんを求めて神殿の中を走った。
「――だ! それはできない……」
「レオンハルトさん!?」
走り続けたら、広いだけの空間に出た。どこからかレオンハルトさんの声が聞こえてきたけど、どこにいるのかわからない。その声には張りがないように思う。ずっと主張し続けているのかと思うほど、声も枯れている。
早く、レオンハルトさんの所へ行かないと。そう思うのに、姿すら確認できない。
「どこ!? どこにいるの!?」
周囲を捜す。でも焦っているからか、神々の試練なのか。ただの広い空間に、何のヒントもない。
「駄目だ……。そんな事、できるわけがない……」
レオンハルトさんの声が、また聞こえた。微妙に文言は違うけど、何かをずっと拒否しているみたい。今、神々からの試練を受けている最中なのかも。でも拒否ばかりじゃ、力を授けてもらえないと思うんだけど……。
レオンハルトさんの様子が、尋常じゃない。それなら、ここには神々の意思が宿っているはず。
「わたしは星渡人、アンネです。レオンハルトさんを迎えに来ました!」
願いを言えば何か変化があるんじゃないかって思って、何もない空間で叫んでみた。でも効果は出なくて、わたしの声だけ反響している。
ここが試練の間と推測すると、わたしもその試練を受けないといけないのかもしれない。
「わたしも、試練を受けます!……わっ!?」
宣言すると、天井から落ちてくるように階段が現れた。一段一段が浮いているその階段を上っていくたびに、一瞬身体が沈むような感覚が怖い。
慎重に足を運んでいると、階段を上りきったみたい。浮いた床面みたいなのが見えた。恐る恐る、足を乗せる。階段とは違って、しっかりとした場所だった。身体の浮き沈みもない。
トンッと、その足場に飛び乗った。その瞬間。
「わわっ!」
ブゥゥンと、まるで高速で現れたかのような音を出して、大きな扉が出現した。この先に試練が待っているというような感じの、重たそうな扉。
「よし……。行くぞ」
自分の拳同士を合わせて気合いを入れて、そのまま扉を押した。
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「これぐらいあれば良いですかね。ああ、何て趣味の悪い品々でしょう」
くふふと笑っているのは、先導者と十一人の使徒の一人、ニュルグマ子爵。手に持っているのは成金が好みそうな派手な宝飾品の数々。それらを鞄に入れた子爵は、意気揚々と外へ出た。
まだ日は高く、一番街の南地区を歩く子爵の足取りは軽い。鼻歌を口ずさみながら進む視線の先には、王宮があった。
「星渡人は、何て趣味が悪いんでしょう」
くふふと笑いながら進む子爵を目撃した人物がいた。しかし追尾されていると知らない子爵は、王宮が近くなった所で路地へ入る。そしてローブのフードを被り姿を消した。
誰にも咎められず、王宮内に侵入する。
「ぼくじゃなくて、すぐそこにいるはずの侵入者を捕らえろよ!!」
「何を言っているんだ。お前が侵入者だろうが!!」
「(……くふふ。そうして、時を無駄にすれば良い。教皇様が立てた計画は完璧だからな)」
子爵に気づかなかった門兵と言い争っている追尾者の声を聞きながら、子爵はアンネの部屋へ行く。そこで持参していた宝飾品の数々をクローゼットの奥にしまい、城を抜け出した。
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