062件目 捜索を決める
もしかしたらレオンハルトさんが嫉妬してくれたのかもしれない。
そんな妄想劇場に耽っている時、天秤宮に大公様がやってきた。
「アンネさん。今良いかの?」
「えっと……」
ケビンさんを見ると、わかりやすく腕でマルを作ってくれた。
改めて大公様を見たら、その奥に顔なじみの近衛もいる。
「お城の外へ行くんですか」
「そうじゃ。アンネさんに手伝ってもらいたい。レオの手がかりを一緒に捜してほしいのじゃ」
「わかりました!」
大公様の要請により、天秤宮から移動する。
場所は、前に一度行った大公様の研究室。今日も大勢で移動して、前のように兵士達が外、近衛四人が部屋内部での警護となった。
「アンネさんとレオにわしの眼鏡を捜してもらった後、レオがこの部屋で何かを調べておったのじゃ。それから姿を消した。じゃから、この部屋にレオの行方についての手がかりがあるはずなのじゃ。わしも捜してはみたのじゃが、見つからんかった」
「わかりました。捜してみます」
今日のタマちゃんは、離宮の方でお留守番みたい。少し残念な気がするけど、可愛くて気が散っちゃうもんね。
改めて研究室の中を見る。タマちゃんがいないその空間以外は、多くの書類が積まれている。中には巻物みたいなものもあって、おいそれとは触れない感じがした。
だから、レオンハルトさんならどう動くかを考えてみる。
確か、大公様も何を調べていたのかわからないんだよね。だとすれば、レオンハルトさんは目的を誰にも言っていない。
レオンハルトさんは、上司としての威厳について考えていたんじゃないかとわたしは予測している。だからもし、この研究室で調べるとしたら星渡人が残した歴史の謎を解く事。
星渡人が残した逸話の中から、上司としての威厳を保てるような方法を発見した……?
推測を立てて、現場を見る。
たくさんの書類がある中で、崩れている箇所以外は捜す必要はないと思う。大公様から聞いた話だと、この場所で何かを得て姿を消したみたいだから。
ケビンさんが受け取っていた委任状も、走り書きみたいな文字だったし。
それならばと、研究室内で他と比べたら荒れている場所を重点的に捜す事にした。
研究室内にいくつも置かれている、古代文字の解読集。これがある場所に、レオンハルトさんはヒントを残しているはず。
室内を捜しつつ、大公様や近衛四人を見る。近衛四人は入口を守っていて、特に捜索に参加はしていないみたい。まぁ、大公様は前の陛下だもんね。そんな人が研究している場所で簡単に手を出せないし、出すとして毎度許可を取らないといけなくて大変そう。
大公様は、捜している最中に解読集をパラパラと捲っている。でもすぐにハッとなって、レオンハルトさんの痕跡を捜しているみたい。古代文字が気になって仕方ないんだね。
捜し物をしている時のあるあるに頷きつつ、研究室内を歩く。すると、室内だというのに小さな水たまりがある事に気づいた。
「大公様、この水は放置しておいて問題ないですか」
「それはのう、わしも困っておる。貴重な資料が濡れてしまったら取り返しの付かない事になるが、どこからその水が来ているのかもわからんのじゃ」
「ここは地下ですから、どこからか漏れた水が来ているかもしれないですね」
水は軟らかい。でも時を重ねれば岩にも穴を開ける強さを持つ。今のうちに対処しておいた方が、後で困らないと思う。
研究室の方に浸出しないで、他に流れれば良いんだよね。川の流れを正すように、この水にも道ができれば。
「デュルデュルっと穿て水の道。沿って流れて外へ出ろ」
指先から淡い青光が伸び、小さなドリル状の魔法が床に突き刺さる。ゴウゴウと低い音を立てて、水が新たな溝を掘りながら壁の隙間へ消えていった。これで、資料が被害に遭う事はなくなるよね。
痕跡捜し再開だ、と思っていると視線を感じた。その方向を向くと、大公様がまるで子供のように目を輝かせている。
「アンネさん、さすがじゃな!」
「あ、ありがとうございます」
「以前の星渡人も不思議な力を使っておったが、アンネさんはそれ以上じゃの! この瞬間に立ち会えて、わしは幸せじゃ」
近衛の四人が揃って頷く中、スーザンだけが何度も首を縦に振っていた。思わず頬が緩む。スーザンはいつも反応が良いから、つい色んな魔法を見せたくなっちゃうよね。でも今は、その時間じゃない。
レオンハルトさんの行方に関する痕跡捜しだ。
水があった場所から見たら、少し荒れている箇所を発見。もしかしたらと思って、その机へ行く。
机の上には数枚の紙が置かれいて、一番上の紙には不自然な汚れが付いていた。気になって指でなぞってみたら、ほんの少しだけ凹凸があるように思える。
「大公様。こちらへ来てもらえますか」
「何か見つかったかの」
大公様が持っていた古代文字解読集を置いて、こっちに来てくれた。
わたしは机に残されている紙を指差す。
「この紙は、ずっとこのままですか」
「そうじゃの。レオがいなくなってからこの部屋の物は移動しておらん」
「それなら、ここにレオンハルトさんの行方が書かれているかもしれません」
「なんと! それは本当かの!」
「何か書くものを貸してもらえますか」
何でも使ってくれと言って大公様が持ってきたのは、羽ペン、木炭、筆に色つきの鉱石みたいなやつ。この石はタマちゃんの遊び道具にもなるのかな?
