061件目 相棒が消えた
始まりました、第七章。
この章では、大きな仕掛けを一つ準備しています。
※たぶん、機能しているはず……。
気になる方は、ブックマーク登録をしていただけると幸いです。
大公様の老眼鏡を捜し出したわたし達は、護衛の人達とレオンハルトさんと、寝室までやってきた。
ここへ来るまで、レオンハルトさんは終始無言。ずっと、何かを考えているように眉間にシワを寄せていた。
「あの、レオンハルトさん」
「何か用か」
「その……大丈夫ですか?」
「何がだ」
「わ、わたしではあまり力になれないかと思いますが、何か悩みがあれば伺います。人に話すだけでも、気持ちが楽になるんじゃないでしょうか」
「……いや、これは私の問題だ。他人の力を借りる事はできない」
「あ、はい……」
はっきりと線引きされた。その距離感は、胸に直接杭を打たれたかのような痛みを伴う。これ以上は入ってくるなと、言われているような気がした。
「すみま、せんでした……。送ってくれてありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、足早に部屋へ入る。仮面魔法はずっと継続しているから、わたしの表情は読み取れなかったはず。
最近のわたしは、護衛の人達には部屋の外で待機するようにお願いしていた。だから今も、部屋の中には誰もいない。
「ピーンと空気の膜を張れ。わたしの声を届けるな」
ずっと考えていた遮音魔法を唱える。これで、わたしの声は外に届かないはず。
イメージ通りなら、声は聞こえないと思う。
「すいませーん」
部屋の至る所から声を掛けてみる。でも誰も、扉を開けなかった。
「ふふ……これで、思う存分泣けるぞ」
タイムリミットは、グラディア姉弟が来るまでの時間。目を冷やす時間も含めると、三十分ぐらいかな。仮面魔法は表情を取り繕うだけで、身体に表れた変化は隠せないから。
「冷静になっちゃうと、案外泣けないね……」
明確な線引きをされた。
人にはそれぞれパーソナルスペースがある。わたしは、レオンハルトさんの内側へ入れたなんて勘違いをしちゃったんだな。大公様の老眼鏡を捜す前の、あの笑顔を見ちゃったから。
「……ぅっ……ぐすっ……」
嫌われたかもしれない。無遠慮な奴だと思われたかもしれない。もう、あんな感じの笑顔を見せてもらえないかもしれない。
涙を抑えきれなくなって、ついに泣き出す。
それでも、レオンハルトさんの幸せのためにできる事は何かないかと考えてしまう。
「わたしが、側にいない事が最大の幸せかなぁ……」
わたしが星渡人だったから、レオンハルトさんが王族代表として傍にいてくれた。前世の記憶持ちだけど一般人だったら、きっと王族のレオンハルトさんの色んな表情を見られなかったと思う。
……そして、好きなんて独りよがりな気持ちを抱かなかった。
「……そういえば、前世持ちでも一般人なんてありえるのかな? 記憶を持っている時点で、それは星渡人になっちゃうのでは?」
星渡人は、神々からの贈り物。異文化交流の発信者であれとされる存在だ。それなら、わたしは前世持ちである事を嬉しく思う。
レオンハルトさんを好きになった後、好きにならなかった人生なんて考えられないから。
わたしは、今のわたしが良い。
「……ふぅ。大分落ち着いてきた」
そろそろ遮音魔法を解除しても良いかもしれない。そう思って顔を上げ、鏡で目の赤みを確認する。
「うん、意外といけるぞ」
泣いていた時間が短かったからか、わたしの目元は赤くなっていなかった。これが長時間泣いちゃうと、たぶん赤くなっちゃうね。気をつけよう。
そして、遮音魔法を解除した。
時間が経ち、グラディア姉弟がやってきた。いつものように夜間の警護をお願いして、ベッドに入る。
でも、毎晩雨が降るのに、今日はやたらと気になった。ヴァランタンには四季がないから、梅雨もない。それなのに、まるで梅雨のようにジメジメとしているように感じる。
ベッドから出て、窓から外を見た。
「アンネ様? どうされましたか」
「ねぇ、スーザン。今日の雨、いつもと違うよね」
「? 雨の違い、ですか」
スーザンは首を傾げ、ソイルさんを見る。でもソイルさんも首を傾げているから、たぶん、違いはないのかもしれない。
もちろん、ザーザー降りのような降り方の違いがあればわかると思う。でもそういうのじゃなくて、もっと感情に訴えるような感覚がある。
胸がざわつく。何も、起こらないと良いけど。
▲▲▲
(何か、何かないか。アンネ殿を守れる力を得る方法は……)
許可を得て入室している大公の研究室で、レオンハルトは膨大な研究資料と睨み合いをしていた。
大公の眼鏡を捜すという任務は、アンネの力で解決している。アンネには前世での知識があるのだと思うが、あまりにも無力だった事が悔やまれる。
(ケビンから、私への緊張は怖いからではないと聞いた。尊敬の気持ちが大きいのではと。しかし……)
いざという時に相談してもらえないのは上司として失格。そう思ったレオンハルトは、頼ってもらえるような人間になるための方法を捜しに来た。
しかしすぐに読み取れる情報は、王族としてすでに知っているものばかり。残りは、古代文字で書かれている資料。
(兄上であれば、これもまた解読できるのだろうか……。否、私も兄上の弟。お爺様の孫。読み解けない事はないはずだ)
研究室のそこかしこに置かれている、古代文字の解読集。その文字と照らし合わせながら、成長するための方法がないかと捜す。
(……そんな簡単には見つからない、か)
頭を抱え込み、机に突っ伏す。
