063件目 痕跡を捜す
研究室を出ると、兵士の人達も動こうとしていた。それを後ろから来た大公様が止める。
こうして一人で大聖堂を出たわたしは、三番街へ向かおうとした。
「……レオンハルトさんに会えるまで、時間がかかるかもしれない。軽い旅の支度は必要かも」
廷臣法官として働いていたから、お金はある。でも使えるものがあるとわかっているのに新しく買うなんてできない。
一度寝室へ戻り、最低限の着替えを準備した。
寝室に戻る途中で出会う兵士の人達にわたしの護衛はいらなくなった事を伝えたおかげで、お城を出る時にも周囲に人はいなかった。守られてばかりだったけど、これからは自分で自分の身を守らないといけない。
あらためてグッと拳を握り、気合いを入れた。
星渡殿がある、三番街へ向かう。
考えてみたら今までずっと、どこかへ向かう時は誰かがいた。初めて一人だけで行動する。他が日常を送っていて、自分だけが違う行動。まるで学校をサボっているかのような変な高揚感がある。
サボっているわけじゃないけど、その高揚感は落ち着かない。だから、髪飾りにしている羽根を両手で挟んだ。
韋駄天魔法を使い、一番街を駆け抜ける。人に当たらないように注意しながら走り続け、街の境の手続きで休む。そして、目的の三番街に到着した。手の平を二度合わせて魔法を解除して、また羽根を髪飾りに戻す。
「まずは、北の転移街クホイへ出発!」
星の形をしている星渡殿には、長い行列ができている。その行列の最後尾に並んで、クホイを目指す。
星渡門を潜るあの装置は六人乗り。だから意外とスイスイと行列が進んでいく。
建物内に入り、案内板を見る。目的地のクホイには青い線を辿れば良いんだね。その線を捜すと、東西南北の中で一番人が少なかった。そして少ない人数の中で体格の良い人ばかりが並んでいるのは、何か北でイベントがあるのかな??
不思議に思いつつ行列に並び、星渡門を潜った。
「おぉっ……」
王都と同じような白い星渡殿を抜けると、目の前は青だった。
青い屋根が連なる街並みは、ここが王都ではなくクホイなのだとわかる。同じ青でも濃さや淡さが違って、一軒一軒の色が重なっていない。
星渡殿に続く道は一本道で、まるで参道みたい。両側に色んなお店が並んでいて、空腹を刺激される。
くぅぅぅぅ、と盛大にお腹が鳴った。
「くっ……時間が惜しいけど、腹が減ってはって言うもんね。何か食べておこう」
お風呂に入ってすっきりしたかったらそういうオノマトペを考えれば良い。最悪、眠る事だってどうにかなると思う。
食べられれば何でも良いんだけど、食べないのはつらい。レオンハルトさんと再会できた時にお腹が鳴るなんて、絶対に嫌だし。
「ふわぁ……どれも美味しそう……」
焼き立てパンの香ばしい匂い。ジュウジュウと肉が焼ける音。醤油っぽい濃厚な香りが、道の両側から漂ってくる。
クホイの人は、食事にかなりこだわっているみたい。
目移りしつつ足を進めていくと、一本道の突き当たりに美味しそうなパン屋さんを発見した。大きなパンの看板と、店頭でも食べられるようなカフェのような雰囲気のお店。ガラス越しに見えるパンも、たくさん種類があってそそられる。
そのパン屋さんに吸い込まれるように進んでいると、T字路の横から来た人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか」
尻餅をついてしまった男性に手を伸ばしていると、その男性が呆けたように何度も瞬いていた。心なしか、顔がうっすらと赤いような気がする。
「あの……?」
再び声を掛けると、ビクッと驚いたように我に返った男性が、勢い良く立って姿勢を正した。そして何を思ったのか、綺麗な角度で頭を下げて手を伸ばしてくる。
「僕と付き合ってくれませんか!!」
「えっと、無理です」
「では俺と!」
「いやいや、おれと!」
「こんな奴らよりもぼくと!」
「ここはオレと……っ!?」
ぶつかってしまった男性の誘いを皮切りに、周囲にいた男性達が一斉に交際の申し込みをしてきた。中には強引に触ってこようとした人がいて、その人は盾魔法に弾かれる。
その失敗例を見ていると思うのに、他よりも先にと思ったのか我先にと周囲の男性達が手を伸ばしてきた。そして、結果は同じ。全ての人達が見事に尻餅をついている。
んー……? クホイの街でも黒髪黒目が星渡人だって知られているのかな?
生まれた村では、奇異の目で見られていたけど……場所が違えば、こんなにも受け入れてもらえるものなんだね。
尻餅をついている男性達は、お互いが邪魔をしているのだと思ったみたい。取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
えっと……これは、どうしよう??
恐らく原因のわたしが止めるべきか。廷臣法官だし、止める権力はある。でもあくまでも王都での話で、ここではクホイの廷臣法官に助けを求めるべき??