タマちゃんが遊ぶ姿を想像してほっこりしてから、木炭を取った。そして、左右に動かして隙間なく塗りつぶしていく。
すると、上に置かれていたと思われる紙に書かれていた文字が浮かび上がってきた。
「何と……」
「きっと筆圧が強かったんですね。こうして、何が書かれているのか見えてきました」
「なるほどの。なになに……『北の辺境にて、神々より力を授けん』か」
「大公様! この、北の辺境というのはどこでしょうか」
「アンネさん、焦るでない。今、わしの記憶を掘り起こしている所じゃ」
大公様は左手を顎に当て、右手を眉間にぐっと押し当てた。数秒の沈黙の後、ゆっくりと首を傾げる。
「北の辺境……神々の力……そんな記述、見た事がないぞ」
「えっ……それなら、レオンハルトさんはどうしてそのメモを発見できたんでしょう?」
「これはあくまでもわしの推測じゃが……隣の部屋の石板のように人知の及ばぬ力が影響しているのかもしれん」
「人知の……神様ってことですか?」
「その可能性はある。慈悲深き神々は、いつでもわしら人間の事を見守ってくださっておる」
「……?」
わたしの頬を、優しい風が撫でた。
「どうかしたかの、アンネさん」
「今……」
もしかしたら神々が見ているかもしれない。そう思ったけど、星渡人の歴史を思い出す。
星渡人と神々が繋がっていると知った人々が、黒々しい欲望に突き動かされてモルルモア大戦争が起こった。
以前の星渡人は恐らく転移。わたしは、転生。転移だから神々と繋がっていると思っていたけど、もしかしたら前世の記憶があると自覚した瞬間から一年間繋がりがあるのかもしれない。
だとしたら、この事実は決して口には出しちゃいけないやつだ。わたしは、十六歳の成人の儀で前世を思い出している。まだ、一年経っていない。
「大公様。わたし、北の辺境に行ってみます」
「アンネさんが動くとなれば、諸々の手配をせねばならん。数日、待つのじゃ」
「そんなに待っていられません。その間に、もしかしたらレオンハルトさんに何かあるかもしれないです」
「それは、そうじゃが……」
大公様が、近衛四人を見た。その扉の奥には、さらに兵士達がいる。
「護衛の件ですが、これを機になくしましょう」
「えっ!?」
わたしの発言に思わずと言った様子で反応したスーザンを見る。
「スーザンなら知っているでしょ? わたしに物理攻撃が聞かないって」
「ですが、アンネ様……」
「何回も命を狙われていたから弱気になっていたけど、いつまでも頼りっぱなしなのはダメだと思うの。精神的な攻撃を仕掛けられたら少々不安は残るけど、今なら負けない気がする」
レオンハルトさんを捜しに行く。今は目的がはっきりとしているんだ。だから途中で化けた人が出てきても冷静に判断できるはず。
万が一、前みたいに迫られたとしても、もう焦らない。レオンハルトさんはそんな事しないって、悲しいけど知っているし。
「大公様。わたしは、護衛の解除を望みます」
「そうか……。了解じゃ。その件はわしから各方面へ伝えておこう」
「北の辺境って、具体的にはどこでしょう?」
「恐らく国境の事を示していると思うが……確証は持てん」
「北の、という事は、星渡門を通って北の転移街へ行ったら何か情報を得られますかね?」
「かもしれぬ」
「それなら、ひとまずそこへ向かいます。もしかしたらレオンハルトさんみたいに神々からメッセージが来るかもしれないので、わたしと連絡できるようにしておきましょう」
「伝令鳥かの?」
「いいえ。それだと時間差が出てしまうと思います。なので……」
ハプスト村でやっていた事を思い出す。あの時みたいに遠くにいてもやり取りができるようにすれば良いと思うんだ。
「プルルルっと鳴ったら即座に繋ぐ。距離も場所も関係ない」
詠唱を終えると、コウモリ型通信機が三体現れた。
「大公様に一体と、念のためにスーザンにも預けていきます。話したい事がある時は、このコウモリの頭を撫でて下さい」
「気をつけて行くのじゃぞ」
「お気をつけて」
レオンハルトさんを捜して、ひとまず星渡殿がある三番街へ向かう事にした。
▲▲▲
王都の一番街、北地区。かつては地区一番の酒場として観劇も行っていた、今は廃虚となっている店の地下。そこに幾人もの庶民が集まっていた。庶民らの顔は、間接的な蝋燭の明かりでは良く見えない。時折聞こえる声からは、不安を感じられる。
その様子を、舞台袖から教皇が見た。
「スマクル伯爵。首尾は?」
「今集まっている面々は、まだ……。力が足りず、申し訳ありません」
「ガッドム。行きなさい」
教皇から指示を受けたガッドム枢機卿は、堂々たる姿で舞台に立つ。
「ここに集まった同志達よ、不安がる事はない。ガゲート様の先導による素晴らしい世界の始まりは、すぐそこまで来ている」
「家の家賃が高くて……」
「納税が……」
「もっと安く買い物を……」
「貯金……」
「死んじまった女房を……」
「子供が……」
「誰もが羨む美人と……」
「全て! 全て叶えよう! 正しき神の名の下に、裁きは下される! 悪しき魔女に制裁を!!」
おおおおお、と地響きに近い歓声が上がる。この場に集まった者達は、みな仲間となった。
「時が満ちるまで、決してばれてはいけぬ。ばれたら最後。ガゲート様はそなたらを見捨てるであろう」
締めの言葉を告げ、ガッドム枢機卿は舞台袖に下がる。そんな彼を迎えた教皇も、満足げに頷いていた。
▲▲▲