シトシトと、どこからか水の音がした。恐らく雨が降る時間になり、地下まで浸水してきたのだろう。貴重な資料がたくさんある。万が一にも濡らしてはいけないと、水の音を探った。
「っと、危ない。濡れずに済ん、だ……」
小さな水たまりができていた所に、小さな紙が落ちていた。他には資料が落ちていないようで安心していると、紙に書かれていた走り書きのようなメモに目が留まった。
「カ……? ッ! 力か!」
メモに力の事が書かれていると思い、急いで解読集をパラパラと捲る。一文字ずつ書き起こすため羽ペンを走らせた。見つけ出した興奮のため、筆圧が上がる。所々紙に穴を開けながら、十五文字の解読を終えた。
(これで、アンネ殿にも頼ってもらえるような人間になれる)
自信に満ちた上司の方が頼りがいがあるだろう。そう思ったレオンハルトは、次の行動に向けて一筆書き始めた。
▲▲▲
翌日。
夜間警護を終えたグラディア姉弟が寝室から出て行った。日中の警護の兵士達が部屋の前にいるのがわかる。
前は、気分じゃないからと仕事を休んだ。でも、仕事はわたしが望んだ事。日本人気質で、どうしても何かしていないと気が済まなかったから。
だから、レオンハルトさんと会うのが気まずいと思っても出勤しないといけない。何か嫌な事がある度に休んでいたら、人間的にも成長できないもんね。
朝食を終えて出勤準備を調えて、いざ天秤宮に向かおうとした時。王族の住居エリアの入口で見覚えのある人物が止められていた。
「ケビンさん? どうしたんですか」
「アンネさん! 緊急事態です!」
廷臣法官の副長官、ケビンさんの元へ駆け寄る。ケビンさんは一枚の紙を持っていて、よっぽど慌てたのかぐしゃっと握りこまれていた。
王族の居住エリアから離れ、天秤宮へ向かいながら聞く。
「それは?」
「ああ、そうでした。アンネさん、心当たりはありますか」
そう良いながら見せられたのは、委任状。廷臣法官の長官としての権限を全てケビンさんに委ねると書かれている。
署名の欄にはレオンハルトさんの名前があるけど、その名前を見る前からこれが彼の自筆だとわかった。あれだけ読み込んだ、『廷臣法官の心得』と同じ文字だったから。ちょっとだけ、走り書きっぽかったけど。
ケビンさんが、わたしの意見を聞きたいというような目を向けてくる。
「……心当たりがあるかないかと聞かれたら、あります。ただ、レオンハルトさんの性格を考えたら仕事を放棄するなんて考えられません」
「私も同意です。殿下はとにかく真面目で、廷臣法官長に就任してからずっと仕事を休んだ事はありません」
「あ、もしかしてわたしにつきっきりの時も?」
「そうです。夜、作業をしていました」
「そんなレオンハルトさんが、どうして……」
「先程言っていた、心当たりというのはどういうものでしょうか」
「それは……」
わたしが勝手に気まずくなっているだけかもしれない。だから、それを言うのは憚られる。
代わりに、大公様の老眼鏡を捜し出した後の事を話した。
「……なるほど。一つ、質問しても良いでしょうか」
「何でしょう?」
「最近、殿下の前で年頃の男性と親しくしていましたか」
「親しく……? あ、もしかしてコナー先輩と話していた時の事ですか?」
「なるほど、リンガル君と……」
「えっ!? もしかしてまずかったですか!?」
「アンネさんは殿下に、緊張するしないの話はされましたか」
「は、はい。しました」
「そうでしたか。緊張するのは、殿下の前で失敗したくないからではないかと伝えておきましたよ」
「はい、どうも……?」
質問に答えていると、天秤宮に到着していた。ケビンさんからは納得したというような雰囲気を感じる。
え、どういう事?? 先輩と話していた事と、レオンハルトさんといると緊張するって話とどう繋がるの……?
考え込んでいたら、ひとまず仕事をしましょうとケビンさんに促された。
廷臣法官長室に、レオンハルトさんがいない違和感がある。ケビンさんは全権を委任されているけど、長官の机は使わないみたい。
それがまるで、レオンハルトさんは絶対に戻ってくるのだと言っているような気がした。
その揺らがない信頼感がすごいなぁと感心しつつ、わたしは星渡人としてできる事をする。
書類に書き起こしていないオノマトペを書き出している時に、さっき考えてしまった妄想がポンっと飛び出てくる。
……まさか、あり得ないよね!? 先輩と話していたからレオンハルトさんが嫉妬して、あの時不機嫌だったなんて!
え、でもそうすると、今いないのは何で??
レオンハルトさんの言動と、ケビンさんから聞いた話を混ぜ合わせる。
もしかしたら、レオンハルトさんは上司として不甲斐ないと思ったのかもしれない。老眼鏡捜しでも、わたしの提案で捜し出してしまったし。
あの時の鬼気迫る顔。あれはもしかしたら、自分の無力感を覚えていたのかもしれない。
レオンハルトさんに、上司だから自分を頼れと言われている。それなのに、部下のわたしが解決しちゃったから……。頼れるような上司になるにはって、考えていたのかもしれない。
え、何それ! 可愛いんだけど!!
妄想劇場に耽っていると、天秤宮に訪問者がやってきた。
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「イエルマ伯爵。気持ちは変わらないか」
「はい」
「では、一般人でも扱える武器を頼んだぞ」
「仰せのままに」
一番街北地区。そこにやってきていた同胞を見送った教皇は、ガッドム枢機卿と笑い合った。
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