閑話休題⑨ 姫の未来計画
「はぁ……いいわ」
『義務で娶られたはずなのに、公爵様の視線だけが優しすぎます』を読み終えて閉じる。
この物語は政略結婚をした二人が、やがて愛し合うという物語だ。ルリアーナが持つ蔵書の中でも特に気に入っていて、何度も読み返している。
この二人の関係性は、アンネとレオンハルトに似ている。特に何でもできるのに恋は不得手という所が、レオンハルトにそっくりだ。
もし、アンネが物語のヒロインなら。様々な試練を乗り越えて、奥手なヒーローの手を取るような強いヒロインになるだろう。
そんな妄想をしていたら、侍女と護衛がノックの後一緒に入室してきた。
「姫様。お手紙をお持ちしました」
「ありがとう、チェルシア」
礼儀作法を学ぶという事で、チェルシアは三年前からルリアーナに侍女として働いている。茶色い髪は動きやすいようにしっかりと纏められていた。
銀盆に載せられた手紙を受け取り、差出人を見る。
「姫様、嬉しそうですね」
「愛しの宰相様か?」
「ちょっとフラテル。許可はしているけれど気安くてよ」
「はい、すみません」
謝罪しつつ、フラテルの茶色い瞳からはからかうような色が見える。
チェルシアとフラテルは婚約者同士。二人とも伯爵家だが貴族会議に出る伯爵達についてきていたから、昔からよく顔を合わせていた。だからこそ気心が知れているし、公の場以外での不作法も許している。
「ゼルヴァン様は、何と?」
「ゼルヴァン様とのやり取りは、わたくしだけが知っていればいいわ!」
二人に背を向けて、ルリアーナは手紙を開く。
***
親愛なるルリアーナ姫
拝啓 新緑の候、ルリアーナ姫におかれましてはますますご健勝のことと存じます。
さて、婚姻による二国間合意の時機についてですが、ルリアーナ姫から承った内容にて了承しました。新たな王太子が立太子される日をお待ちしています。
追伸
ルリアーナ姫がお好きだと言っていた料理を、現在練習中です。まだまだ提供できる基準を満たしてはいませんが、いつの日かルリアーナ姫の笑顔を見られたら幸いです。
ゼルヴァン・モント
***
この文面からすると、ゼルヴァン自らが料理の練習をしているように思う。それならば、自分も菓子作りに挑戦しようかと、ルリアーナは手紙を見ながら笑みをこぼす。
「姫様が幸せそうで何よりです」
「了承してもらえたか」
「えぇ。そういえば二人はこの先どうするのかしら。今はこうしてわたくしに付いてくれているけれど、さすがにダクウィンには行けないわよね?」
チェルシアもフラテルも、気まずそうな顔をしてはっきりとした言葉を口にしない。
「いえ、良いのよ。ゼルヴァン様からも、向こうで侍女をつけてくれると聞いているわ。気心の知れた二人が一緒だと心強いけれど、わたくしだってわかっているの。何より、ずっとわたくしを支えてくれた二人だもの。あなた達の幸せを願うわ」
「姫様……」
チェルシアがうるうると茶色の瞳を潤ませ、フラテルも鼻を擦って顔を背けるようにしている。
「姫様が嫁がれるまで、精一杯勤めさせていただきます!」
「よろしくね。あ、そうだ。ちょっと二人に相談があるのだけれど、聞いてくれるかしら」
「何なりと!」
「ダクウィンには連れて行けないけれど、二人の婚期が少し遅れてしまうのは許してもらえるかしら」
「どういう事ですか?」
「二人には、アンネの世話や護衛を頼めないかと思って」
「アンネ様のですか!?」
興奮気味に前のめりになったのは、チェルシアではなくフラテルの方だ。目をキラキラと輝かせ、組んだ腕の下で手をシャカシャカと動かしている。
「……フラテル。落ち着きなさい」
「はっ、すみません。ですがなぜ、そのような大役を俺達に?」
「アンネの護衛兼侍女選抜で、間者が入ってしまったと知っているわね? 以降、専属の者はついていないわ。今後の事を考えると、いずれ専属を選ばなくてはいけないでしょう。そのときに、信頼できる人間が傍にいてほしいの。フラテルはチェルシアという婚約者もいるし、レオンお兄様も安心すると思うのよ」
「なぜそこで、レオンハルト殿下が?」
質問したフラテルの背中を、チェルシアがパシンと叩く。抗議するフラテルを無視し、チェルシアが握った拳を胸に置いた。
「お任せください。アンネ様の側付きとあればまた厳正なる審査がされると思います。ですが、その審査に勝ち進むと約束いたします」
「心強いわ。フラテルは?」
「お、俺だって! アンネ様の魔法を身近で見られるのなら!!」
少々動機は不純だが、敵対する事はないはず。そう思いつつ、チェルシアを見た。
「では、私達は失礼します。何かあればお呼び下さい」
「ありがとう」
チェルシアはフラテルと共に、ルリアーナの前から辞した。部屋を出る前に、グッと拳を握ったチェルシアは、きっとフラテルに伝えておいてくれるだろう。
レオンハルトとアンネの関係性は、応援はしても騒いではいけないと。
(できる侍女を持って幸せだわ)
ゼルヴァンからの手紙を見ながら、次の内容はどうするかと考える。そしてふと、思うのだ。
ゼルヴァンとレオンハルトは、考え方が似ていると。それならば、今後の関係性に助言ができるかもしれない。
愛する婚約者、ゼルヴァン様。
そう書き出した手紙を前に、ルリアーナは手を止めた。聞こうとした内容を考えて熱くなった頬を、両手で包む。
(こ、こんな事を聞くのは、はしたないかしらっ!?)
ゼルヴァンとの仲は、深まっていると自信がある。けれども、ルリアーナのどこを好きになってくれたかと聞くのは不作法かもしれない。
(……でも、心を読めるわけじゃないのだもの。聞かないと、わからないわよね?)
まだ手紙のやり取りだけで、顔を合わせた事はない。しかし手紙から滲み出る人柄の良さに、ルリアーナは惹かれた。
(そうよ! 今こそ、アンネからの助言を生かす時よ!!)
ルリアーナは、再び手紙に向き合う。そして自分の事を伝えてから、ゼルヴァンがルリアーナのどこに好感を持ってくれたのかを聞いた。
これも全て、アンネが幸せになるため。火照った体を手で仰ぎながら、他には何を書こうかと悩み始めた。
これからアンネは、様々な局面に立たされる。神々との契約、暗殺者の一件。他にもまだ、問題は出てくるだろう。
そんな時、良き相談相手になりたい。義理の妹として。そして、友人として。