「お前達! 何をしているんだ!!」
悩んでいたら、クホイの廷臣法官達がやってきたらしい。喧嘩をしている男性達全員が拘束された。その手際は見事なもので、もしかしたら普段から血気盛んな事故が多いのかもしれない。
「では、ご協力ありがとうございました」
騒動の中心にいたという事で、わたしも事情聴取された。でもいつもつけていて若干忘れつつある、王妃様から頂いた徽章のお陰で早々に解放されている。
廷番所から出る直前に振り返る。
「あの、一つ聞いても良いですか」
「何でしょうか」
「レオ……第二王子殿下を、この街で見かけませんでしたか」
「いいえ、見ていません」
「そうですか。ありがとうございます」
収穫はなし、か。
レオンハルトさんはあの見た目だ。街を歩いていれば絶対に目立つ。それなら、わたしみたいに騒動に巻き込まれていないか、本当に来なかったかのどちらかだと思うけど……。
女の人に聞いた方が良いかもしれない。第二王子以前に、レオンハルトさんはイケメンだし。
でも、女の人っていってもどういう人に聞けば良いのかな。レオンハルトさんって、目的のためには寄り道なんてしなそうだし。
「あっ……そろそろ、泊まれる場所を捜さないと……」
騒動があって、拘束時間は短かったけど確実に時は進んでいた。空がうっすらと陰ってきている。初めて来た場所だし、相場もわからない。早めに行動しておこう。
ぐっぐぐぐぐぐぅ……。
お腹も空いたなぁ。宿屋でご飯も食べられるような場所が良いな。
廷番所の近くにあるなら治安も良いはず。そう思って、周辺で泊まれる場所を捜す。
「あっ。ここが良いかも」
廷番所の明かりが見えるくらいの、ちょっとした路地。美味しそうな香りに誘われて入ったそこは、可愛らしい熊のぬいぐるみがウェルカムボードを首から提げていた。
緑の宝石のような瞳のぬいぐるみ。前にロジェナちゃんが持っていた熊のぬいぐるみと似ている。王都でもクホイでもって事は、相当人気があるぬいぐるみなんだね。
親近感のある熊のぬいぐるみの頭を軽く撫でてから、宿屋へ入った。
「ふぅー。美味しかった」
カレデューって呼ばれていた料理。あれはカレーだよね。煮込まれた野菜とお肉がほろほろで、ちょっと辛口で美味しかった。
一泊取った部屋のベッドに座っていると、最低限の旅路の共、斜めがけ鞄の中から何かが暴れて突き破ってくる。ピュッと出てきたのはコウモリ型通信機。早く出ろと言わんばかりに、プルルルと鳴きながらわたしの周囲をグルグルと飛び回る。
コウモリ型通信機……長いから初号機って呼ぼうかな。
通信してきたのは、どうやら大公様みたいだ。老眼鏡をかけている初号機の頭を撫でる。すると一つ目の部分が大きくなり、テレビ電話が始まった。
「アンネさん。今大丈夫かの」
「どうしましたか」
「神々から、レオの行き先が届いた」
「えっ? どこですか??」
「北の国境、ロテインじゃ。リヴィエリ山の麓にある村の先に神殿があるそうじゃ」
「なるほど。レオンハルトさんは、そこで神々からの力をもらうんですね。でも神殿があるなら、観光地ですかね? 人も多そう」
「いや。その神殿は知られていないようじゃ。今回、神々からの啓示で……って、こら、タマ!!」
突然、瞬きをするようにテレビ電話の画面が何度か暗くなった。かと思うと、何か強い衝撃が入ったのか声も聞こえなくなる。
うーん……最後に聞いた感じだと、タマちゃんの遊び道具にされちゃったかな? 上手く逃げられると良いけど。
初号機を通じて、自由に動けるように魔力を送っておいた。
「よしっ。目的地が判明したぞ」
明日からすぐに動けるように、宿の主人にロテインまでの行き方を聞いた。
翌日。
ロテインまでは乗馬か馬車が一般的らしいと聞いたけど、昨日の一件があるからわたしは韋駄天魔法で行く事にした。方角だけ間違えないようにして、早速出発。
「あの……」
「もし……」
「お時間……」
大通りに出た瞬間から、声がけが始まった。その男性達にぶつからないように避けながら、ロテインがある方向へ駆け抜ける。一度ジャンプして速度も上げたから、これで黒髪かどうかの確認もできないはず。
声もかけられないほどの速度でクホイを駆け抜け、街を出た。
大きな石橋を渡り、畑の中を通るような道を進んでいく。しばらくそんなのどかな道が続いて、川にかかる木製の橋を渡ろうとした時、思わず足を止めた。
「わぁ……」
天高く聳えるリヴィエリ山。その山頂は雪が積もっているように白い。そのリヴィエリ山から流れているように見えるのは、雪解け水かな。
ヴァランタンには春っぽい気候しかないけど、山の上ともなると気温は低いのかな。山頂が見えているって事は、まだ距離があるのかも。
韋駄天魔法の速度を上げて、ロテインの村へ急いだ。
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雨が降る深夜に、一番街北地区を歩く人物がいた。その者は姿を消しており、濡れた地面を歩く水音だけ響く。
一軒の邸宅についたその足音の主は、ノッカーを動かした。招き入れられ、フードを外す。
「ノルディ伯爵。準備は進んでいるか」
「私の領地の倉庫に千人分の保存食が一ヶ月分、用意できました。移動は、いつ頃しましょうか」
「決まり次第連絡する」
「量が量なので、早めにご連絡頂ければ」
「わかっておる」
一礼して去って行った同胞を見送り、部屋に戻った教皇は窓の外を見た。
「ふふっ。着実に準備は進んでいるようだ。わしが国の頂点に立つための準備がな!」
「教皇様。その輝かしい時が来たら、是非とも……」
「わかっておる。この騒動が落ち着いたら、その功労者達にはしっかりとした地位を与えよう」
ふは、ふは、ふはははは。
教皇の高笑いが、邸宅に響いた。
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